軽自動車といえば、安い(安っぽい?)、小さい、便利、というイメージが先行しがちだが、しかしかつてこのカテゴリーが「ハイパワー競争」の最前線だった時代があった…というと、今の若い読者は信じられるだろうか。
思えば軽自動車のスポーツ路線は、(リーズナブルなので)若者も参加しやすく、そこからさらなるクルマ好きへの道を深めるキッカケとなっていた。
クルマ好きはガソリンが好き? なぜイマイチEVに熱くならないのか
いまではそうしたカテゴリーはすっかり廃れてしまい、現在の新車市場ではスズキのアルトワークスにわずかにその痕跡を残す(S660やコペンの起源には、また別路線の「ABC戦争」があった)、軽自動車のパワー競争。その軌跡を今一度振り返ってみたい。
もう一度このカテゴリーの復活を、というのは難しいだろうが、しかし若者のクルマ離れを嘆くのなら、各メーカーで安価なスポーツカーを出し続けるくらいのことは、業界努力としてやるべきではないかと思う。
文:片岡英明
■軽自動車冬の時代に、革命児「アルト」登場
1950年代に創生期をへた軽自動車は、1970年代に販売が下降線をたどっていた。1973年には車検が復活し、ユーザーの出費は多くなっている。また、オイルショックと排ガス規制が厳しくなったこともあり、軽自動車は冬の時代を迎えた。
そこで排ガス対策や安全性の向上を目指すとともに業績回復を狙い、1976年に大きな規格改正を行っている。26年ぶりにボディサイズを拡大し、全長はプラス200mmの3200mm以内に、全幅も100mm広げられて1400mm以内となったのだ。排気量の上限も、360ccから550ccに引き上げられ、余裕を増した。
新規格になったとき、法の網の目をくぐり、今までにない新しい軽自動車が誕生する。それが3ドアのハッチバックを商用車に仕立てたボンネットバンだ。
軽乗用車をベースに、税制面で優遇され、維持費も安い商用車に仕立ててカタログモデルにしたのである。その先陣を切って登場したのが、フロンテをボンネットバンに手直ししたスズキのアルトだった。
スズキ初代アルト(1979年)
■最初はターボ装着、その後すさまじい競争へ
1979年に登場し、低価格を売りにしたアルトは大ヒットし、新しい潮流を生み出した。
そして1980年代になると軽自動車にも高性能化の波が押し寄せてくる。引き金を引いたのは三菱だった。1983年にミニカエコノに軽自動車初のターボ車を設定。
ダイハツもミラにターボ車を追加し、追撃する。
最初はターボを装着しただけだった。が、パワー競争が激化し、熱対策も必要になったため、1985年夏に登場した2世代のL70系ミラでは上級クラスと同じように空冷式のインタークーラーターボで武装している。
しかもエンジンは新開発のEB型3気筒SOHCだ。ターボTRのスペックは従来型を10psも上回る52ps/6500rpmを発生した。ライバル勢を圧倒したが、驚きはそれだけじゃない。10月に精悍なエアロパーツを装着し、ボンネットにエアスクープを装備したターボTR-XX(ティーアール・ダブルエックス)を仲間に加えたのである。
ダイハツ2代目ミラターボ TR-XX(1985年)
アルトの販売が絶好調だったスズキは、パワーウォーズに加わらず静観していた。
だが、初代モデルが80万台を超えるヒット作となったことにより開発費を十分に使えるようになったのだろう。1984年にモデルチェンジした2代目アルトは、若い女性をターゲットにするとともに高性能モデルの投入にも意欲を見せている。
第1弾は軽自動車初のEPI(電子制御燃料噴射装置)を装着した直列3気筒SOHCインタークーラーターボの投入だ。1986年7月のマイナーチェンジのときには、軽自動車初のDOHC4バルブユニットを積み、エアロパーツを装着したアルトツインカム12RSを送り込んだ。エンジン型式はSOHCエンジンと同じF5A型で、排気量も543ccと変わらない。が、EPIの採用と相まって高回転まで軽やかに回った。パワーはそれなりだが、ターボ車にはない「操る楽しさ」があった。
だが、RSは真打ちではなかった。隠し玉が出番を待っていたのである。ベールを脱ぐのは87年2月だ。軽自動車としては初となる直列3気筒DOHC4バルブ+インタークーラーターボを搭載したホットハッチはアルトワークスと命名され、鮮烈な印象を残した。
スズキ初代アルトワークス(1987年)
F5A型DOHCターボはライバルを圧倒する64ps/7500rpmを絞り出す。最大トルクは7.3kgm/4000rpmだ。タコメーターは1万2000回転まで目盛られ、レッドゾーンは9500回転からだった。商用車のため、レギュラーガソリンを指定するが、レーシングエンジン並みに元気よく回り、加速は豪快だった。
安定した性能を発揮するため、高価な白金プラグや水冷式オイルクーラーなどを装備したことも驚きである。インテリアはアルトに準じているが、メーター類はオレンジ色に塗られ、ステアリングは小径の4本スポークタイプとした。ちなみに初期モデルのシートは、鮮やかなピンクとブラックのバケットシートだ。ペダルはブルーに塗られている。
アルトワークスには、FFのRS-Xと軽自動車初のビスカスカップリング式フルタイム4WDを採用したRS-Rが設定された。前後のバンパーはエアダムと一体タイプで、丸いフォグランプを組み込んでいる。リアスポイラーのサイドには風を抜くためのスリットを刻んだ。また、バンパーなどをシルバーで塗り分けたのも新鮮だった。
■スズキ、スバル、ダイハツ、三菱の4強時代
アルトワークスがあまりにも高性能だったため、ライバルたちはあわててパワーアップに取り組んでいる。
最大のライバルであるダイハツのミラTR-XXは電子制御燃料噴射装置のEFIで武装した。が、最初は58psにとどまっている。
スバルはレックスにスーパーチャージャーを装着してアルトワークスに挑んだ。最初は2気筒だったが、かなわないと見るや89年には新設計の4気筒エンジンに載せ換えた。が、ライバル勢が64psレベルに到達するのは、ワークスの登場から2年後の1989年になってからある。
スバルレックスコンビ スーパーチャージャー(1988年)
この年、フルラインターボを掲げている三菱は、ミニカに量産エンジンとしては初の直列3気筒DOHC5バルブエンジンを開発し、搭載した。これにインタークーラーターボを装着したのがダンガンZZで、最高出力は64psだが、最大トルクは7.6kgmと、アルトワークスを上回っている。パワフルなボンネットバンのモンスターは若い走り屋を中心にフィーバーした。
■排気量がアップされ「大人の時代」へ
が、この年(1989年)、物品税が廃止され、消費税が導入されたから、4ナンバーのボンネットバンは存在価値を失ってしまう。また、アルトワークスがあまりにも高性能だったから、最高出力の上限を64psにする自主規制が敷かれるようになるのである。
1990年春には軽自動車の規格が再び改正された。排気量を660ccに引き上げ、全長も3300mmまで延ばしている。アルトワークスやミラTR-XX後継のアバンツァート、ミニカダンガン4などは乗用車登録になり、快適性を向上させた。
また、660ccエンジンを積んだから扱いやすくなっている。
この時代になるとABSやビスカスLSDが装備され、フルタイム4WDと4気筒ターボも珍しくはない。サイドドアビームも追加されたから、安全性能も大きく向上した。
刺激はちょっと薄れたが、大人っぽい乗り味を手に入れ、ファン層を広げたのである。
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