その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。前回に続き第41回もマツダの新世代「ラージ商品群」の第一弾となるCX-60です。今回はインテリアデザインの狙いをデザイン本部・チーフデザイナーの玉谷 聡(たまたに・さとし)さんに伺いました。
このクラスのクルマは整然としたインテリアにすべきだ
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島崎:インテリアもCX-60では相当にこだわったようですが。
玉谷さん:実はインテリアで一番こだわったのは骨格なんですよ。もちろん仕上がったものとして素材にはこだわっていますが、その前にインテリアを整然とさせることにすごくパワーを使いました。
島崎:整然と?
玉谷さん:僕はエクステリア出身ですが、チーフデザイナーで経験を重ねてきた中でインテリアの大切さ、楽しさ、難しさをすごく感じてきた。直近ではマツダ6、アテンザをやってきて、やはりこのクラスのクルマは整然としたインテリアにすべきだと思った。一番最初のアテンザのインテリアは、ルーバーの位置とか当時のCX-5とまったく一緒で、インパネの“中身”を使いながらの作り方をしていて、何とかまとめましたが“?”が残った。
島崎:“?”でしたか。
玉谷さん:ええ。このクラスのセダンはもっと落ち着きが欲しいなと思ったんです。で、アテンザ、マツダ6は3つインパネを作りましたが、2回目、3回目と変えるごとにどんどん水平基調にしていって、何を戦っていたかというとインパネの“内機”でした。フルモデルチェンジではなかったので内機をゴッソリ入れ替えられないのですが何が難しいかを学んだ。で、CX-60で絶対やりたかったのは、整然と位置を揃えることをまずしたい。なぜかというと、名だたるある域を超えたプレミアムカーは整理整頓ができているから。そこはデザイナーもエンジニアも意識が統一されているところだなぁと分かったんです。
インパネは都市計画に近いものがある
島崎:CX-60は中身から刷新したのですね。
玉谷さん:ええ。最初に与えられたものはガタガタでした。そこで、インストルメントパネルセンターのメンバーがあって、それに付随してゴチャゴチャ動いてくるものをエンジニアと一緒に繙(ひもと)いて、デザイナーではこういう絵を作ったけれど現実はこれだけ違うので絵に近づけてください……とずっとやりました。
島崎:都心にトンネルを掘って作る地下鉄工事のように……。
玉谷さん:で、それぞれのデバイスは小さくなってはくれない。だけど工夫を重ねて上下入れ替えたりして、最後にセンターのヒーターコントローラーをギュッと圧縮するといったことをミリミリでやり、結果、メーターが正しい位置にあり、ディスプレイがあり、インストルメントパネルの断面がビシッと通って、ルーバーも計画どおりの位置にあって加飾が通せた。
島崎:完成したデザインは、何事もなかったかのようにスッキリしていますね。
玉谷さん:エンジニアが作ってきてくれた内機は壁のようになっていたので、それもデザインのイメージに近づけて圧縮して、デザインで立体を工夫することでインパネがそびえ立って見えないようにした。そういうことに何年かかけました。
島崎:やっぱり後から作った大江戸線の工事のようです。
玉谷さん:実はそれがないと、整然としたインテリアは絶対にできなかった。それとセンターコンソールもビシッと見せる。本当に都市計画に近いものがありますよね。
島崎:ちなみにそれはセダンがあることも前提だったのですか?
玉谷:CX-60のデザインをスタートした時には、実はラージ商品群全体の計画を一緒にみようとしていて、乗用車も計画しようとしていました。ちょっと今、それはキッチリと繋がってはないですが……。たぶん乗用車になるともっと薄く低く、より厳しい戦いになると思います。
ステッチの“掛け縫い”は人馬一体のイメージを重ねた
島崎:で、骨格が定まって、ようやく素材ですね。いきなり細かな話ですが、アシスタント側のインパネのカタカナで言うと“ステッチ”には目がいきますね。繊細な本物の糸で、間違っても大暴れ君のウチの柴犬は触らせられないなと……。
玉谷さん:あははは。実はプレミアムモダンに採用したあのステッチは、日本古来の馬具の“結ぶ”から来ています。馬具はいろいろなものをタイトに結んだりルーズに結んだりしてあり、その結び方で人馬一体を極めている。マツダの人馬一体の、人とクルマの間にある無数のアジャストメントに結んでいるイメージを重ねて、結ぶ精度、人の手で作った温もり、巧みの技も表現したい。そこで採用したのがこの“掛け縫い”でした。ふたつの素材を均等な距離に渡してキュッキュッキュッと。とはいえ縫い方が均一じゃないと広くなったり狭くなったりするので……。
島崎:難しかったでしょうね。クルマのインテリアで、よく出来ましたね。
玉谷さん:メーカーにはミシンの針のところを一部新しくしてもらうなどして、対応してもらいました。そういう我々の人馬一体の考え方や素材も含め、日本らしさ、ジャパンプレミアムを我々日本人の感覚で作りました。
島崎:そういうことですか。
玉谷さん:光の移ろいで、外界から入ってきた光を受けて変化を持たせられるインパネやドアトリムの断面にまずしました。さらにそこに布、織物を置いたのは光に敏感な素材ということで、カラーデザイナーが西陣まで勉強に行って開発してくれました。
島崎:ドアトリムとインパネのセンターに使ってありますね。
玉谷さん:ええ、上から光が降りてきた時に仄かな立体が見えるようになっています。
空間の中にちょっとだけ心地いい乱れを
島崎:インナードアハンドルの上の加飾パネルは、ドアハンドルか!?とつい手が伸びてしまいそうですが……。
玉谷さん:わかります。実はそこは反射対策をしつつメタルのボリュームは使いたかったのでそうしたのですが、本当はもっと繊細な処理をしたかった部分ではあります。それと空調関係は直感的に操作できるようにタッチパネルからすべて追い出しましたから、スイッチは増えています。センターのルーバーも薄くして、存在感にこだわり精緻感を出しました。“快暢(かいちょう)の妙”と言っているのですが、白い布でまず全体のトーンを整えて、退屈にならないよう破調も使いましょうということで、プレミアムモダンにはメープルの本杢のゆらぎのある木目を選び、空間の中にちょっとだけ心地いい乱れを入れ、それによりリズム、ダイナミズムを起こすようにしました。
島崎:じっくりクルマをお借りして、気持ちの整い具合を試したいです。
玉谷さん:それとステアリングホイールも新しく起こしました。もともとはマツダ3で起こしたものの流用を考えていたのですが、スポークを水平にし、センターパッドもセンターリングから外側の立体をしっかりさせて、握りも実は少し太くし、正しく親指を入れて握ると少し脇が締まる設計になっていて、クルマとの一体感を出していくようにしてあります。
島崎:だとしますと、もっと背の低いクルマで、ステアリングも含めてもうそのまま使えそうですね。
玉谷さん:いや、おそらく乗用車として使っていこうと思うと、さらなる戦いが必要になると思います。
島崎:いずれセダンのお話など伺えるチャンスが来るのも楽しみにしています。どうもありがとうございました。
(写真:島崎七生人)
※記事の内容は2022年11月時点の情報で制作しています。
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