9月に発売されて以降、売り上げ好調な新型カローラとカローラツーリング。実はこの2台にはマニュアルミッションのグレードが用意されているのをご存じだろうか。
トヨタは、カローラのほかにも、コンパクトSUV「C-HR」にもマニュアル車を用意している。これらのクルマにマニュアル車を用意しても、売り上げに貢献できるとは到底思えないのだが、この動きはトヨタだけではなく、国産メーカー全体でみられる。
【どうしてエアロパーツは少なくなったのか?】その効果はあるのか?
なぜメーカーは、売れないマニュアル車をラインアップしているのだろうか。元自動車メーカーの開発エンジニアであった筆者が考察する。
文/吉川賢一
写真/編集部、SUZUKI
【画像ギャラリー】スポーツカーじゃないけれど、MT車を設定しているモデルをピックアップ
■オートマチック比率の高い国は日本とアメリカ、オーストラリア
近年、日本で新車販売される乗用車の90%以上がオートマチック車だ。至る所で渋滞が発生し、のろのろ運転がしょっちゅうある日本において、好き好んでマニュアル車を新車で買おうとは、なかなか考えにくいのだが、実は世界を見わたすと、オートマチック車の比率が高いのは、日本とアメリカ、オーストラリア、東南アジアなどの一部であり、欧州では、いまだマニュアル車の販売台数のほうが圧倒的に多いのだ。
日本でのMT車の販売比率は、2017年ではわずか2.6%。1980年代までは50%程度と高かった
ヨーロッパのドライバーは、「クルマをコントロール」することを運転の楽しみのひとつにしているという。昨今は、AMTやCVT、DSGといった、マニュアルミッションのフィーリングを残したAT車が登場してきてはいるが、渋滞のほとんどない道を、ある程度スピードを出して移動できる、という欧州の道路事情もあり、さらには、長年植え付けられた「クルマが安くて、燃費もいいMT車のほうが経済的だ」という意識が、いまだMT比率を維持している要因だという。
ちなみに、ベンツやBMW、アウディといった高級車ではAT車がほとんどであり、車格が下がる(価格が安くなる)程にMT比率が90%近くまで上がってくる。そして、ひとたびオートマティック車に乗ると、そのあまりの快適さにMT車には二度と戻れなくなるドライバーが多いそうだ。
■売れないのにMT車を残す理由は何か?
各自動車メーカーが、「我こそ先に!」と自動運転技術を開発しているこのご時世において、その最先端を進んでいるトヨタが、MT車が売れない国内市場にわざわざ設定している理由とは何だろうか。
1つ目は、「イメージ」のためだ。マーチやフェアレディZなどの「NISMO」ブランドのクルマ、ヴィッツや86の「GRMN」、ホンダシビックタイプRなど、また、マツダのMT車も、この「イメージ」のためにMT車を設定していると考えられる。
MT車といえば、やはりスポーツカーというイメージを持つ方も多いだろう
「速さ」を求めればクラッチを踏まない自動変速に行き着くのは、F1やスーパーGTといったレースで明らかではあるのだが、「スポーツカーはマニュアルで乗るべし」という意見はいまだ根強い。自動車メーカーが、我々メディア含むスポーツカーファンへ向けて、その「スポーツカーはマニュアルで乗るべし」という思いに同調していることを表わすメッセージだろう。
もちろん海外市場に向けて販売をしているMT車のため、国内導入するのはさほど難しいことではないのではあるが、「ブランドイメージ」を上げるため、売れなくてもやせ我慢している面が、多少なりともあると考えられる。
2つ目は、「少ない需要を独占する」ことだ。冒頭で挙げたカローラをはじめ、シビック、アルト、ワゴンR、また、ハイゼットやキャリイといった軽トラなどにMT車が設定されている理由がこれだ。
スポーツモデルのイメージの薄かったトヨタだが、スポーツブランド「GR」を立ち上げてからは、積極的にスポーティなグレードやMT車を導入している
高齢のドライバーの方に多いのだが、長年、MT車に乗ってきた人のなかには、なかなかAT車に乗り変えることができない人がいる。実は、筆者の母親も、少し前までMT車しか運転したことがなかった。
ちなみに母は、クルマ好きとかではなく、母のクルマはずっと軽自動車。ただ、「ATは勝手に前に進むので怖かった」らしい。AT車に乗り換えてからは、MT車など見向きもしなくなったが、このように、ATへ乗り換えることができない世代が実は一定数いる。
スポーツモデルではない、いわゆる「普通のクルマ」にMT仕様を残しているのは、こうした方々へ届けるクルマとして用意した、という意味合いもあるだろう。
3つ目は、「メーカー自身が、MT車が必要だった」という理由だ。ワンメイクレースや競技車のベース車両となる車種、例えばトヨタ 86/スバル BRZやマツダ ロードスター、スズキ スイフトスポーツ、スバル WRX STIなどがそうで、メーカーが、レースに参戦するため、ATよりも作りが比較的簡単で、耐久性も高く、レースのシーンに合わせて自由にミッションレシオを組み替えられるMTを用意する必要があったのだ。
また、4つ目として、「メーカーがMT車を作りたかった」という理由もある。ホンダ S660、ダイハツ コペン、スズキ ハスラー、ジムニーなどがそうで、そうでなければ、これほどにマニアックな車種のMTなんて用意されないであろう。だが実は、我々自動車ファンを最も喜ばせてくれるクルマは、こうした「メーカーが作りたかったMT車」だったりするのだが。
すでに存在を忘れている方もいるかもしれないが、大人気のハスラーにもMT車が設定されている
このように、メーカーがあえてMT車を残す理由はいくつか考えられる。AT車のほうが便利であるのは明白だし、筆者も普段使いにはAT車一択だが、「運転を楽しむ」ことを目的とするならば、逆にMT車であることが前提条件だったりする。
ともかく今後しばらくは、国内でもMT車が存続していくのは間違いないだろう。
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