ザントフォールト・サーキットを舞台に行われた2023年第14戦オランダGPは、目まぐるしく天候が変わる波乱のなかマックス・フェルスタッペン(レッドブル)がポール・トゥ・ウインで今季11勝目を飾りました。今回アルファタウリからダニエル・リカルドの代役として急遽F1デビューを果たしたリアム・ローソンの走り、そしてローソンの代役参戦がもたらす日本のモータースポーツ界への好影響など、元F1ドライバーでホンダの若手育成を担当する中野信治氏が独自の視点でレースを振り返ります。
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ローソン、F1デビュー戦にはそれなりに満足「あらゆる状況を経験し素晴らしい学習の機会だった」/F1第14戦
サマーブレイク明け初戦となった第14戦オランダGPはフェルスタッペンが地元ファンからの強烈な声援を背に、予選・決勝ともに天候が刻々と変わる難しい状況下でポール・トゥ・ウインを飾りました。ただ、今回のオランダGPでもっとも注目を集めたチームはレッドブルではなく、アルファタウリで間違いないでしょう。
初日のフリー走行2回目でダニエル・リカルドがクラッシュし、左手の甲の部分にある中手骨を骨折しました。クラッシュの瞬間、左手でステアリングに触れていたことが原因とされています。
今回の場合、リカルドのマシンはフロントタイヤからスポンジバリアにクラッシュしました。その場合、タイヤからぶつかった瞬間に、ステアリングが物凄い力で押し戻されるキックバック現象が起きます。クラッシュでタイヤが動いた方向に、ステアリング自体も猛烈なスピードで回転するというイメージです。
実はストリートサーキットなど、コースのそばにウォールがあるコースでは、この現象での怪我も少なくはありません。そのため、タイヤからウォールやタイヤバリアに接触する事態となったら、接触寸前にはステアリングから手を離すのがレーシングドライバーのセオリーです。
ただ、私もアメリカのCART参戦中に、骨折ではなかったのですけど、ストリートコースで手を痛めたこともあります。このような怪我はステアリングがどのように、どの方向に動くのか。そしてクラッシュの際にGがどの方向に向いているのかでも程度が左右されます。今回のリカルドの場合は左手の中手骨にかなりのストレスが掛かったということでしょうね。
リカルドの骨折というまさかの事態を受けて、アルファタウリはローソンを代役として起用しました。レッドブルとアルファタウリのリザーブドライバーであり、全日本スーパーフォーミュラ選手権に参戦中のローソンですから、代役起用のニュースを目にした際には私も衝撃を受けました。
ただ、今年のオランダGPは天候が不安定で、F1のデビューレースを迎える状況としては、最悪のコンディションでした。今のF1マシンは雨の中でのドライビングが非常に難しいです。また、路面もずっと雨のままでいればまだ良いのですけど、路面状況は刻々と変化し、さらには気温も路面温度もかなり低く、タイヤの温度を上げることも非常に難しい状況でした。予選日、決勝日ともに難しい状況のなかでもローソンはうまく対処し、走りはじめのFP3で雨のなかスピンする場面はありましたが、予選は20番手、決勝は13位と、求められる仕事をひとつひとつこなしていたと感じます。
ローソンが急な代役参戦という状況のなかF1でいい走りを見せると、必然的にスーパーフォーミュラの存在感が高まることにも繋がりますから、日本のモータースポーツ界にとっても非常にポジティブなことです。
過去にもピエール・ガスリーやストフェル・バンドーンといったドライバーがGP2(現FIA F2)参戦後にスーパーフォーミュラを経てF1に参戦しました。やはりF1を目指すドライバーにとって、スーパーフォーミュラは最適なトレーニング環境という面でも非常に意味のあるカテゴリーです。
スーパーフォーミュラのコーナリングスピードはFIA F2とF1の間。つまりFIA F2以上の経験ができるのはスーパーフォーミュラかF1しかありません。スーパーフォーミュラだからこそ得られる経験、その価値をF1を目指す海外の若手ドライバーやレース関係者にさらに知ってもらえたら、また新たな外国人ドライバーがスーパーフォーミュラに参戦することにも繋がりますからね。
そんなローソンですが、次戦第15戦イタリアGPでもリカルドの代役を務めることが発表されました。モンツァはザントフォールトに比べると非常に走りやすく、ローソンにとっても戦いやすいコースだと思います。もしイタリアGPが終始ドライコンディションとなるとすれば、アルファタウリやライバルたちが、ローソンの本当の能力がどれほどのものなのかを知るための絶好の機会になるでしょうね。
モンツァは車両に求められるダウンフォース量が少ない特殊なサーキットです。ただ、ドライビングの上での難しさはそこまでではなく、マシンの限界を見極め、限界を引き出しやすいサーキットです。だからこそ、F1経験の少ないドライバーにとっては非常に戦いやすく、実際に昨年ニック・デ・フリースがウイリアムズからアレクサンダー・アルボンの代役としてF1デビューし、9位入賞を果たした地もモンツァでした。
本来は3~4戦かかってマシンの限界を見極めるところですが、モンツァは限界を引き出しやすいコースです。だからこそ、ローソンもマシンの限界を100%に近いところまで引き出せるかもしれないという期待があります。マシンの限界を100%引き出したときに、(角田)裕毅との差がどうなのかというところは、誰もが注目するところですからね。
さて、サマーブレイク明け初戦のオランダGPは、刻々と移り変わる天候に左右されたこともあり、アルファタウリはノーポイントとなりました。ただ、シーズン後半に向けてはポジティブな要素が垣間見えた一戦だったと感じています。裕毅の車両の挙動を見ると、非常にバランスよくまとまっており、セットアップ面での鍵となる部分が見つかったのではないかという印象です。
そして予選14番手獲得も、ペナルティにより17番手スタートとなった裕毅はレース中、ソフトタイヤで50周にわたって走行しました。あまり目立たなかったかもしれませんが、これは凄いことです。今大会ではソフト、ミディアム、ハードの3種類のなかでデグラデーション(性能劣化)に大きな差はなかったですし、気温も路面温度も低く、雨も降ったためスリッピーな状況ということもあり、グリップしやすいソフトタイヤの方が適正温度まで持っていきやすかったのではないでしょうか。
本来であればグリップする柔らかいコンパウンドのソフトタイヤが一番減るのが早いはずです。ただ、滑りやすい路面状況下でグリップする(スライドしない)分、ミディアムやハードよりも長く、もしくは同じレベルまで保たせられたのではないかと考えています。
好条件が揃った上ではありましたが、ソフトで50周走り切った経験は、裕毅にとっても、そしてアルファタウリにとっても自信になりますし、今後に向けても非常にポジティブな走りでした。決勝は15位と、今回の戦略は結果的には外れる結果となりましたが、こればかりは雨の降るタイミング次第ですからね。今後に向けては、オランダGPでの走りを踏まえ、クルマのポテンシャルをさらに上げるべく、どのように戦っていくのかが重要だと思います。
【プロフィール】
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿のバイスプリンシパル(副校長)として後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。2023年はドライバーとしてスーパー耐久シリーズST-TCRクラスへ参戦。
公式HP:https://www.c-shinji.com/
公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24
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