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坂本龍一の言葉を田中泯が朗読したドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto_ Diaries』──「無限の人々に向かって喋りかけるのが言葉。だから、目の前の愛しい人にも伝わる」

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坂本龍一の言葉を田中泯が朗読したドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto_ Diaries』──「無限の人々に向かって喋りかけるのが言葉。だから、目の前の愛しい人にも伝わる」

「死刑宣告だ」という衝撃的な言葉や、「みかんが食いたい」という日常まで、坂本龍一の思考を垣間見ることができる日記を田中泯が朗読し、最後の3年半の旅をともにする映画『Ryuichi Sakamoto_ Diaries』。坂本との関係性や、芸術家としての生き方などについて、朗読を担当した田中泯に尋ねた。

音楽家・坂本龍一ががんに罹患して亡くなるまでの3年半の日常と思考の変遷を記録したドキュメンタリー映画『Ryuichi Sakamoto: Diaries』が公開中だ。昨年、NHKで放送された「Last Days 坂本龍一 最期の日々」に未完成の音楽や映像などを加え、大森健生監督が映画へと再構築。医師からがんの進行を告げられた心境を「死刑宣告だ」と記し、以降、日々の心境をストレートに記録した日記から抜粋された言葉を田中泯が朗読した。

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──田中泯さんと坂本龍一さんは2007年から公私にわたって交流を重ねられ、コラボレーションも定期的に発表されてきました。

僕と坂本さんは会う度に長い時間話をしました。彼は時にはゆっくり、時には早口で、声も大きくなったり、小さくなったりして、そういう自由をずっと持っていた人でした。

2017年にテートモダン(イギリス・ロンドン 国立の近現代美術館)「BMW TATE LIVE EXHIBITION: TEN DAYS SIX NIGHTS」にて、霧の彫刻家の中谷芙二子さんの作品に、音:坂本龍一、光:高谷史郎、ダンス:田中泯として参加させていただいたのが最初のコラボレーションです。その後いくつかのコラボレーションをしましたし、2016年には、ダンスではなく、「commmons10 健康音楽」恵比寿ガーデンプレイスで、坂本さんに呼ばれ公開トークもしています。

2021年に初演した、坂本さんの最初で最後の舞台作品「TIME」を行いました。いつ頃だったかはっきり覚えてないのですが、坂本さんは共に組むのは「最後になるかもしれない」と言っていました 。この舞台上で人類の最初の1人になってもらいたい、あるいは水を初めて見た人になってほしいとの言葉をもらい、人間としてオリジンを舞台で見つけていくような感じでした。とてもいい経験でしたので、「また何か一緒にやりたいですね……」とお話ししたのは強く覚えています。ニューヨークの街中で、僕の「場踊り」に即興で音を出してもらうなんて夢を話したこともありました。もちろん実現しなかった、今となっては……ですが、とても残念だなと思っています。

──お二人の間で特に共通していた姿勢は何だったのでしょうか?

僕と坂本さんに共通しているものは、自分が生まれてきた世界、自分が生まれてきた人間社会、自分が生まれてきた地球、そういうものを知りたくて、知りたくて、生きている(きた)こと、ですかね。人が生きる場を作り、それが社会となり、国家を作ってきたことに対して、どこまでも好奇心を持って考え続けること、それは芸術と関係がないと思いますか?

自分が世界で生きているということと、世界の動き、あるいは自然の動きが個人にもたらすこと、そういうことのすべてが芸術です。だから、坂本さんが社会や世界に対して意見を言うのは当たり前で、色々やられていた。彼は常に真剣でしたよね。

──坂本さんが日記に残された文字をご覧になって、どのように感じましたか?

とにかく想像もつかないわけです。がんになり危ないと言われ、死刑と言われたようなものだと書かれていました。僕も日記を書いたり、文字を書いたりすることはあるけれど、そういう状態の文字と、私達が普段書く文字、または新聞などで読んでいるものとは、やはり大きな隔たりがある。

実際に彼の体がある(あった)わけです。その体の中で考えている彼が文字にした言葉です。それを自分が受け入れることができるのか、想像することができるのか。どのくらい近くまで行けるんだろうか。それは本当にわからない。他者の痛みですから。坂本さんの現実を僕は本当に知らないというべきで、そのことに対して、では僕はどうあるべきだろうか、というようなことを必死に考えました。他者の痛みというのは「理解できる」とは思っていません。「理解し続けようとすること」だと僕は思っているからです。

──具体的に死を認識したうえで、死までの時間をどう過ごすか、坂本さんが日記に治療をする、しない、安楽死にまで言及している文章がありましたが、その揺れは私やおそらく皆さんが想像する坂本さんの姿とは大きく違い、驚いた部分でもありました。

そういう経験を僕は、良いこと、と考えるようにしています。人間ひとりひとりに様々な姿がある、それを見ることは、当たり前のことなはずですが、私たちはどうしても坂本龍一という人を“こういう人です”という風に捕まえたいわけですよね。でも無理なんです。むしろ心を捕まえてあげないといけないのです。彼が何をやったか、何を言ったかを捕まえて何になるでしょうか️。それよりも、彼がどういう夢を持っていたのか、それを知ろうとすることが僕は大事だと思うのです。そのための映画だと思います。

この『Ryuichi Sakamoto: Diaries』はほとんどが、坂本龍一の心で渦巻いている。あのピアノを雨の中の庭にさらそうと決めた彼がいる。そこで「なぜ?」と聞くよりも、「なんのためにこんなことをやったのだろうか」と彼ではなく、自分に問いかけることが、おそらくこの映画の観方の一番大事なところだと思うんです。

この作品は観客のひとりひとりが坂本龍一に触れることができる。自分の経験をもって、坂本龍一の想いに馳せることができる。今回、僕は、どんな個人でも、自分の思い当たる心の動きが載せられるような喋り方をしようと思って喋りました。できているかどうかということではなく、そのつもりで僕なりに必死になってやりました。

──病気が発覚してから、死の直前までの姿が映像でとらえられていて、それを最後まで見せきったことは、見せる側も撮る側(ご遺族)も双方の勇気があってと感じましたが、田中さんはどう受け止められましたか?

坂本さんは最後の最後まで、死ぬ瞬間まで、自分の意識をしっかりともって生きることができた。芸術家たちの大半は、叶うならば死んでいく瞬間まで記録してほしいと思う人は多いと思います。僕の友人にもそういう人が多くいます。いや、無名の人でもかまわないのですが、最後の瞬間まで自分の意思であり続けることは幸せなことだとも思います。

踊る時にも同じことが言えるんです。踊っているとき、目の前にいる誰かのためだけに踊っているのではなく、時間も空間も超えて完全に不特定な人間に向かって踊るのが大前提です。声も届かない、視線も届かない相手に向かって踊っている。そこまで繋がっていると思い、やるわけです。音楽ももちろんそうでしょう。無限の人々に向かって喋りかけるのが言葉で、だからこそ、目の前の愛しい人にもちゃんと伝わるんです。同時に、坂本さんには見せていないものがいっぱいあると思います。何しろ70年以上生きているんですからね。とんでもない時間を生き、凄まじい集中力をもっている人ですから、この時間の中で一体どこまでのことが起きているのか、それは僕だって想像もつかないことです。

──最後に伺いますが、坂本さんに言い残した言葉はありますか?

ないですね。言いそびれてないです。それに、これからでも彼との会話は可能ですから。

田中泯1945年生まれ、東京都出身。66年にクラッシックバレエ、モダンダンスを学び、74年から独自のダンス、身体表現を追求するようになる。本格海外デビューとなる「パリ秋芸術祭『間―日本の時空間』展(ルーブル装飾美術館)78年」をきっかけに、ゆるやかで微細な動きで身体の潜在性を掘り起こすパフォーマンスは、ダンスを越えて、新しい芸術表現として衝撃をもたらす。2002年、映画初出演となる『たそがれ清兵衛』で第26回日本アカデミー賞新人俳優賞、最優秀助演男優賞を受賞。近作に、⾃⾝の踊りと生き様を追ったドキュメンタリー映画『名付けようのない踊り』(21/監督:犬童一心)、『PERFECT DAYS』 (23/監督:ヴィム・ヴェンダース)、TBSドラマ「19 番⽬のカルテ」(25)、『国宝』(25/監督:李相⽇)、などがある。坂本龍一がコンセプトを考案、最初で最後のシアターピースとなった「RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI『TIME』」に出演。21 年「Holland Festival 2021」での世界初演を経て、坂本龍一氏の逝去後24年には台湾公演、同年日本国内では長期公演を行い、25年には香港公演を決行した。

『Ryuichi Sakamoto: Diaries』写真・横山創大
スタイリスト・九(Yolken)
ヘアメイク・横山雷志郎(Yolken)
文・金原由佳
編集・遠藤加奈(GQ)

文:GQ JAPAN 金原由佳
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