2003年、フランクフルトモーターショーで発表された「メルセデス・ベンツ SLR マクラーレン(C199)」はそのネーミングの通り、モータースポーツの最高峰であるF1でジョイントしたメルセデス・ベンツとマクラーレンが共同開発した最高級のスーパーカーである。
メルセデス・ベンツ伝説のレーシングスポーツカー300SLRの系譜を受け継ぐ最高級スーパーカーとして発表された衝撃は凄まじいものだった。つまり、1955年に活躍した伝説のメルセデス・ベンツ300SLRが蘇り、しかもマクラーレンの名まで添えられていた!今回、この両社のジョイント開発経緯や話題となった主な装備や機能にスポットを当て紹介しよう。
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メルセデス・ベンツ SLR マクラーレン誕生の背景
1995年から2014年までの間F1でパートナーを組んだメルセデス・ベンツとマクラーレン・グループが共同開発したスーパースポーツカーがメルセデス・ベンツ SLR マクラーレンである。そこで、このメルセデス・ベンツ SLR マクラーレン誕生に欠かせない伝説の1955年メルセデス・ベンツ300SLRとマクラーレンとの関係を説明しておこう。
伝説のメルセデス・ベンツ300SLR
車名の300は3Lエンジンで、SLRはドイツ語のSport Leicht Rennwagen(スポーツ軽量レーシングカー)を意味し、シャーシは鋼管スペースフレームを採用。1954年のメルセデス・ベンツのスポーツカーと言えば、ガルウイングクーペや世界初のガソリン直噴エンジンを搭載し215PSを誇り、革新のメカニズムを満載した市販車・300SLが有名だが、1954年F1で活躍していたW196(ボディはオープンホイールとエアロダイナミックなストリームライナーの2タイプ)をベースに1955年にもう1種スポーツカー・エディションが同時に造られた。コードはW196Sで通称「300SLR」と呼ばれた。
エンジンのみスポーツカー・チャンピオンシップのレギュレーションに合わせて3L、310PSにチューン。この300SLRのデビューは1955年のイタリアのミッレ・ミリアで、スターリング・モスとジェンキンソンのコンビが優勝したのは有名だ(No.722はスタート時間の午前7時22分)。
特にル・マンタイプは最も大きな特徴を持っていた。このル・マン・タイプはコーナー入り口で制動をかける時、リアの大型エア・フラップが持ち上がり、高速サーキットでの厳しいブレーキングを助ける方式を採用。そのエアブレーキ・フラップを使う時のシーンは実にダイナミックで、大いにル・マンの観衆を沸かせた。
マクラーレンにエンジンを供給(1995~2014年)
マクラーレンについては、もはや多くの説明は要さない。1963年にブルース・マクラーレンによって設立されたイギリスのレーシングチーム。1966年からF1に参戦し続けている名門チームである。
1970年6月2日、グッドウッドサーキットで新車M8Dをテストドライブしていたチームのボス、ブルース・マクラーレンがマシントラブルでクラシュし死亡したが、チームの運営はテディ・メイヤーに引き継がれ、F1、F2、インディ500、Can-Am等に参戦し、目覚ましい活躍をした。1974年にはマールボロと契約し、以後「マールボロ・カラー=マクラーレン」の関係は長期に亘り続いた。
1981年、ジョン・バーナードが設計したカーボンファイバー製モノコックを採用した初のF1マシン・MP4/1がスタートした。ワトソンがイギリスGPで優勝するが、一方このカーボンファイバー製モノコックボディは他のチームメイトがレースでクラシュを起こしても、ドライバーは無傷で生還しその安全性を証明した。1994年、MP4/9に前年のフォード・コスワースからワークスのプジョーエンジンに乗せ換えて参戦するが、度々のエンジントラブルでリタイアした。これに業を煮やしたマクラーレンチームは複数年契約だったプジョーとの契約をわずか1年で破棄する事に決め、翌年の1995年にはイルモア(イギリスのF1用エンジンビルダー)が開発するメルセデスエンジンに変更する事をシーズン終了前に発表した。すでに、メルセデス・ベンツは1990年代初めにはこのイルモアに資本参加し、インディカーやF1に復帰。1993年にイルモアエンジンをConcept by Mercedes-Benzとしてこの年から同じF1へ参加したスポーツカーレースのパートナー・ザウバーに提供した。
1994年から正式にF1への復帰を宣言し、ザウバーにメルセデス・ベンツのバッジを付けたエンジンを供給した。そして、先述の通り、マクラーレンの意向を受け、1995年からザウバーからマクラーレンに供給先を変更した。マクラーレンは1997年からスポンサーをマールボロからウエストに変更し、同社のタバコパッケージをもじってマシンのカラーをシルバーに変更。以後、メルセデスエンジンを搭載したマクラーレンがシルバーアローと呼ばれた。メルセデス・ベンツは2009年にはフォース インディア(レーシングコンストラクター)、ブラウンGP(イギリスのレーシングチーム)にもエンジンを供給した。
当時のダイムラー社はマクラーレン グループの株式を40%取得していたので、マクラーレンを完全吸収してメルセデス・ベンツ単独でF1参加するのではと噂されたが、2009年11月16日にブラウンGPの株式をアブダビ政府系の投資会社アーバーインベストメントと共に75.1%をダイムラー社が取得し2010年のF1からメルセデスGPで参戦するとした。同時に、2011年までにマクラーレン・グループ株を全てマクラーレン・グループに売却し、エンジン供給は2015年まで延長すると発表。しかし、マクラーレンは1年早い2014年をもって20年に亘るメルセデス・ベンツとの協力関係を終了した。
メルセデス・ベンツSLRマクラーレン
メルセデス・ベンツSLRマクラーレンは、メルセデス・ベンツが1955年のレースシーンを席巻した300SLRに由来している。メルセデス・ベンツSLRマクラーレンのアイコンであるスイングウイングドアやF1のノーズコーンを連想させるフロント周り等のディテールが特徴だ。イギリスのマクラーレン専門工場であるマクラーレン・テクノロジーセンターで全てハンドメイドにより生産された。その施設はロンドンから南西40km、サリー州ウォーキングの景観保存地区に位置する。マクラーレン・グループの7社が同じ敷地に集結し、2万平方メートルで全3階(地下1階、地上2階)、高さ10mの建物はアンスラサイトグレーと白を基調にした超モダンだ。1.000人あまりのスタッフがハイテク・オフィス、研究所、ワークショップで働いている。これこそ、メルセデス・ベンツSLRとチームマクラーレン・メルセデスF1レースカーの聖地だ。
メルセデス・ベンツSLRマクラーレンのバリエーションは多彩で6種類となっている。マクラーレンのF1技術をそのまま転用した軽量高剛性のカーボンファイバー製モノコックボディを採用し、エンジンはAMGがこの車のためだけに開発した最高出力626PSを発揮するV型8気筒 5.4L スーパーチャジャー付だ。エンジン始動はセレクターレバー頭部のボタンで行う。メルセデス・ベンツ専用の電子制御5速ATを介して後輪駆動し、最高速は334km/hに達する(クーペモデル)。
一方、その速さに見合った制動力を得るために、カーボンファイバーセラミック製の超大径ディスクブレーキを採用したほか、120km/h以上からのブレーキング時に自動的に起き上がり、風力でスピードを落とすエアーブレーキを標準装備している。つまり、空気抵抗とダウンフォースを高め、車両の安定性とブレーキ性能を向上させている(1955年の300SLRのル・マンタイプ同様)。
この様なレーシングカー並みの走行性能を誇る一方で、SLRマクラーレンはメルセデス・ベンツの高品質、快適性も全く犠牲にしていない。インテリア装備はバリエーションで異なるが、キャビンは2座シートが用意され、コックピットの仕立てはSLの流れを汲みシンプルで上質だ。カーボンファイバー製フルバケットシートはセミアニリンレザー&アルカンターラでレーシーな雰囲気に仕立て上げている。また、パドルシフトを備える本革スエードスポーツステアリングや赤いシートベルトやステッチをアクセントにしてスポーツマインドを駆り立る。
当時の最新レース技術を最高のロードカーに余すことなく投影したこのメルセデス・ベンツ SLR マクラーレンにはその伝説が確かに継承されていたと言える。尚、日本ではこのSLRマクラーレンは、2002~2013年の超大型高級車・マイバッハ同様、各ディーラーではなく、メルセデス・ベンツ日本がお客様に直接販売とサービスサポートを担当していたと記憶している。
6種類のバリエーション
SLRマクラーレンクーペ;SOHC V型 8気筒 5.4L スーパーチャジャー付き、626PS/79.5kg。電子制御5速AT、駆動方式はFR。0-100km/hは3.8秒。価格は5985万円。カラーはシルバーとブラックの2色のみでそれ以外はスペシャルオーダー。日本で正規輸入された台数は22台と言われている。全長4.656mm、全幅1.908mm、全高1.261mm、ホイルベース2.700mm、車両重量1.768kg、タイヤサイズ前245/40R18・後295/35R18。
SLRマクラーレン722エディション;2006年パリサロンで高性能バージョンとして発表。722は1955年ミッレ・ミリアでスターリング・モスが300SLRで優勝した時のカーナンバーでスタート時間の午前7時22分を表す。エンジンフ-ドサイドにこの722のエンブレムが施される。世界限定150台の販売で、専用のスポーツサスペンションやカーボンエアロパーツを装備。セミアニリンレザー&アルカンターラのカーボンファイバー製フルバケットシート等インテリアも上質でレーシー。価格は6300万円。エンジンはSOHC V型 8気筒 5.4L スーパーチャジャー付き、650PS/83.6kg.mとなり、0-100km/hは3.6秒、最高速度は337km/hと速くなった。
SLRマクラーレンロードスター;2007年5月発表のSLRマクラーレンのオープンモデル。性能はSLRマクラーレンクーペモデルとほぼ同じ。ソフトトップの開閉はセミオートマチック機構を採用し、フロントウインドシールド上部のロックを解除し、センターコンソールのスイッチを操作すれば、約10秒で開閉が可能。また、ボディ剛性確保と横転時の安全確保の為、Aピラーを補強し、シート後部にセーフティロールケージを装備。その後方には、オープン時の風の巻き込みを防ぎ乗員の快適性を保つドラフトストップを新たに装着。価格は7000万円でクーペモデルより、約1000万円高。
SLRマクラーレン722 Sロードスター;2009年に発表した722のロードスターバージョン。エンジンパワー、加速性能、最高速度もほぼ同一。世界限定150台の販売で、日本では2台販売されたと言われている。価格は7300万円。
SLRマクラーレン722GT;722をベースとしたワンメイク用モデルで、メルセデス・ベンツ認定の基にRay Mallock社(イギリスのモータースポーツエンジン製造会社)より21台生産。
SLRスターリング・モス;2009年、北米国際オートショーで発表された75台の限定車で、同年の6月~10月にデリバリー。伝説の名ドライバー「スターリング・モス」の名を冠し、サイン入りだ!購入資格はSLRのオーナ-に限定。往年のレーシングカーである300SLR(W196S)をイメージし、ルーフとフロントウインドシールドを無くし約200kgの軽量を実現したスピードスターのスタイル。このモデルでメルセデス・ベンツとマクラーレンによる共同生産は終了した。
剛腕ドライバーが、この希少なメルセデス・ベンツSLRマクラーレンを手にする事によりマニアックな火を燃やしているであろう!今もSLRマクラーレン・クラブは活発で花盛りだ。
メルセデス・ベンツSLRマクラーレンは2009年5月をもって生産を終了し、同時に市販車に関する両社の共同事業契約も終了となった為、その直系の後継車は存在しない。その後、2010年6月に初のAMG専用モデルとしてSLS AMGがメルセデス・ベンツより発表されたが、このSLS AMGのモチーフはF1や300SLRではなく、1954年の市販車・300SLである。
TEXT:妻谷裕二 PHOTO:メルセデス・ベンツAG、マクラーレン、妻谷コレクション。
【筆者の紹介】 妻谷裕二(Hiroji Tsumatani) 1949年生まれ。幼少の頃から車に興味を持ち、1972年ヤナセに入社以来、40年間に亘り販売促進・営業管理・教育訓練に従事。特に輸入販売促進企画やセールスの経験を生かし、メーカーに基づいた日本版カタログや販売教育資料等を制作。また、メルセデス・ベンツよもやま話全88話の執筆と安全性の独自講演会も実施。趣味はクラシックカーとプラモデル。現在は大阪日独協会会員。
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