お金を使わずにラリーで勝つ方法
始まりは、ちょっとしたアイデアだった。「ハッチバックのサンビーム・ロータスでラリーを走っていたんです」。キム・マザー氏が、前例ないであろうフォルクスワーゲンを眺めながら話を始める。
【画像】ツインエンジンのVWシロッコ GTI コラードと2代目シロッコ 最新ゴルフ GTIも 全71枚
「1983年から1984年にかけては、悪くない成績を残せたと思います。コスワースのDBAエンジンを積んだ、フォード・エスコートに勝つこともできましたから」
「その頃から、大金が投じられたマシンが台頭し始めたんです。嵐のように暴れまわるシエラ・コスワースに続いて、グループBマシンのMGメトロ 6R4も。お金を使わずにラリーで勝つ方法を、考える必要がありました」
「地元のクルマ好きが集まる、ウォリントン・モーター・クラブ主催のディナー・パーティでひらめいたんです。エンジンを2基載せたクルマはどうだろうって。手元のコースターへ、友人のマイク・ストーラーと一緒にアイデアを書き出しました」
グレートブリテン島の中西部、マージーサイド州セントヘレンズ郊外に建つワークショップには、壁に沿って様々な部品が山積みされている。温和な雰囲気を持つキムだが、モータースポーツでは人に自慢できるほどの活躍を残してきた。
かつてここは、コリン・ベネット・レーシングチームの本拠地でもあった。フォーミュラカーのエンジン音が反響していた時代もあったという。しかし、お邪魔した日にリフトで調整を受けていたのは、古いフォルクスワーゲン・シロッコ GTI。ツインエンジンの。
ラリー・モンテカルロに出場していた父
一度は放置された状態にあったが、最近になってマザー本人の手で丁寧にレストアを受けた。2022年6月に開催されたグッドウッド・フェスティバル・オブ・スピードで、世代を超えて観衆を沸かせた。
なぜキムは、サーキットからラリーステージへ戦いの場を移したのだろうか。「わたしの父はモナコで開かれるラリー・モンテカルロに出場していたんです。この場所へ引っ越してからは、RAC(王立自動車クラブ)ラリーにも参加していました」
「父のマシンは、オースチンA35やDKWなど。マージーサイドのニュー・ブライトンで、クルマのテストをする様子がテレビで放映されたことは、今でも覚えています」
「父の体験が、わたしの血に宿っていたんでしょうね。いつか自分も、と思っていたんです。運転免許を取って最初に買ったのは、モーリス1300。それからすぐに、ラリーのためにツインカム・エンジンのフォード・エスコートを選びました」
「しかし、兄弟のマイケルはレーシングドライバーのジャッキー・スチュワート氏に憧れていたんです。そこで幅広いマシンを扱っていた父は、くさび形のノーズが付いたフォーミュラカー、ロータス61を2台入手。サーキット・デビューにつながりました」
1970年代にキムは様々なレースへ出場し、ジャンルを問わないレーシングカーが競い合うフォーミュラ・リブレでは、ちょっとした伝説になった。ジル・ヴィルヌーヴ氏が駆ったフォーミュラカー、シェブロンB34Dなどとも一緒に走ったという。
クラッシュしたポルシェを直しラリー参戦
ジャッキー・オリバー氏が過去にドライブしていた、少々時代遅れになったBRM P153のステアリングホイールを握り欧州F2選手権も戦っている。ところが、1980年代にキャリアの岐路へ立たされた。モータースポーツには大金が必要だった。
「スキル的には、相手を負かせられるだろうと考えていました。F2で戦っている人は、プロ・ドライバーではなく週末だけのアマチュアが中心でしたから」
「資金繰りが苦しくなり始めていた頃、幸運にもスポンサーになってくれる企業が現れました。限られた予算でしたが、数年間も支援してくれたんです」
「F2はお金が掛かるので、1982年にはツーリングカー・レースへ転向を考えました。フォード・カプリでの出場を目指していたのですが、スポンサー企業の上層部が変わり、モータースポーツは予算の無駄という判断に。計画はそこでストップです」
「そんな時に、以前にブレッドバンと呼ばれたフェラーリ250 GTでレースに出ていた、友人のマーティン・ジョンソンから電話が。ポルシェでクラッシュしたとね」
破損したポルシェ911をキムは入手。修理するとロールケージを組んで、ラリーステージを走り始めた。「それも1982年でした。何回スピンしたかわかりませんよ。それからサンビーム・ロータスに乗って、今まで残ったのがコレです」
ツインエンジンにAT+MTの組み合わせ
「シロッコを選んだ理由は、自分で経営している自動車修理工場がフォルクスワーゲン専門だったから。それに、フォルクスワーゲンがツインエンジンのクルマを開発していたことは、ジェッタで知っていました」
「シロッコのツインエンジン化では、知人のピーター・ヘイワースにも影響を受けました。彼はリビングに旋盤を置いているほど根っからの技術者で、ツインエンジンのアルファ・ロメオ・スッドを作っていました。それがヒントでしたね」
そこでキムは、部品取り用のシロッコを入手。エンジンとフロント・バルクヘッド、サスペンション、トランスミッションなどを抜き取り、ラリーマシンになるシロッコのリアへ移植した。
ツインエンジンを正しく機能させるため、スロットルケーブルは2本用意。レーシング仕様のシフトロッドは、ボディの後ろ側へ伸びた。当初はフロントにオートマティック、リアにマニュアルという配置だったそうだ。
ドライバーがギアを選ぶのはリア側に絞り、フロント側は速度に合わせて自動的に変速させることで、複雑さを低減できると考えたようだ。反面、トルクコンバーター式の3速ATはパワーの伝達に優れているとはいえなかった。
「最初のアイデアでは、エスコートのようにコーナーでフロントを食い込ませ、脱出時には四輪駆動による加速のメリットがあると考えました。フォルクスワーゲンも、ATとMTを組み合わせたアイデアに取り組んでいましたから」
この続きは後編にて。
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