滑走路を3分割して飛ばす?
アメリカ、ウィスコンシン州オシュコシュ空港を舞台に毎年一週間の日程で開催されるEAA(実験機協会)「エア・ヴェンチャー」は参加機の総数がおよそ1万機という世界最大の航空ショーです。同空港の管制塔は毎年この航空ショーの期間だけ「世界で最も忙しい管制塔」になります。どのようにこの膨大な発着量を捌いているのでしょうか。
【画像】カオス! これが「世界で最も忙しい管制塔」モード時の機影です
「エア・ヴェンチャー」は開催期間中、航空機の展示以外に毎日様々な勉強会やセミナーが開催されるため、数日にわたり参加することが多いのが特徴です。また、自家用機に乗って会場まで向かうことや、会場の中でキャンプしながら滞在することも可能で、期間中快適に過ごせるようにと飛行場の中にシャワー室やランドリーなどが備えられています。ほかの航空ショーに比べ参加機数が桁違いに大きいのはこのためです。
会場となるオシュコシュ空港(正式名はウィットマン地域空港)には大型機も使用できる二本のメイン滑走路があります。ショー期間中はこの滑走路を二分割、もしくは三分割して複数の航空機を同時に着陸させるのです。さらに離陸時にはメイン滑走路に並行する誘導路も小型機の離陸には十分使える幅と長さがあるので滑走路としても使用。メイン滑走路と誘導路の両方を使って2機を同時に離陸させる方式が採られます。
実際にその光景を観にすると、管制官たちのコミュニケーション能力の高さと同時にその指示を正確に実行しながら航空機を運航しているパイロットたちの高い操縦技術に感銘を受けます。そこにいるほとんどのパイロットは自家用操縦士であることを考えると、これぞ航空先進国と納得させられるものがあります。
では、「世界で最も忙しい管制塔」と化し、普段とは全然違う運用が行われるオシュコシュ空港は、なぜこのような状況を乗り切れるのでしょうか。ここで威力を発揮しているのが「ADS-B」という装置です。
ADS-B何がスゴイのか
空港などではレーダーを使用して航空機の位置を判別していますが、一つの画面上で複数の航空機を識別するため、航空機にはトランスポンダーと呼ばれるレーダー応答装置を搭載しています。これによりレーダー画面上では複数の航空機の場所と高度が表示できるようになりましたが、この方法には2つの大きな欠点がありました。それは、トランスポンダーは地上では使用できないこと。そして、複数の航空機が同じ空域を飛んでいても互いの位置がわからないことでした。
そこで近年各国で普及しているのがADS-Bです。ADS-Bは自機の位置を経度と緯度の座標データとして発信します。このデータは管制官だけでなく周囲の航空機もADS-B 受信機を搭載することでリアルタイムにモニターすることができます。さらにADS-B は地上でも使用できるという大きなメリットも。つまり、視界の悪い気象条件でもほかの機体の位置が画面に表示される仕組みです。
近年、諸外国では混雑空域を飛行する際にADS-Bの搭載が義務化されました。アメリカでは小型機にもADS-Bの普及を促すために、なんと2度にわたり補助金が支給されたのです。
一方このADS-Bの実装が、あまり進んでいないのが日本です。この問題点が浮き彫りになったのは2024年に羽田空港で起きた海上保安庁機とJAL(日本航空)機の衝突事故でしょう。報道によると、JAL機のパイロットからは着陸直前の最終進入時に海保機が見えなかったこと、さらに羽田空港の管制塔も海保機が滑走路に入っていたことを把握していなかったとされています。
そしてこのとき、海保機にはADS-Bが搭載されていませんでした。日頃ADS-Bを使用している諸外国の航空関係者からみると、もしADS-Bが導入されていたらこの事故は防げた可能性が大きいというのが共通の認識です。
ADS-B、日本にはなぜ必要?
羽田空港のような最も忙しい空港の周辺空域は国際的には「クラスB」空域という特別な管制空域が設定されています。海外では、このクラスB空域に入る全ての航空機にはADS-B装備が義務付けられています。しかし、日本では同装置の使用すら奨励されていません。
この事故の最終報告書はまだ公表されていませんが、筆者は事故調査委員会がADS-Bについて報告書の中で言及するか注目しています。
ただし、ADS-Bを日本国内でも早急に普及させることが重要であると考えていますが、そこには機器導入費用という難しい問題が存在します。ADS-Bの装備を速やかに普及させるためにはどうしてもこの課題を解決することが必要でしょう。その方法として、航空機の安全性や信頼性向上のための修理や改造に関する許可申請費用を無償化すること、機器については政府が無償で貸与したり購入する場合の補助金制度を用意することが望ましいと考えています。
ADS-Bは世界で効果が実証されているばかりか、ICAO(国際民間航空機関)でも普及を呼びかけています。航空機同士の衝突事故防止には効果が実証されています。それをふまえて、保険会社もADS-Bを装備した航空機の保険料金を割り引く制度の導入も検討されるべきであると筆者は考えています。(細谷泰正(航空評論家/元AOPA JAPAN理事))
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みんなのコメント
日本でもADS-Bの導入を進めた方が良いというのはその通りですね。