9月のフランクフルトショーは、とても寒かった。昔ながらのクルマ好きの目には、信じられないほどの凋落だと映った。もちろん、新しい提案も沢山あった。けれどもそれは恐竜が必死にもがいて生きながらえようとしているようにボクには見えた。恐竜とはモーターショー自体であり、既存の巨大メーカーであり、これまでの自動車産業そのものだったのかもしれない。
シロンスーパースポーツ300+のデザインスケッチ。空力性能を大幅に引き上げ、最高速は480km/h以上に達するという。BMWの展示は半分以下の面積だったし、アウディは臨時のホールを造ることなくVWグループフロアにいそいそと閉じこもり、ダイムラーに至ってはナカミがスカスカだった。ドイツプレミアムビッグ3は往時の輝きを完全に失っていたようにみえたけれど、それにとって代わるだけのエレクトリック・ヒーローをついぞ見かけることはなかった(もちろん、筆者が見逃したという可能性もある)。自動車産業以外のエレクトリック・サポーターは沢山目に付いたけれど。
EB110をオマージュしたチェントディエチ。イタリア語で110という意味で、蹄鉄をイメージしたラジエーターグリルや3分割のエアインテークによってEB110のデザインを再現している。そんな会場の会議室で、旧知の面々と再会を果たした。本当は前月8月のペブルビーチで会うはずだったのだけれど、あいにく筆者の都合がつかず、それならば9月のフランクフルトで会おうと提案を受けていたのだ。けれどもどうして会議室だったのか。実は彼ら(ブガッティ)はフランクフルトにブースを出していなかった。VWアウディグループの一員として、お膝元でのショーに関係者だけでも揃っておこうということだったのか。
チェントディエチのデザインスケッチ。陰りが見える自動車ショーとは逆に、独自路線で華やかさを求めるブガッティ。この姿勢が変わることはないだろう。オートクチュール戦略は勇気のいる決断だった?約束の相手はブガッティ・オトモビルのデザイン部門を統括するアキム・アンシャイトだった。8月にペブルビーチで“チェントディエチ”(限定10台、約9億円/台)を、そして9月には“シロンスーパースポーツ300+”(限定30台、約4億円/台)を発表している。3月のジュネーブでもワンオフモデルながら“ラ・ヴォワチュール・ノワール”(約14億円)と110周年シロン(20台)をデビューさせているから、ブランド110周年を自ら祝うという“動機”があったにせよ、デザイナーの仕事は大変だったに違いない。そのあたりをアキム自身に聞いてみると……。
チェントディエチのモチーフとなったEB110。創業者エトーレ・ブガッティの110歳の誕生日である1991年に生産された。最高出力は611psで、0-100km/hは3.2秒という記録を誇った。「とても充実した時間を過ごしたよ(笑)。これまでのブガッティにはなかったことだったからね。かつて誰にもこんなに沢山のモデルを発表するなんて勇気はなかった。ステファン・ヴィンケルマンがCEOになって劇的に変わったね。彼はカスタマーの心をよく知っているんだ。マーケティングのプロでもある。これまでのトップは技術系出身が多かったから、なかなかオートクチュールの世界に踏み込めなかったのかもしれないね」。
ラ・ヴォワチュール・ノワールのスケッチ。ブガッティブランド110周年を記念したワンオフモデルとして発売された。モチーフとなったのはタイプ57SCアトランティック。そういえば、前作にあたるヴェイロンにも、特別仕様車やワンオフモデルは沢山あったけれど、それはあくまでも“ヴェイロンのカタチ”をしていた。フルモデルチェンジかと見紛うほどスキンチェンジしたフューオフ&ワンオフモデルなど、なかったのだ。それがどうだ。シロンが登場してからヴィンケルマンがトップに立つと、すぐさま約6億円のディーヴォを40台限定で発表した。シロンとはまるで異なるスタイリングをもつフューオフモデル、しかもほとんどシロンの倍額という高額車両が即座に完売したことで、その後の“オートクチュール戦略”は確定路線となったのだろう。
既存の仕組みを変える挑戦が必要「技術の進化に併せたデザインというものが大事なんだと思うよ。そしてそれを、常に発信し続けることだ。そうすることで、ブランドが広がっていく。たとえばチェントディエチでは1990年代のEB110をオマージュしてモダンに再定義するデザインを目指したけれど、空力と熱処理に問題があった。EB110の強力なシンボルとなっているサイドインテークなどは今から考えると効率がさほど良くない。30年間の進化を遂げたシロンをベースにする以上、そういうことが起こりえる。だから、シロンの性能、特に最高速度を少し絞らざるをえなかった。逆に、スーパースポーツ300+では時速500kmを目指すために、新たなエアロダイナミックデザインを開発することができた。常に技術とともに進化するのがカーデザインというものだ」
ラ・ヴォワチュール・ノワールと同じく110周年を記念して発売されたシロンスポーツ 110ansブガッティ。ブガッティの母国であるフランスへのリスペクトを表現し、20台が限定生産された。Right Light Mediaフランクフルトでの会話の最後に、時間を取ってくれた感謝をこめてデザイナー氏をもちあげておこうと、「ハイエンドブランドの世界ではデザインが今後、益々重要になっていくだろうね。ラクジュアリィカーブランドのプレスカンファレンスではみんなそう言ってたよ」、なんて軽く話を振ってみたら、ちょっと呆れた表情になってアキムはこう言った。
ブガッティのデザイン部門を統括するアキム・アンシャイト。一緒に写っているのは先述のチェントディエチ。COPYRIGHT 2018「そうだね。でも、そのためには今、総開発費のたかだか2%くらいというデザインの実態を変えてもらわないと!」
ハイエンドブランドの役目は、特別な顧客の欲望を叶えるだけではなく、産業の頂点からビジネスの仕組みを変えていく、またはその挑戦をするということもあるのかもしれない。
フランクフルトモーターショーでのフォルクスワーゲンのブース。ブガッティは今年出展を見送った。Volkswagen AG文・西川淳 写真・ブガッティ・オートモビル 編集・iconic
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