ハッチバックボディと決別し、単なる環境車としてではなく多くのユーザーに選ばれる、間口の広いCセグメントのセダンとして勝負を掛ける三代目インサイトの仕上がりを確認する。REPORT●佐野弘宗(SANO Hiromune)PHOTO●平野 陽(HIRANO Akio)/神村 聖(KAMIMURA Satoshi)
競合車との比較で明確化するインサイトの開発コンセプト
今でこそ電気自動車(EV)やディーゼル車も普及し始めたが、日本で「エコカー」と言えば、多くの人がまずはハイブリッド車を想起する。日本をそんなハイブリッド王国へと導いた最大の立役者はやはりトヨタであり、それに続いたのがホンダだ。世界初の量産ハイブリッドは1997年に発売された初代プリウスで、その約2年後に登場した初代インサイトが世界二番目の市販ハイブリッドだった。なんだかんだ言っても、この2車が世界的に「元祖ハイブリッド」であることは間違いない。
それ以降、トヨタのハイブリッド戦略が一貫してプリウス中心だったのに対して、ホンダのそれはシビックなどの既存モデルの派生型へとシフトした。このあたりの戦略にそれぞれの社風が表れていて興味深い。
そして、2003年にCセグメントハッチバックのグローバルカーとして脱皮した二代目プリウスは、当時の原油高に押されるカタチで北米でも大ヒットとなった。続いて発売された三代目プリウスはリーマンショックによる節約機運もあって、二代目を上回るビッグヒット商品となった。こうして、少なくとも日本と北米では「エコカー=プリウス=Cセグメントのハッチバック車」という確たるイメージが構築された。
三代目となる新型インサイトの開発陣は「プリウスとの競合は意識していませんし、他社をベンチマークにもしていません」と語っている。なるほど、新型インサイトはボディ形式も同車初の4ドアであり、そこにもインサイトならではの独自性への模索が窺えなくもない。Cセグメントというサイズを選んだ最大の理由も「Cカテゴリー(=Cセグメント)は北米で“コンパクト”と呼ばれており、乗用車で最も間口が広いクラスだから」だそうである。ただ、Cセグメントのエコカーと言えば、日本でも北米でも非常に売りやすい(新型インサイトが販売される地域は現時点で日本と北米のみ)と同時に、良くも悪くもプリウスが基準になってしまうのも仕方ない。
ちなみに、今回「日本を代表するエコカー」の1台として、プリウスとともに連れ出した日産リーフも、大別すればやはりCセグメントである。さらに新型インサイト、プリウス、リーフという3台のホイールベースは奇しくもピタリと同寸の2700mmであり、Cセグメントとしては比較的長めである点にも意図がある。インサイト、プリウス、リーフは世界的に主流のCセグメントでありつつ、同時に北米を筆頭とする大きめのボディサイズを好む市場を強く意識した商品ということだ。
この3台はセグメントが共通であるだけでなく、実質的な価格もほぼ同じところに落とし込まれている。そこは言わばエコカーのボリュームゾーンである。新型インサイトは国内では高機能の通信機能付きナビシステムを全車標準装備する。今回連れ出したインサイトは上級グレード「EX」にレザーシートやドライブレコーダーなどのオプションが追加されており、合計価格は370万円台。先頃のマイナーチェンジで先進安全機能を同等以上に充実させたプリウスでも、今回のインサイトEXに合わせて17インチ+レザーシートを備える「Aプレミアムツーリングセレクション」を選んで通信ナビやドラレコを追加すると、ピタリと370万円前後に収まるのだ。
リチウムイオンバッテリーを大量に積むEVであるリーフの本体価格は、さすがにインサイトやプリウスよりは高価だ。40kWhバッテリーを積む標準リーフの上級グレード「G」は、プロパイロットや通信機能付きナビなどの先進装備がフルで備わって、本体価格はほぼ400万円(正確には399万600円)。ただ、国からのEV補助金40万円(2018年度の場合)を差し引くと約360万円となり、新型インサイトやプリウスの上級グレードと事実上は同等価格となるのだ。さらに独自のEV補助金を用意する自治体も多く(例えば東京都ではさらに20万円)、リーフの購入金額はさらに安くなる可能性もあるが、各部の質感や室内空間などでは、そのぶんインサイトやプリウスに分があるのも事実だ。
ハイブリッドにEV……とくれば、今の時代、ディーゼルも欠かせない。Cセグメントのディーゼル車と言えば日本にはマツダ・アクセラがあるが、同車は今がちょうどモデルチェンジ期。今回はあえて遠慮させていただいて、代わりに連れ出したのはドイツのVWパサートTDIだ。
まあ、Cセグメントセダンであるインサイトに本来競合するフォルクスワーゲンは北中南米や中国、ロシア、アフリカなどで販売される「ジェッタ」であり、パサートはひとクラス上のDセグメントに属する。それでもパサートを今回あえて選んだのは、現在の日本で入手可能な最も手頃な最新ディーゼルセダンがパサートTDIであり、しかもホンダ自身が新型インサイトを「シビックとアコードの中間」と位置付けて、場合によってはDセグメント市場をも窺う姿勢を見せているからだ。
新型インサイトをプリウス、リーフ、パサートTDIといった最新エコカーと取っ替え引っ替えしつつ乗ってみる。すると、ホンダの言う「新型インサイトはシビックとアコード=CセグメントとDセグメントの中間」という主張が、なるほどマトをぴたりと射たものだと実感する。
HONDA INSIGHT
40.5%という高い熱効率を誇る1.5ℓDOHCエンジンに、発電用と走行用の2つのモーターを備えるSPORT HYBRID i-MMDが組み合わせられる。このユニットが軽量高剛性なボディに搭載され、ホンダらしいスポーティな走りを楽しめる。また上質なセダンとして、室内の質感や静粛性も高められている。
■HONDA INSIGHT EX
直列4気筒DOHC/1496cc
エンジン最高出力:109㎰/6000rpm
エンジン最大トルク:13.7kgm/5000rpm
モーター最高出力:131㎰/4000-8000rpm
モーター最大トルク:27.2kgm/0-3000rpm
JC08モード燃費:31.4km/ℓ
車両本体価格:349万9200円
群雄割拠のCセグメントに独自の個性で対峙する
ソフトパッドやステッチ入りレザーパッドを多用した新型インサイトの内装調度の質感は、さらに精緻な金属加飾部品を使うパサートには及ばない部分もあるものの、大半の人はプリウスよりは高級に感じるだろう。また、やけに立派なセンターコンソールも、FF車らしい空間効率をスポイルしてはいるが、新型インサイトの場合はこの下に12Vバッテリーがあるのでただの飾りではないし、FR車を思わせる高級感を醸し出す一助になっているのも事実だ。
インサイトも含めた国産3台はホイールベースも共通なので後席空間には大差ない。インサイトは全高が明らかに低いスポーツクーペ風デザインだが、低床設計がそれをうまくカバーしており、ヘッドルームもプリウスやリーフに大きく負けることはなく、しかもシートのつくりも2台より立派である。そんな3台を横目に、サイズがひとまわり大きい上に今回唯一の非電動化パワートレーンとなるパサートがスペース面で一頭地抜くのは当然である。しかし、そのボディサイズ差以上に明確なパサートの広さを見せつけられると、やはり「電動車のパッケージは大変だなあ」と改めて思い知る。
ボディサイズやパワートレーン技術といった客観的事実で、新型インサイトと正面から対峙するのはプリウスである。しかし、Cセグメントど真ん中より上級感を漂わせるプリウスと比較しても、内外装の仕立て品質と質感、乗り心地、走行姿勢のフラットネス、快適性……といったほぼすべての面で、新型インサイトはさらに高級なクルマと感じさせる。
新型インサイトで特に印象的なのは静粛性だ。まあ、今回の4台で最も静かなのが内燃機関を持たないリーフであり、最も賑やかなのがディーゼルのパサートTDIなのは言うまでもない。パサートTDIの2.0ℓディーゼルターボは日本仕様ではトゥーランやティグアンが積むものと基本的に共通ながら、それらより明らかにパワフルなチューンで、それゆえにパサートTDIは数ある最新ディーゼル乗用車の中でもディーゼル感がかなり高い。
それはともかく、新型インサイトは同じガソリンハイブリッドのプリウスより明らかに静かである。プリウスも単独ではとても静かで滑らかなのだが、同じ条件下で新型インサイトに乗った後だと、エンジンのオンオフや駆動の出入りの瞬間がやけに気になってしまうのだ。
新型インサイトはそんな静粛性に加えて、純EVのリーフに次ぐ強力な加速ピックアップが体感的にはプリウスよりも力強い。さらに加速・減速ともに右足のわずかな動きにきっちり追従するリニアリティともども、この1.5ℓi-MMDには美点が多い。リーフ自慢のe-ペダルほど大袈裟な設定ではないものの、右足ひとつで速度を合わせやすい以心伝心感はなかなかのものだ。「静粛性とリニアリティには徹底的にこだわりました。自信作です」との新型インサイト開発陣の言葉にウソはない。
ただ、新型インサイトのエネルギー源はあくまで1.5ℓガソリンなので、バッテリーを使い切ってしまう高負荷走行や長い登り勾配では、一転して1.8ℓのプリウスにじわじわと引き離されていくし、高速道追い越し加速や全開域での伸びでは、当たり前だがパサートTDIには敵わない。しかし、この立派なボディを1.5ℓでこれだけ力強く上品に走らせる動力性能は、必要にして十分……のさらに上をいく。
ホンダのシャシーというと、ハリのあるスポーティ仕立てを売りにすることが多いが、新型インサイトはその限りではない。今回の4台では、路面からの肌触りは新型インサイトが最も柔らかく、ストローク感もたっぷり。路面の凹凸をゆったりと吸収していく高速クルーズでの挙動など、いい意味でひと昔前のフランス車を想起するほどである。それでいて実際にはボディはほとんど上下せず、ロール剛性が高く旋回時も水平姿勢を保ち、ステアリングの利きは強力かつ正確……なところはホンダテイストというか、いかにも最新設計らしいところだ。
シビックにも使われる新型インサイトの骨格はアコードクラスまで想定したプラットフォームだそうだから、設計思想としてはプリウスのTNGA-Cより、パサートのMQBの方に近そうだ。トヨタではDセグメント用プラットフォームとして別のTNGA-Kを用意するが、フォルクスワーゲンのMQBはBからDまで幅広いセグメントに適用される骨格モジュールである。
実際、新型インサイトに乗ると、動力性能にしてもボディサイズにしても「まだまだ……」の余裕感が漂っている。路面に吸いつくような低重心感ではEVのリーフにも大きく劣らず、剛性感や重厚感ではプリウスより上級感を醸し出す。絶対的な重厚感ではパサートには一歩譲るものの、ストローク感を生かした乗り心地は新型インサイトの方が快適で、パサートとはクラス違いのCセグメント本来の軽快感を、ドライバーズカーとしては美点と捉える向きも少なくないはずである。
TOYOTA PRIUS
熟成極まるトヨタ独自ハイブリッドシステムのTHS-IIは、独自技術に磨きが掛けられ、良好な燃費と洗練された走りを250万円台という価格から享受できるのも魅力。少々先を行き過ぎた感のあったエクステリアデザインは、2018年12月のマイナーチェンジによるフェイスリフトで親しみやすさを増した(写真は改良前)。
■TOYOTA PRIUS A“Touring Selection”(FF)
直列4気筒DOHC/1797cc
エンジン最高出力:98㎰/5200rpm
エンジン最大トルク:14.5kgm/3600rpm
モーター最高出力:72㎰
モーター最大トルク:16.6kgm
JC08モード燃費:37.2km/ℓ
車両本体価格:292万6800円
NISSAN LEAF
エンジンを搭載しないリーフは、当然ながらエンジンに起因するネガ要素を持たず、静粛性や俊敏な高トルクなどモーター駆動の良さを体感できる。逆に問題視される航続距離も、システムの仕様の向上によりJC08モードで400kmへと延長された。アクセルペダルのみで減速、停止も行なえるe-pedal機能も先進的。
NISSAN LEAF G
モーター定格出力/85kW
モーター最高出力:150㎰/3283-9795rpm
モーター最大トルク:32.6kgm/0-3283rpm
JC08モード燃費:400km(充電走行距離)
車両本体価格:399万600円
各部の仕上がりが高水準 静かで快適な大人のセダン
新型インサイトは開発陣の主張どおり、シビックとアコードの中間……今回で言うと、プリウスとパサートの中間的な車格を思わせるクルマである。パワートレーンはもちろんハイブリッドだが、その静粛性やリニアなピックアップ感、エンジンのオンオフを問わない滑らかさなど、走行感覚では直感的にプリウスよりリーフっぽい。知っている人も多いように、このホンダi-MMDの作動ロジックは、エンジンが積極的に駆動にも介入するトヨタ方式より、どちらかというと、リーフから派生した純シリーズハイブリッドである日産e-POWERに近い。
不用意に踏み込むと前輪が空転しかけることも珍しくないリーフやパサートはシャシー性能うんぬんではなく、パワートレーンそのものが超強力ゆえの宿命である。それに対して新型インサイトは、意地悪に言うと、まるで物足りなく思えるほどのシャシーファスターカーなのだが、それも基本骨格がアコードクラスまで想定した贅沢な設計ゆえだ。こうした余裕しゃくしゃくの基本ハードウェアに加えて、内外装の仕立てや味付けには「同じホンダのシビック、あるいは市場で競合するプリウスより上級に位置付ける」という意図が明確で、その狙いは基本的に成功していると言っていい。
今回は主役の新型インサイトを含めて、今という時代を代表するエコカー4台をまとめて乗ってみたが、バランスのいいプリウス、いまだに貴重な存在といえる量産EVのリーフ、そしてパワフルで高級感に富むパサートTDI……と、どれも魅力的だった。そんな中で新型インサイトは、各部の仕上がりはほぼ全項目で4台中2位以上(?)をキープしつつ、乗り味は「静かで快適で大人っぽい」という世界観で統一されている。新型インサイトはグレード数を絞り込んだことで、プリウスやリーフのようなお手軽グレードがないことは残念だが、装備レベルを揃えて比較すれば、プリウスやリーフより割高なわけではない。そしてパサートTDIより実質100万円以上安いことを考えれば、これはなかなか貴重な大人向けのエコセダンということもできそうである。
VOLKSWAGEN PASSAT
ゴルフと並んで常にそのクラスの車両開発のマイルストーンとして見られるパサート。それだけに、エンジン性能や優れた操縦安定性、上質なインテリアなど各方位に平均点を超える隙のない仕上がりになっている。さらに、数値に表れない各部のしっかり感といった“フィーリング”の領域にも欧州車らしさを感じさせる。
■VOLKSWAGEN PASSAT TDI Highline
直列4気筒DOHC ディーゼルターボ/1968cc
最高出力:190㎰/3500-4000rpm
最大トルク:40.8kgm/1900-3300rpm
JC08モード燃費:20.6km/ℓ
車両本体価格:489万9000円
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