そのとき、ロニー・クインタレッリの闘争心に火がついた。最初のセーフティカー明けのレース5周目、日立オートモティブシステムズシケインへの飛び込みで立川祐路にインを刺され2番手を奪われた刹那、である。
MOTUL AUTECH GT-Rのスタートを担当したロニーには、あるいは少し油断があったかもしれない。130R進入でミラーを確認したときには余裕があった。だが、130Rを立ち上がるとシルバーと赤のマシンはミラーのなかで一際大きくなっていた。
99戦目初ポールがら勝利を逃したModulo NSX-GTと伊沢。前半ペースダウンの要因と今後への手応え
「あれ、とんでもないスピードで近づいてきてる」
ZENT GR Supraに抜かれ「悔しかった」ロニーだったが、意外や立川についていくことができた。うしろから観察すると、どうやらS字の中ではきつそうだ。ポジション奪還のチャンスがあるかもしれない。
ロニーと立川、GT500を代表する名手が繰り広げる久々のバトルは、見る者の胸を熱くさせるものがあった。しかし、そのバトルは長くは続かない。
13周目、GT300をうまく絡めて、NISSINブレーキヘアピンへの進入で大外刈りを決めるロニー。「2年前も、あのアウトからうまくいけたから」と鮮やかに再逆転を果たした。
直後にZENT立川はミッショントラブルに見舞われるが、オーバーテイクを許した瞬間は、まだミッションは生きていた。ロニーは自力で事実上の首位を奪ったことになる。
その後Modulo NSX-GTのペースが落ちたことでトップに立ったロニーだったが、一抹の不安も抱えていた。レースに向けて前日の予選で選んでいたタイヤは、持ち込みのなかで柔らかい側となるミディアムソフトだった。
この選択については、予選時点で決勝日が「最高気温30度程度、レース前には降雨の可能性あり」と予報されていたことも影響していた。
「(暑い)予選では柔らかすぎてちょっと苦労するかもしれないけど、気温が下がる決勝でドンピシャになるかな」(ロニー)という思惑だったのだ。
ところが迎えた決勝日、天候は“上方修正”され気温は上昇、雨も降らなかった。スタート時の路温は49度程度にまで上昇。タイヤがどこまでもつか分からず、「熱に対するブリスターも心配」(ロニー)だった。ミニマム周回数でピットインし、後半はミディアムコンパウンドを選択することも視野に入れていた。
だが、このミディアムソフトが好パフォーマンスを発揮する。周回を重ねてもグリップダウンがない。さらに富士で悩まされていたピックアップも少なく、トラフィックの中でも走りやすかった。これが立川を躊躇なく抜けた要因ともなった。
24周目、まだタイヤは元気だったが、前方にGT300のパックを視認したロニーの判断で、早めのルーティンストップを敢行。後半用のタイヤも、同じミディアムソフトを選んだ。
久々に上位でバトルを展開し、トップでマシンをピットに運んだロニーは「気持ち良かった。100点満点のスティントだった」と振り返る。代わった次生もマージンを活かし、結果的にロニーよりも長くなった後半スティントをフィニッシュラインまで逃げ切った。
■ミシュランからの「推奨」スペック
レース後、鈴木豊監督に勝因を聞くと「一番はミシュランタイヤ」と答えた。
「第2戦までのマシンのパフォーマンスを考えれば、正直、今回は勝てるとは思っていませんでした。タイヤで非常にいいパフォーマンスが出せたと思います。こう言っては失礼かもしれませんが、強いミシュランさん、いいミシュランさんが戻ってきたな、という感じです」
「今回のタイヤは、冬の(マレーシア・)セパンテストである程度の手応えがあったものがベースになっています。それが、想像以上に良かった」
「タイヤがマシンのセットをいいように変えてくれたというか、今回はセットアップも非常に決まったんです」
ミシュランのモータースポーツダイレクター、小田島広明氏は今回のモチュールのタイヤセレクションについて、「我々のレコメンデーション(推奨)にチームが応えてくれた結果」だと言う。
「我々として“ここまで攻めてもいいんじゃないですか”というタイヤを、23号車がチョイスして使ってくれた」という小田島氏の言葉からは、従来は「よりソフト方向のタイヤで攻めたいミシュラン」と「レースペースで失敗したくないチーム」との間である種の葛藤があったであろうことが想像できる。
「もう一歩攻めた形(スペック)でいっても、タイヤとしては機能するという自負がありました」という小田島氏の読みどおり、決勝時の高温下においてもミディアムソフトの性能低下は最後までなかった。むしろ小田島氏としては、硬い側のコンパウンドを選んだときのウォームアップ性能やピックアップについて心配をしていたという。
ちなみに同じミシュラン勢でもCRAFTSPORTS MOTUL GT-Rは予選とレース前半にミディアム、後半にはさらに一段硬いハードを投入している(そもそもミディアムソフトを持ち込んでいない)。
セットアップや戦略的意図の違いもあるので一概には言えないが、今回に関してはミシュランの推奨どおりに「攻めた」姿勢でソフト側のコンパウンドを選択をしたモチュールが、勝利を引き寄せたとも言える。
「今回、チーム側が一歩踏み込んでくれたことで、今後は我々のレコメンデーションに対してチョイスの幅は広げてくれると思います。2台そろってより良い方向にいくかなと期待しています」(小田島氏)
■トヨタ勢と同等のパフォーマンスは「出せると思っていない」
なお、予選Q1後にJ SPORTSのTV中継インタビュー内で次生が明らかにしたとおり、第2戦決勝でのトラブルを経て、モチュールはこの第3戦鈴鹿で2基目のエンジンを投入している。
しかし想定外の早期投入となり、その仕様はいわゆる“バージョン2”というわけではなく「別に何も変えていない」(次生)ため、今回の上位進出は主にタイヤとセットアップの進化、そしてウエイト差によるところが大きかったと分析できる。
したがって鈴木監督も、この先の戦いを決して楽観視はしていない。
「厳しくなると思います。どのサーキットに行っても、結局トヨタさんが速い。今回のレース終盤の関口選手(au TOM'S GR Supra)の速さとか……我々は、とてもあのウエイトであのパフォーマンスを出せるとは思っていません」
ロニーも、この先タイトル争いに加わるためには「正直、もうちょっとストレートが速くならないと……」と課題を口にする。
タイヤに関してはどうか。次戦もてぎについて小田島氏は、「トラックの性格を考えると、温度域の高いレースとしてはタイヤ的に攻められるコース」という。
「暑いのでクルマ的にはブレーキなどの問題も出てくるかもしれませんが、タイヤの安全性については鈴鹿ほど懸念は必要ない。ですので、タイヤのパフォーマンスとしてどこまで攻められるか、ということになると思います」
近年あまり例のない“暑いもてぎ”で、ミシュランとチームはどこまで“攻めて”くるのか。
エンジンの面をはじめ課題はまだまだあるようだが、GT-Rとミシュランの逆襲がまだ“序章”の段階であるとしたら、この先のシリーズ展開も読めないものになっていくだろう。
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