レーサーは天才、ラリーストは神様
モータースポーツの二大競技としてレースとラリーがある。レースを走るドライバーは「レーシングドライバー(レーサー)」、ラリーで走るのは「ラリースト」だ。
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僕がモータースポーツを始めた頃大先輩から、速いレーサーは「ドライビングの天才」、ラリーストは「ドライビングの神様」だと聞かされた。モータースポーツの世界では一般論としてドライビングの難易度はラリーのほうがレースに勝ると考えられていた。
レースとラリーの最大の違いは、レースは同じコースを周回し他車と順位を競いながら走るのに対し、ラリーはコドライバーを同乗させ、道案内を頼りに一台で走り、区間タイムを競うという競技形式にある。
ではレーサーとラリーストを競わせたらどちらが速いのか。昔からあるテーマとしてよく比較されるのだ。
以前、全日本ラリーストのトップランナーに筑波サーキットを攻めてもらった事がある。何周か練習してコースを覚えてからアタックラップを繰り返してもらった。しかし、タイムはレーサーと比べて2~3秒も劣る。ラリーストでは1キロ辺りコンマ数秒で競うのがトップクラスの常識で、一周2kmの筑波サーキットで2~3秒も遅かったらキロ辺り1~2秒差にもなり、そのラリーストは「受け入れ難い差だ」と驚嘆していた。
だがラリーストの走りを見ているとサーキットでタイムが伸びない理由は歴然としていた。彼の走りはコーナー手前で必ずフェイントモーションをかけ、コーナーでは深いドリフトアングルを付けて走る。低ミューの悪路でラリー車を走らせるテクニックそのままにサーキットでも走らせていたのだ。
サーキットで好タイムを叩き出すにはタイヤを過剰に滑らせてはいけないのが鉄則だ。しかし、ラリーステージではまずクルマを横に向けてからコーナー出口に向けてトラクションを稼ぎ出すのがキーとなる。低ミューのグラベルや雪道ではブレーキが利きにくく、十分な減速Gを得られず前輪荷重を高められない。
そこでフェイントモーションでまずコーナー出口方向に向きを変えることでコントロールの安心感を確保し、それからアクセルワークやカウンターステアで車両姿勢を操りながら立ち上がる。しかも通常はコドライバーがコーナーのRや速度、使うギヤなどをペースノートを元に読み上げ、ドライバーはその指示に忠実に従い走らせる。
眼前に右コーナーが見えていてもコドライバーが左コーナーと間違えて指示したら、左にステアリングを切ってしまうのがプロのラリードライバーだ。それだけにコドライバーとのチームワークは極めて重要になる。
それぞれに違った難しさがある
サーキット走行は一人で孤独だ。すべてを自分が見て判断し、感じるままに操作し、自己責任で走らなければならない。そうしたドライビング環境の違いの大きさにラリーストは大きく戸惑っていた。サーキットの走り方はこうだ、とアドバイスしても、身についたドライビング感覚は直ぐには修正できない。
さらにサーキットレースでは他車両と競う必要がある。自車の前後にライバルがいて、横に並ばれたり、目前でスピンされたりする。自分のカーコントロールだけでなく、他車両の動きまで観察し、予測して対処しなければならない。ハイスピードの限界域でそんなドライビングをするレーサーは「天才」だ、とラリーストは思うのだ。
では、レーサーがラリーを走ったらどうなるか。以前、僕は「ヴィッツ・チャレンジカップ」というラリー競技に挑戦したことがある。ナンバー付きのヴィッツはアンダーパワーで、サーキットなら目を瞑って片手運転しても走れるようなクルマだ。
しかし、ダートのステージでアタックすると、わずか1kmほどのコース設定にも関わらず、トップから4~5秒も遅い。大小の石が転がり、轍も深く、時おり車体のフロアを激しくヒットしてしまうような悪路。レーサーとしてはクルマを壊さないように石を避け、凸凹は丁寧に通過してクルマへのダメージを最小限にしようという真理が働く。レースではマシンに大きなダメージを与えたら即リタイヤになりかねない。
しかし、ラリーストは石があっても、フロアをヒットしても全開で走り抜けていく。極端な場合はタイヤがバーストしても、そのままアタックし続ける。1キロのステージなら、1キロだけクルマが持てばよく、次のステージまでにまた「サービスパーク(レースのピットのような仮設ガレージエリア)」で修復できるからだ。
ヴィッツ・チャレンジクラスのようなエントリーラリーではそこまでハイレベルな「サービス」はなかったが、ラリーストはどのドライバーもサーキットでは考えられないくらいハンドルを切り、サイドブレーキを引いたり左足ブレーキをしたり、あの手この手で走らせるのだ。言い方は悪いが、それは繊細なドライビングではなく力ずくのカーコントロールと言えた。
それを走り慣れていない山奥の細い道で、ガードレールもない断崖沿いの林道でも行ってしまうのだから凄まじい。レーサーには絶対に真似のできない「神業」の領域だと思えた。
「レーサーは天才」、「ラリーストは神様」と語った大先輩はラリーで優勝し、カートやフォーミュラカーレースでもチャンピオンを獲得するなどレースとラリーの両方に長けていた。ドライビングの真髄を知る者だったからこそ語れる真実の言葉だったのだ。
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佐藤琢磨もF1ではイマイチ結果を残せなかったけどインディで開花したし。