2006年、迫力のあるアメリカンサルーンとして人気のあったクライスラー300Cに高性能バージョン「SRT8」が導入されている。クライスラーのレーシングテクノロジーから生まれたモデルで、エンジンが6.1Lに排気量アップされただけだと思っていたら大間違い、5.7L HEMIとはまったく別のハイパフォーマンスマシンだった。(以下の試乗記は、Motor Magazine 2006年8月号より)
大排気量エンジン時代がまさか到来するとは
のんきに喜んでいていいものかどうか。その是非は別にして、ともかく私は今、とても幸せである。そういえば我が家のガレージにも、5.7Lと6.75Lがいたっけ。マルチシリンダー大排気量から、足の指先ほどの力をもらってクルーズする心地良さったら。これもまた、ハイパフォーマンスの一現象ではないか。もちろん、アクセルを踏み込めば……。
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大排気量といえば、アメリカ車の常套句であった。ところが今、アメリカンブランドは未曾有の危機に瀕している。原油価格がさらに高騰すればアメリカ人のアメリカ車離れも一層進み、相当にやばい状況になるだろう。
本音を言えば、アメリカ市場のことなど知ったこっちゃないし、向こうでフツウの市民が乗るクルマにもまるで興味もない。が、隠れアメ車ファンとしては、アメリカンブランドの没落に少々危惧をせざるをえない。元気な大エンジンのアメ車をこの先、いつまで楽しみにできるのか……。せめて海外市場でガツンと存在感を示せるブランドだけでも残って欲しいものだ。
これまでローカリズム一辺倒だったアメ車の中で、今、本当の意味でグローバル化に成功しているクルマを私は3台知っている。シボレーコルベットとハマーシリーズ、そしてクライスラー300Cシリーズだ。
これらはすべて、見るからにアメリカンである。ヨーロッパにもない、アジアにもない、いわば赤と黄のハンバーガーみたいなもの。自国内に圧倒的なファンを抱え、その余勢をかって海外市場に躍り出た。ローカルを見極めることで本当のグローバルが見えてくるという好例であろう。
中でもクライスラー300Cの成功には目を見張る。他の2つが、大量にばら撒くことの叶わない特殊なモデルであるのに対し、300Cは言わば大衆車。国内のヒットはもとより、その生産拠点をヨーロッパやオセアニアなど海外にも求めて世界中での拡販を狙う。目指せ、自動車界のマック、ケンタッキーというわけだ。
絶妙な味付けのチューニング
なあに所詮中身は型落ちのベンツでしょ、とシタリ顔の方も多いと思うが、コトはそう単純ではない。確かに基本設計たるプラットフォームは旧型Eクラスなれど、すべてが新デザインであり、例のティップシフトにしてもクライスラーでやり直したものだ。だから、上手にローカル&グローバルなクルマが出来上がっている。
私も、その見てくれに飛びついたひとりだ。5.7LのHEMIエンジンという字面には、マニアのような特別な想いなどない。ただ、あのスタイルと、意外なほどマトモで身体に馴染む乗り味に感動したから、すぐに手に入れた。オドメーターは1年ですでに2万km近くを示している。
その日本発売当初からわかっていたのが、3.5L V6=バーガー、5.7L V8=ダブルバーガーという日本メニューに、近い将来、ビッグマックたる6.1L V8が加わるということだった。
その名もSRT8。ストリート・アンド・レーシング・テクノロジーの略ということからもわかるとおり、クライスラーにおけるロードゴーイングハイパフォーマンスカーの統一呼称である。規模の大小は別にして言ってしまえば、メルセデス・ベンツのAMG的な存在だ。300CのSRTバージョン、日本上陸を半分心待ち、半分意識外にしていたのだが、こうして日本のナンバーが付けば付いたで、乗りたくなるのがクルマ好きの悲しい性分である愛車が色あせるかも知れぬことを承知で、ノコノコと取材に赴いた。
見た目の雰囲気からして、ノーマルとは絶妙に異なる。オーラの質が違うとでも言おうか。濃くて、力強い。バンパーやドアミラー、ドアハンドルなどのクロームメッキパーツが消え、ボディ同色となっているだけで随分と違う、と思いきや、大径ワイドタイヤを収めるべくリップ形式のオーバーフェンダーが付いている。これがフェンダーのふくらみを強調していて、よりワイルドに見せているのだ。鍛造アルミの輝きもいい。
たまらずエンジンフードを開けてみる。立派なカバーが付いているではないか。ボアアップの+400ccは伊達じゃない、ということか。
日本仕様のSRT8は右ハンドルのみである。要するに、今日本に正規で入ってくる300Cはすべて、ヨーロッパ生産ということになる。生産国にこだわる意味がなくなって久しい。
ドアを開けて真っ先に飛び込んでくるのがバケットタイプのスポーツシートだ。海外のモーターショーで初めて見たとき、これは300Cに似合わない、と思っていたのだが、実際に座ってみると、国産スポーツカーのようにわき腹を締め付けられ、デブさ加減をののしられた気分になるようなこともなく、割とイージーに収まった。
インテリアもハードコアな印象だ。ウッドが取り払われ、代わりにシフトレバーやハンドル上部、インナーグリップなどにはレザーが奢られた。その他、シフトベースのトリムがノーマルとは異なっている。速度計も260ではなく300をマックスとして指している。高性能の証、だろう。
世界中で通用する高性能を目指した
エンジンを掛けた。その一瞬のサウンドは、2万km走ったマイカーの方が猛々しい。だが、そう思うのも束の間、SRT8の、アイドリング時における意味深で獰猛な響きには負ける。いかにもチューニングカー的だ。
街中でのマナーには感心するしかなかった。20インチタイヤだから乗り心地もさぞかし硬くなり、ノーマルでも少し感じるわなわな感が増幅されていると思いきや……。
専用ダンパーやブッシュの性能がノーマルよりも段違いにいいのだろう。つんつんとダイレクトな反応を感じるが、決して硬すぎるわけでもなく、どちらかと言えば心地良い突き上げだ。肉厚のより薄いタイヤの方がダイレクトに反応する分、足まわりの性能を計算どおりにうまく引き出し、結果的により素晴らしい乗り心地を見せることがままある。SRT8にもそれが当てはまるということだろう。
さらに少しドライブした後に気付くのが、乗り味が引き締まっているという点だ。V8ノーマルモデルよりも、ギュッと実の詰った印象で、そのことがクルマの大きさを精神的に小さく思わせる。300Cとて、慣れればそれほど扱いに困らないというのが本音だが、SRT8なら一層、ラク。
同じことが高速走行でも言える。フロントサスが高性能タイヤに負けることなく、常に反応がダイレクトに返ってくるので不安がない。ノーマルでは若干だぶつくが、そういうことも皆無。突然のわだちなどには反応しきれなこともあるが、それは愛嬌。コントロール性に不満はない。
まるでメルセデス・ベンツのように、だがアメリカのパッケージで走る。高い速度域で多少、ステアリングフィールが軽くなるのが気になったぐらいだ。
そして。ハイライトは、何と言ってもエンジンフィールだ。3000rpmを超えて5000rpmを上回るまで続く、力強くかつエンスーなフィールは、心地のいい鳥肌ものである。大量の空気を吸い込み、そして吐き出す。ただそれだけなのに、この官能ぶり。クルマに常に力が滾(たぎ)っているから余計に大きさを感じさせない。すさまじい加速だ。しかもブレンボ製ブレーキシステムの自然で強力な制動力があるから、なおさらクルマの大きさを感じる暇などない。
クライスラーの目指したハイパフォーマンスとは、すなわち最新アメリカン大排気量V8が提供する古典的だがよく調教されたエンジンパワーとフィーリングを、世界中どこの道でも通用するシャシ性能で提供すること、ではなかったか。そう思えば、ベースとなった300Cの成功も理解できるし、同じくビッグマックを持つコルベットのやり方にも得心がいく。
V8パワーといったローカルを大切にしながら、シャキっとした足まわりやブレーキといったグローバルに必要な条件をきっちり見極めて融合する。それがアメリカンハイパフォーマンスの生き残る道だったとしても、私は大歓迎だ。アメリカ産牛肉を無理して食べずとも、国際基準にあった材料でアメリカの料理を楽しむことは、いくらでもできるはず。要は、調理方法を間違わなければいいだけの話である。(文:西川淳/Motor Magazine 2006年8月号より)
クライスラー300C SRT8 主要諸元
●全長×全幅×全高:5000×1910×1480mm
●ホイールベース:3050mm
●車両重量:1910kg
●エンジン:V8OHV
●排気量:6059cc
●最高出力:431ps/6000pm
●最大トルク:569Nm/4800pm
●トランスミッション:5速AT
●駆動方式:FR
●0→100km/h加速:5.0秒(US参考値)
●車両価格:726万6000円(2006年)
[ アルバム : クライスラー300C SRT8 はオリジナルサイトでご覧ください ]
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みんなのコメント
いい意味でワルさいっぱいのエクステリアは惹かれるものがあった。これでエンジンがHEMIのV8なら本当に最高!
ただ、メーターの青いグラデーションだけは子供っぽかった。