印刷された紙の展開図を使い、乗り物や動物、家などの立体物を作り上げる創作物のことを「ペーパークラフト」と言うのは皆さんご存知ですよね。
「おうち時間」が長くなる傾向のある昨今、トイレやバスルームなど水回りの設備で有名なTOTO、ゲームメーカーの任天堂もマリオが作れるペーパークラフトの展開図を無料配布するなど、ペーパークラフトの人気が高まりつつあることをご存じだったでしょうか?
バイクメーカーのヤマハ発動機でもバイクをテーマにしたペーパークラフトを公開していましたが、1997年に始まったヤマハのペーパークラフトは20年間ほどの期間を経て、残念ながら2018年9月30日に閉鎖。
20年間ほどの活動の中で、バイクや動物など様々なペーパークラフト作品がヤマハ発動機のサイト内で公開されていましたが、その舞台裏では、多大な時間をかけて紙の展開図を完成させた「ペーパークラフトデザイナー」という存在がいました。
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ヤマハ発動機のサイトで公開されていたペーパークラフトの企画から制作までを手掛けたのは向山信孝さんという方。
ペーパークラフトデザイナーとして雑誌やノベルティグッズ、イベントなどに作品を提供しており、ヤマハ発動機ではエンジンやチェーン、シートやタイヤの形状など、細かなパーツまで作られている「超精密シリーズ」など様々なペーパークラフト作品を世に出した人です。
(向山さんの作品の数々はインスタグラムやTwitterなどでも見ることができます)
当記事では、そんな向山信孝さんにペーパークラフトデザイナーとなったきっかけ、超緻密なペーパークラフトを設計する舞台裏について話を伺いました。
ペーパークラフトデザイナーになったきっかけは、ヤマハ発動機の東京モーターショー用コンテンツ
──1997年からヤマハ発動機はサイト内でペーパークラフト作品を公開していましたが、向山さんがペーパークラフトに携わったきっかけはどのような形だったのでしょうか?
1997年に勤めていたデザイン制作会社にヤマハ発動機の東京モーターショースペシャルサイトの仕事が舞い込んだんです。コンテンツの打ち合わせの最中、当時の同僚が資料の中からペーパークラフトを見つけて、「一案に加えてみてはどうか?」と発言したのがきっかけです。
最初、議題に挙がったペーパークラフトの題材はバイクではなく、今の目で見れば原始的な構造で、カタログの裏表紙に印刷されている車の形を模したマッチ箱のような四角い箱の展開図でした。
同僚はバイクのシルエットを模した厚みのあるペーパークラフトにしようと考えていたようですが、私はそれではおもしろくないと思い「できる限りのところまでやりましょう」と提案し、ペーパークラフトの設計も自分の素養を信じ「私が制作します」と立候補しました。
バイクを題材にするペーパークラフトを外部に制作依頼(設計)すると、制作予算の半分くらい掛かることが分かったので、予算を抑えるという目的もあったんでしょうね、当時入社4ヵ月だった私がペーパークラフト制作の担当に任命されました。
それが「ペーパークラフトデザイナー」としての第一歩になりました。
──紙という繊細な素材でバイクを再現している向山さんですが、自身が初めてペーパークラフトに触れたのはどんなときでしょうか?
仕事的なキャリアという意味では、まさにその東京モーターショースペシャルサイトのコンテンツを任せられたのが最初です。
仕事以外という意味では、幼少の頃から何かを作るというのは得意でしたので、素材を紙で限定するなら、当時(1983年)アニメ放映されていた『ボトムズ』というロボットアニメのプラモデルに紙で武器(ライフルや剣など)を作っていたのが、紙で何かを作る始まりのような気がします。
また、専門学校がプロダクトデザイン専攻で、授業内では自分のデザインした製品を模型にする授業もありました。「何かの模型を作る」という仕事に対してハードルを高く感じなかったのは、そのおかげかもしれませんね。
MT-10の設計→試作→完成までには約2000時間以上かかった!
──ヤマハ発動機のバイクをペーパークラフトにしてきた中で、開発に一番時間がかかった作品はどれでしょうか?
「超精密シリーズ MT-10」でしょうか。開発は3人がかりで約1年、私が携わった時間だけでも2000時間くらいかかって完成に至りました。
──開発の過程で苦労するのはどのような部分なのでしょうか?
一番大変なのは、モチーフとなる車両の「らしさ」……つまり「魅力」を引き出すことです。
ペーパークラフトの目的はあくまで「ユーザーに作ってもらうこと」なので、作り応えや完成時の達成感や高揚感、さらに言えば失敗したときの挫折感、その先のチャレンジスピリット(何にでも取り組む心意気)など「何かを感じてもらうこと」を追求しています。
それらの邪魔になるような説明の難解さや、度を超えた難易度の設定、自分勝手な表現をなるべく出さないようにすることも大変な部分ではありますが……。
──VMAXやMT-10など、様々なバイクのペーパークラフト開発を担当した向山さんは、試作するときにどのような道具や紙を使っているのでしょうか?
モデルを設計するときに使う主な道具はパソコンで、ソフトはアドビのイラストレーターを使っています。
試作に使う道具は、ピンセットやカッター、ボンド、紙にカーブを付けるアルミ棒、折り目をつけるときにはスタイラスペン(タブレットやスマホのディスプレイの上で使うペンのこと)などを活用しています。
試作段階では、安価な100kg~135kgのケント紙(画用紙の一種)を使って、完成間近の場合は色の発色を考慮し、プリンターメーカーから出ているコート紙(表面がツルツルしている光沢感のある紙)を使用しています。
特別な展示などがある場合は、特殊紙のマーメイドやレザック、タントなど、紙を取り扱っている専門店で品定めをしながら使うこともありますね。
学生時代はヤマハ ジョグ Zに乗っていたが、現在バイクは所有していない
──ペーパークラフトの設計は資料や本などを参考に進めているのでしょうか? それとも実車を見ながら作っていくのでしょうか?
両方と言えますね。まず、資料を集めて書籍や図面で内容や数値を確かめます。そして、実車を撮影した3Dデータなどで造形的な部分のチェックをします。
設計をする最初の一歩なので、できるだけ多く資料を集めて、ゴールとなる完成モデルが頭に浮かぶまで精査していくんです。
あとは、作りやすさと造形美を天秤にかけトライ&エラーを繰り返し、納得がいくまで理想の形状に近づけるようにしていますね。
──実車を再現するうえで、特にどのような部分を重視しているのでしょうか?
車種によってポイントとなる部分は異なりますが、セールスポイントとなる部分は若干強調するようにしています。
たとえば、クルーザーモデルならリアタイヤ、フロントタイヤ、ヘッドライトを結ぶ三角形を壊さないようにしつつ、フロントフォークの角度を実物より斜めにしたり、スーパースポーツモデルなら流れるような優美な姿を意識して、細部の造形が邪魔しないように気を配って設計しています。
あと大事なことは、ユーザーの頭の中にあるであろうそのバイクのイメージを造形に表すことだと考えていますね。
──ちなみに、参考のためペーパークラフト化するバイクに乗ったり、所有しているバイクを参考にしたりすることもあるのでしょうか?
長くバイクを作品のモチーフとしてきたので、30代の頃に大型免許は取得したのですが、バイクを所有してしまうとバイクへの憧れが薄れてしまうような気がして……いまだに所有はしていません。
本当は、乗ったら違う視点で設計や試作ができるかもしれないんですけどね。
ちなみに、現在は乗っていませんが、学生時代にヤマハ ジョグZに乗っていましたね。
ペーパークラフトの面白みはユーザーとのコミュニケーション
──長年、ヤマハ発動機のサイトで公開されていたペーパークラフトを手掛けた向山さんにとって、ペーパークラフトの面白さとは何でしょうか?
ペーパークラフトを作ってくれたユーザーとのコミュニケーションです。
最初は受け入れられると思っていなかった超精密シリーズ(難易度は高いが、クオリティの高い作品が制作できるシリーズ)を完成させた方の作品を見ると、私も真似できないくらい上手く作り上げる方もいます。
ウケるモチーフ、興味も持たれないモチーフなど、ペーパークラフトを通して色々な反応を感じられるところも面白いなと思いますね。
ヤマハ発動機のペーパークラフトサイトが閉鎖されて約数年経ちますが、いまだにこれらの作品を作りたいという声や、新作を望まれる方の声が私に届きます。
無機質に思われがちな文字やデータのやり取りですが、やはりそこには発信する側の人間と受け手の人間とのコミュニケーションがちゃんと存在しており、発信する側としては励みにもなりますね。
──そうした声に応える……ではないですが、向山さんとしては今後、どのような活動をしてみたいと考えていますか?
頭の中だけでいえば様々なアイディアがあります。
たとえばヤマハ発動機のサイトで公開されていたバイクのペーパークラフトを元にしてカフェレーサー仕様やストリート仕様にしたカスタムモデルを作ったり、希少動物をペーパークラフトにしたり、伊藤若冲(いとう じゃくちゅう)が描いた絵画を立体化したペーパークラフトも作ろうと考えています。
また、もう10年以上前になりますが「萌え」という言葉が流行ったことがありましたが、その中に「廃墟萌え」という廃墟好きな人がいるという何かの記事を見たことがあり、それで言えば私は「工場萌え」だと感じたことがありました。
工場のパイプや全体像を眺めていると生き物を見ているような感覚になるので、表現したい何かとリンクする事があれば、ペーパークラフトとして工場なども題材にしてみたいと考えていますね。
レポート●モーサイ編集部・小泉 写真●向山信孝さん
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