先週、ダニエル・リカルドがRBから離脱することが正式に発表され、8回のグランプリ勝利という輝かしいF1キャリアに幕を下ろすリカルドに惜しみない賛辞が送られた。
リカルドのF1ラストレースとなったシンガポールGPでは、餞別としてファステストラップ挑戦の機会がRBから送られ、ラストレースで歴史に名を刻んだ。レース後には、様々なF1関係者からさようならの言葉が送られた。
■リアム・ローソンこそレッドブルに必要なF1ドライバーなのか? F1ライター陣の見解
しかし、功績に相応しい形で送り出すことができなかったと指摘する声も多かった。結局のところ、リカルドがF1ラストレースを迎えると周知されていれば、もっと盛大な“お別れ会”ができたはず……なぜそうならなかったのだろうか?
リカルドがそのような扱いを受けることができなかったのには、レッドブル陣営に責任があり、リカルドにシート剥奪の意図を隠してきたためだという誤解も呼んだ。
しかしその説を成立させるには、リカルドが後任となるリアム・ローソンの昇格計画について何も知らず、シンガポールGPから数日後に起こったのは全て青天の霹靂だったということになる。
関係者によると、レッドブル陣営とリカルドの間でどのように状況が進んでいったかという現実は、公の場での展開と大きく異なっていたという。
複雑なF1の世界ではままあることだが、様々な要因が絡み合って、チームとしてもドライバーとしても、最終的にそれぞれが望んだようなお別れにならなかったのだ。
ローソンの契約オプション
リカルドのシンガポールGPがモヤッとした終わり方となった主な要因は、ローソンとレッドブルの契約に含まれていたF1シートに関するオプションにあると考えられている。
複数の情報源によると、レッドブルは9月までにリザーブドライバーのローソンに2025年のF1シートを確約させなければ、ローソンが事実上のフリーエージェント状態になってしまうはずだった。
昨年、負傷したリカルドの代役として5戦に出場したローソンのパフォーマンスは、パドックにいた全員に感銘を与え、シーズン序盤にはザウバー/アウディが獲得を検討していたことも知られている。
しかしレッドブル陣営はセルジオ・ペレスの不調が続き、マックス・フェルスタッペンも長期的にはチーム離脱の可能性があると認識しており、ローソンは早急にレッドブル・レーシングで求められる可能性があるため、手放すことには大きな抵抗があった。
つまり、レッドブル陣営はローソンが将来的にキープレイヤーになると考えており、9月という期限はシンガポールGP以降に何かしらの決断をしなければいけないことを意味していた。本当の問題は、ローソンがレッドブル・レーシングかRBのどちらに昇格し、どのドライバーの代わりを務めるかということだった。
ペレスがレッドブル・レーシングで期待通りの結果を出せていない一方で、ローソンがフェルスタッペンのチームメイトとして即座にステップアップするのは行き過ぎだろうという結論がすぐに出された。
仮にレッドブル・レーシングへローソンを送り込めば、高いプレッシャーにいきなり晒されることとなり、F1キャリアが早々に終焉を迎える恐れがあったからだ。
そのため、ローソンを送り込むのはRBに。そしてリカルドのシートに注目が集まった。
リカルドは2023年シーズン途中からF1に復帰したものの、レッドブル陣営との契約時に期待されたようなピークを迎えられていなかった。もちろん、時に強力なスピードを見せ、今年のマイアミGPスプリントで4位に入ったことは記憶に新しいが、その調子を継続できるほどの一貫性を発揮することができなかった。
リカルドがF1に戻ってきたのは、RBで何ができるかということではなく、ペレスが結果を残せなかった場合にレッドブル・レーシングへ復帰するためのオーディションだったということも忘れてはならない。
ペレスが不振に陥った一方、リカルドもRBで浮き沈みの激しいシーズンを送り、シニアチームでの好成績を確証するような明らかなステップアップ候補にはならなかった。
そのため、リカルドが事実上レッドブル・レーシングの候補リストから外れた時点で、RBに来季以降の契約延長を納得させることは困難だった。
レッドブルでモータースポーツアドバイザーを務めるヘルムート・マルコからすれば、仮にリカルドが2025年に陣営の一員にならないのであれば、今シーズン終了までリカルドと契約を続ける理由はほとんどなかった。特にペレスの状況が好転しない場合に備えて、チームはローソンを試したいと考えていたのだ。
レッドブル・レーシングのクリスチャン・ホーナー代表は、長年の友人でもあるリカルドに自身の価値を証明するための最大限の時間と機会を与えてきたが、結局のところ、ローソンをアメリカGPからRBに乗せるという選択肢を受け入れざるを得なかった。
リカルドとローソンを入れ替えるという決定は、公式発表から数週間前に下された。リカルドにはアゼルバイジャンGPの週末に概略が伝えられ、シンガポールGPに向けて状況を整理する時間が与えられた。
しかし、そのニュースは公にされなかった。レッドブル陣営はリカルド解雇という話を広めることを好まず、リカルドの対応に任せたいと考えていたという。
またマルコが説明したように、リカルドには“知らされていた”にも関わらず、ラストレースを前にチームから公表されなかった理由には他にもある。
「さまざまな要因と義務に関連しているのだ」とマルコは言う。
「スポンサーにも配慮する必要がある。でも彼は、自分自身を平穏に保ち、状況を受け入れることができたと言っている」
リカルドのラストチャンス
ただ、リカルドがシンガポールGPを前にRB離脱が確実だと知っていたのか、それとも離脱の可能性が高いとだけ知っていたのかは定かではない。
週末を前にメディアに語った際にも、リカルドは自身の将来について曖昧な答えしか示さず、状況が定まっていないことを示唆していた。
契約上、シンガポールGPがラストレースになる可能性はあるかと訊かれたリカルドは、次のように答えていた。
「そうは思わない。でもここに立って弁護士になりたくもない。ノーといいたいけど、このスポーツの仕組みは分かるでしょ?」
「シーズンを通して見たことがない人ばかりだ。ある意味、目新しいことじゃない。だから全財産をオールインするような真似はしたくない。僕はあまりに長くこの世界にいたからね」
関係者の証言によると、シンガポールGPを前にリカルド陣営と話し合いが行なわれ、レッドブル陣営とリカルドが共同で、ラストレースであることを公式に発表する可能性が示唆されたという。
しかし、理由は定かではないが、状況は進展しなかった。
リカルドはシンガポールGPの週末に騒ぎが大きくなるのを嫌がったのかもしれない。あるいは100%の合意が得られておらず、契約上の問題を解決する必要があったのかもしれない。
ひょっとするとシンガポールGPで好成績を残せばシートに留まることができるという希望をリカルドは抱いていたのかもしれない。たとえ0.01%の可能性であったとしても、シートを守るために戦う価値はある。
シンガポールGPの前にリカルドが語ったように、彼は逆境に直面しても諦めない人間であるとキャリアを通して示してきた。
「このスポーツのクレイジーなところは、僕が今くだらないことを言っていても、この週末に表彰台を獲得すれば、スポーツで1番ホットな存在になるということだ」
「メリーゴーラウンドみたいなモノだよ。すぐに状況が変わってしまうと分かっている」
「事態が白熱してきていることは承知の上だ。でも今週末は冷静になる必要がある。何人か倒さないとね」
初日のフリー走行2回目では角田裕毅が4番手、リカルドも6番手につけ、RBのマシンがシンガポールGPに適しているようにも思われた。リカルドの言うシナリオも可能性を帯びていた。
そしてマルコも、リカルドの希望が全て失われたわけではないと示唆した。
Sky Germanyの取材に応じたマルコは、その夜の状況についてこう語っていた。
「彼(リカルド)は表彰台でフィニッシュすれば状況が全く変わってくると言っていた。私も全く同感だ」
ただ、2日目の予選で角田がQ3に進出した一方でリカルドはQ1敗退。状況は一変し、F1での運命は決定づけられた。
いつも笑顔を絶やさなかったリカルドが、時折無理やり笑顔を作ろうとしているように見えた。舌を噛む場面もあった。
マルコがメディアに対して表彰台獲得が逆転の一手になると示唆したことで、初日以降は挽回のチャンスがあったように思えただけに、Q1落ちという予選結果はより痛かったのではないかと訊かれたリカルドは、次のように振り返った。
「『これは良くなかった』という感じで、次のレースへ行くことはできない」とリカルドは言う。
「今日は大丈夫だと思った。でも……いや、それ以上は言わない」
別れの時
決勝レースの時刻を迎え、RBのタイヤ戦略が失敗に終わり、後方でバトルを繰り広げることになったリカルドの脳裏には「これが最後だ」という思いがあったのは明らかだ。
だからこそ、リカルドはレース終盤にファステストラップを狙うことを厭わなかったのだろうし、チェッカーを受けた後のパルクフェルメでグローブを外し、コックピットの中でF1ドライバーとして最後の瞬間に浸っていたのだろう。
正式発表がなくても、レッドブル陣営やリカルド側の人間でなかったとしても、何が起きているのかは明らかだった。必要だったのは最終的な確証だった。
リカルドに別れを告げたいと思う人々は、決勝日の夜が最適なタイミングであると分かっていた。マクラーレンのランド・ノリスでさえ、元チームメイトに別れを言うべく深夜のRBガレージを訪れたのを目撃されていた。
リカルドはF1最後の週末をもっと良い形で締めくくることができただろうか? もちろん、できただろう。RBからの離脱が正式発表された時に送られた言葉の数々を見れば、盛大な見送りが行なわれたはずだろう。
リカルドはそれを望んでいたか? 答えはイエス。レッドブルがそれを望んでいただろうか? もちろん、その答えもイエスだ。
後からそう言うのは簡単だが、前もって何が正しいのかを計るのは容易ではない。様々な要因が絡み合っていて、二律背反の状況も生まれる。だからこそ、シンガポールGPでのリカルドのお別れ会は開かれなかったのだ。
もし時間が巻き戻れば、レッドブル陣営とリカルドの両者の状況は変わっていたかもしれない。
しかしF1から離れることが公になった際にリカルド自身がソーシャルメディアで指摘した通り、F1は良いことも悪いことも等しく投げかけてくる。
「常に山あり谷ありだ。でも楽しいし、本当のことを言えば、僕はそれを変えようと思わない。次の冒険まではね」とリカルドは語った。
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この記事のタイトルにはこのセリフしか出てこない(笑)