■ホンダ「CBR1000RR-R」を通して、BMW「S1000RR」の先進性を再認識
やっぱりBMW Motorrad「S1000RR」は正しかったのか……。2019年末に、ホンダ「CBR1000RR-R FIREBLADE」(以下RR-R)のエンジン詳細を知った私(筆者:中村友彦)は、しみじみそう感じました。
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もっとも、業界に同じ意見の人はいなかったようで、多くの2輪専門媒体を含むメディアは、革新的、独創的、史上最強、などという言葉を使っていたのですが、RR-Rのエンジンを知ることで、私はBMWが2009年から発売を開始したS1000RRの先進性を、改めて認識したのです。以下にその理由を説明しましょう。
■シリンダーボアと吸排気バルブのサイズ
RR-Rのエンジンで最も注目を集めたのは、φ81mmのピストン(正しく表記するならシリンダーボア)です。先代「CBR1000RR」のφ76mmより5mmも大きく、MotoGPレーサー「RC213V」と同寸と言われていますから、注目を集めたのは当然ですが、S1000RRは2009年に登場した初代の時点で、RR-Rに非常に近いφ80mmという数値を採用していました。
同時代の日本製リッタースーパースポーツが、φ74.5/76/78mmだったことを考えると、S1000RRがいかに突出していたかが理解できるでしょう。なおφ81mmという数値は、現在の排気量1000cc直列4気筒エンジンの中で最もビッグボアですが、この数値は2019年から発売されている、ドゥカティ「パニガーレV4R」(90°V型4気筒エンジン)も同じです。
シリンダーボアを大きくする主な目的は、吸排気バルブの大径化と言われています。S1000RRが初代から一貫して、吸気:φ33.5mm/排気:φ27.2mmという数字を維持するのに対して(2009年頃の日本リッタースーパースポーツは、吸気:φ30から31mm/排気:φ24から25mm)、RR-Rはφ32.5mm/φ28.5mmという数値を採用しました。ちなみに、パニガーレV4Rはφ34.0/φ27.5mmです。
これらの数値を考えると、RR-Rの吸排気バルブは決して小さくないのですが、むしろ個人的には、BMWとドゥカティのほうが“攻めている”印象を受けます。
■アイドルギアを用いたセミカムギアトレイン
一般的なバイクの場合、クランクシャフトとカムシャフトを連結する部品はチェーンですが、RR-Rはクランクシャフトの上にアイドルギアを設置した、セミカムギアトレインを採用しています。
この構造には軽量化や高回転化に加えて、クランクの振動をカムに伝えないという美点があるようですが、S1000RRは2009年の時点で、RR-Rと同様の構成でした。ただし2019年以降のS1000RRは、カムスプロケットの小径化を図るべく、アイドルギアの位置を上部に変更しています。
もっともこの件に関しては、S1000RR独自の構造とは言えません。ドゥカティの“パンタ系”やスズキ「TL/SV1000」シリーズ、KTM「LC8」といったVツインは、昔からカムシャフトの駆動用として、クランクシャフトの上にアイドルギアを用いるのが普通だったのですから。ただし4気筒エンジンに限って言うなら、セミカムギアトレインの先駆車はS1000RRでしょう。
■フィンガーフォロワーロッカーアーム
カムの動きを吸排気バルブに伝える機構として、RR-RはCBRシリーズ初のフィンガーフォロワーロッカーアームを採用しています。
その構造を見たとき、そこまでやるのか……と私は驚きました。フィンガーフォロワーロッカーアームのシャフトは、吸気カムと排気カムの前方に設置するのが一般的ですが、小型化とバルブアングルの狭角化を意識したRR-Rは、吸排気カムの間の非常に狭いスペースに、5分割式×2セットのロッカーアームシャフトを設置していたのです。
ただし、F1やMotoGPの世界で実績を積んだフィンガーフォロワー式ロッカーアームを、2輪の量産車に初めて持ち込んだのは、やはり2009年型のS1000RRです。
当時の日本製リッタースーパースポーツのバルブ駆動は、昔ながらの直押し式だったのですが、以後はBMWに追随する形で、ヤマハは2015年、スズキは2018年、カワサキは2019年、そしてホンダは2020年から、フィンガーフォロワーロッカーアームを採用することになりました。
■ウォーターポンプをクラッチの下に設置
冷却系の新技術として、RR-Rはビルトインボトムバイパスという独自のメカニズムを採用しています。
この構造には、フリクション低減につながるシリンダーの温度の均一化、という美点があるのですが、広報資料の図版を見た私は、ウォーターポンプの位置に興味を惹かれました。
先代のCBR1000RRが既存の日本製並列4気筒の定番となる、ドライブスプロケット前方に設置していたのに対して、RR-RのウォーターポンプはS1000RRと同じ位置、クラッチの下だったのです。なおヤマハ「YZF-R1」も、2015年型からS1000RRと同様の位置にウォーターポンプを設置しています。
■スターターシステムのレイアウト
先代CBR1000RRを含めた既存の日本製並列4気筒のほとんどは、始動時にスターターモーターが発生する動力を、エンジン端に設置した専用のギア+ワンウェイクラッチを介して、クランクシャフトに伝えていました。
ただしRR-Rは、クラッチの1次減速ギアを経由、利用して、クランクシャフトを回転させています。もっとも、クランクシャフト幅の縮小に貢献するこの構造も、RR-Rが初めて採用したわけではありません。実際の仕組みは各車各様ですが、YZF-R1は2015年型から、S1000RRは2019年型から、同様の構造を採用していたのです。
■S1000RRが日本車に及ぼした影響
さて、ここまでの文章を振り返ると、何だかRR-Rに対して否定的な展開になってしまいましたが、私自身はRR-Rのエンジンに異論を述べるつもりは微塵もありません。
レースでの勝利を念頭に置いてエンジンを全面新設計するにあたって、現時点で最良と言われているメカニズムを採用するのは、至って当然のことなのですから。
なお当記事で先進性を評価したS1000RRは、初代のデビュー時には、CBR1000RRやGSX-R1000などを参考にしたのではないか?……とも言われていました。
さておき、冒頭で述べたように、RR-Rのエンジンの構造を知ることで、私がBMWの先進性を再認識したのは事実です。おそらく、2009年にS1000RRが登場していなかったら、以後の日本製リッタースーパースポーツのエンジンは、現状とは異なる構成になっていたでしょう。
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