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ラグビーW杯のために1937年式でユーラシア横断を敢行した英国人(後篇)

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ラグビーW杯のために1937年式でユーラシア横断を敢行した英国人(後篇)

オースチン タイプ1937 ユーラシアツアー VOL.2|EURASIA TOUR WITH Austin 7 TYPE 1937 VOL.2

奧から、日本でのサポーターのまとめ役を務めたジョンさんの所有するレンジローバーと、D180ディーゼルを積むランドローバースポーツHSE、そして1937年式オースチン・セブン。

2桁ナンバー物語 Vol.1 春日部33のブガッティ EB110(前編)

ノーサイドの精神に助けられ旅路を進むモスクワやクラスノヤルスクのラグビー・クラブからの招待を受けたことに加え、旧いクルマなりのトラブルもそこそこ重なって、予定していたより行程が遅れていたクリスさんと1937年式オースチン・セブンことバブーシュカ号。クラスノヤルスクを発って一晩をモーテルで過ごした後に、バイカル湖の畔の街、イルクーツクへと進んだ。8月18日のことだ。

オースチン タイプ1937 ユーラシアツアー VOL.2|EURASIA TOUR WITH Austin 7 TYPE 1937 VOL.2

現地SIMでインターネット接続はあるとはいえ、シベリアで頼りになるのは地図。異なる縮尺を使い分けないと何が何だか分からないほど、ロシアは広かったそうだ。

ひと月しか有効期間のなかった観光ビザが、ラグビー・クラブの招待のおかげで3カ月まで延びたことは前回の記事で述べたが、それがなければあと1週間ほどで残り約5000kmを走ってロシアから出国せねばならなかったため、物理的には不可能だったといえる。あらためてピッチを離れても発揮されるラグビーというスポーツの、援け合いそしてノーサイドの精神を思い知らされる。

世界の淡水の2割以上を湛えているとされるバイカル湖を過ぎたら、ウランウーデ、チタへ。チタはウラジオストクまで2000マイル(約3200km)にあたる。この頃になると、ロシアの全国版ニュースでも今回の冒険旅行の様子が報道されていたため、クリスさんと1937年式のバブーシュカ号は道中ですっかり知られた存在になってしまった。人なつっこく気前のいいロシア人たちの歓迎っぷりは相変わらずで、「チタの手前で給油した時なんか、ガソリンスタンドの兄ちゃんが10ポンドほどだったと思うけど、オマケしてくれたよ。些細なことかもしれないけど、長旅をしている身には励まされているというか、意気に感じたね」

オースチン タイプ1937 ユーラシアツアー VOL.2|EURASIA TOUR WITH Austin 7 TYPE 1937 VOL.2

カザンを越えたあたりから、ロシアの東方教会の雰囲気も少しアジア的になり始め、ヨーロッパからアジアに変わったことが実感できたという。

大きなトラブルに見舞われながらも無事日本へ到着チタでは英国から飛行機で、ジュディというモスクワ在住歴のある女性の友人が、ウラジオストクまでの最後の2000マイルのナビゲーターをこなすためにやってきた。ところがチタを後にしたところで、この旅最大のアクシデントが訪れた。国道を快走中のバブーシュカ号の右後輪が、いきなり外れてクルマを追い越していったのだ! クリスはステアリングを何とかコントロールしながら、ガードレールに少しフロントタイヤを擦りつけるようにして、道路脇にクルマを停車した。ジュディは助手席から飛び降りて、転がっていく右後輪を追いかけたそうだ。

オースチン タイプ1937 ユーラシアツアー VOL.2|EURASIA TOUR WITH Austin 7 TYPE 1937 VOL.2

凹凸の激しい道で受けた振動がたまって緩んでいたのだろう、右後輪が外れた直後のカット。

ロシア入国時に加入しておいた保険のロードサービスに電話してみたが、繋がらない。幸いチタからはそう遠くなく、先に世話になったラグビー・クラブの関係者がローダーを手配してくれ、隣町までコマを進めることができた。8月28日の出来事だった。

多少なりとも引きずった車体右後部のダメージをチェックし、ハブ周りとホイールも点検して装着し直して、再び東を目指す。シベリアの道は舗装は意外と行き届いてはいるものの、厳しい冬の寒さで凍ったり解けたりを繰り返した結果、道路の補修整備が行き届かず路面はかなり荒れているという。加えて丘陵が続いて長い登り坂も少なくないため、オースチン・セブンのパワーでは通過するのにひと苦労という場面も少なくなかったとか。

オースチン タイプ1937 ユーラシアツアー VOL.2|EURASIA TOUR WITH Austin 7 TYPE 1937 VOL.2

シベリアで見かける数少ない村人たちは、概してとても陽気で、横断旅行のことを話すと親切にしてくれたそう。

数日後、ビロピジャンの手前のビラという村を通過中に、英国の自宅を出発してからバブーシュカ号の走行距離はちょうど10000kmに達した。ユーラシア大陸最後のポイントとなるウラジオストクまでは、もはや1000km弱。実際にウラジオストクに到着したのは9月3日のことだったという。

オースチン タイプ1937 ユーラシアツアー VOL.2|EURASIA TOUR WITH Austin 7 TYPE 1937 VOL.2

シベリアの道路の状態は、7割方は大丈夫だが完璧といえるのは1割ほど、2割ほどは路面は非常に悪いとか。未整備というより、寒さによる凍結と融解の繰り返しが舗装に厳しそうだと、クリスさんはいう。

ウラジオストクの手前で「バーガーキング」を見つけた時は、クリスさんは久々に馴染み深い文明を見た思いがしたそうだ。ウラジオストクの街で少し骨休めをした後、彼とバブーシュカ号は、韓国の海運会社であるDBSクルーズフェリーによって運航されるウラジオストク発の韓国・東海経由、鳥取・境港行きの定期便に乗り込んだ。日本までの所用時間は1泊2日。境港には9月13日朝に着いたそうだ。

国内へのクルマの持ち込みは大変?オースチン タイプ1937 ユーラシアツアー VOL.2|EURASIA TOUR WITH Austin 7 TYPE 1937 VOL.2

日本に上陸して、通関手続きを始める前のクリスさんとバブーシュカ号。

ちなみに英国で登録されているクルマをロシアから日本に持ち込むには、面倒はないのだろうか? そう訊ねると、ロシア税関での出国手続きは、ウラジオストクにサービスを代行する専門会社が多数あって、9万円ほどで任せられたとのこと。大変だったのは日本への車両持ち込みで、一時輸入の手続きをとらねばならない。英国で出発前に用意したカルネの内容に相違がないことを上陸地の管轄のJAFに承認してもらい、その判をもってようやく通関手続きを税関で申請することができる。そこで「輸入」の可否を決める審査を待つこと数時間、約半日後にようやく保税地域からバブーシュカ号を出すことができたそうだ。

オースチン タイプ1937 ユーラシアツアー VOL.2|EURASIA TOUR WITH Austin 7 TYPE 1937 VOL.2

一時輸入の手続きのために、JAFの松江支部で必要なハンコをついてもらった書類。港との距離を考えても、ハードルは高い。

「私の調べた限り、トランジット・ビザだけでなく海外から自家用車で来たツーリストにこうした通関手続きを課しているのは、イランとオーストラリアと日本だけのようだね。カルネの作成から始まって一時預かりのデポジットもあるとはいえ、15万円ほどかかったからコストとしては大変だったよ」

またも大きなトラブルがバブーシュカ号を襲うオースチン タイプ1937 ユーラシアツアー VOL.2|EURASIA TOUR WITH Austin 7 TYPE 1937 VOL.2

日本のカントリーロードを、心地よさそうに疾走するオースチン・セブン。後のミニは同じくAタイプ・エンジンを積む。

境港で通関を済ませて早々に、旧車オーナーを中心とする10数名のサポーターそしてテレビや新聞といった報道陣にクリスさんとバブーシュカ号こと1937年式オースチン・セブンは囲まれた。日本滞在の初日は通関手続きにとられたものの、その夜は露天風呂や居酒屋での食事を楽しみ、同地に投宿、翌朝から山陰自動車道から東へと向かった。制限速度が70km/h規制であることも、バブーシュカ号の巡航速度にちょうどよかったのだ。

オースチン タイプ1937 ユーラシアツアー VOL.2|EURASIA TOUR WITH Austin 7 TYPE 1937 VOL.2

3番と4番シリンダーの間が溶けてしまったガスケットを見て、思わず苦笑いするクリスさん。致命的なトラブルでないことと、原因が分かってひと安心なのだ。

まだ残暑厳しい日本の9月の陽射しは、容赦なく68歳の英国人と82歳の英国車を照りつけるが、シベリアとは異なる山陰道の風情を、クリスさんは殊の外、楽しんだようだ。日本のオースチン関連の各クラブに今回の大陸横断旅行の話題や動向は知らされていたため、行く先々で、各地域のオーナーたちは代わる代わるナビを務めたり、並走したり、あるいはお土産を差し入れに駆けつけてくれた。

オースチン タイプ1937 ユーラシアツアー VOL.2|EURASIA TOUR WITH Austin 7 TYPE 1937 VOL.2

バブーシュカ号の最大のピンチを、的確な作業とトラブルシューティングで切り抜けさせた、森浩二郎さん(右)と森進太郎さん(左)。

ところが海岸線を離れて兵庫県の山中に差しかかった頃、バブーシュカ号は今回の道中で幾度目かのトラブルに見舞われた。しかも深刻なことに、エンジンフードから白煙が上がってスローダウンしてしまったのだ。とりあえず点火系をチェック。火花がやや弱々しいことのほかに問題らしい問題は見当たらないが、過酷なルートをこなしてきただけあって各部の消耗はやはり激しい。夕闇の迫る中、JAFによって近くの工場に運ばれた後に、養父から一時間ほどの、京都府にある亀岡トライアルランドという施設を頼ることになった。9月14日夜のことだ。

ここはその名の通り、二輪のトライアルコースで自動車の整備工場では全然ないのだが、切り盛りするオーナー一家が戦前車のエンスージアストで、バイクの修理整備はもちろん4輪のフルレストアまで自ら手がけている。事情を話すと、英国から「そういうオースチン・セブンとオーナーがやって来る」という風のウワサは聞いていたそうで、快く引き受けてくれた。

オースチン タイプ1937 ユーラシアツアー VOL.2|EURASIA TOUR WITH Austin 7 TYPE 1937 VOL.2

亀岡でガスケット交換だけでなく、スラッジも相当に落とすなどヘッド周りをリフレッシュしたバブーシュカは快調そのもので、思わずクリスさんと浩二郎さんも笑みをこぼす。

3番と4番のシリンダーに問題があるところまでは判明していた。そこで亀岡トライアルランドの森浩二郎さんを中心に、その場にいたサポーターが手を貸しながら、みるみるうちにヘッドが開けられた。どうやらピストンリング等は無事で、劣化したガスケットから圧縮が抜けていたことが分かった。早速、クリスさんが持参した新品のガスケットに交換し、ヘッドを再び留めてみる。ところがヘッドが熱で歪んでいたか、冷却水が少々滴ってくる。もう一度外して、今度は兄の森進太郎さんがヘッドを面研磨し、液体ガスケットもたっぷり目に塗り込んでスタッドを締め直すと、バブーシュカ号は見事に息を吹き返した。

助け合いで成し遂げられた旅シベリアをも横断しおおせたバブーシュカ号が、日本の路上で音を上げたことは意外だったが、直るまでに丸一日近くを要しつつも多くのサポーターの手で成し遂げられたこの修理は、日本に上陸して初めての寛ぎの日となった。しかもクリスさんが、その修理の腕前に惚れ込んだ浩二郎さんに、東京までナビを頼んだところ、快く引き受けてくれた。

翌16日は、一昨日の夜に泊まり損ねた草津温泉に寄ってから、中央道から南アルプスを越え、富士山を目指すルートだった。途中、恵那峡を越えた辺りで、エンジンの出力が落ち込みがちな兆候があったが、誰が締め忘れたのか、キャブレターのサクションピストン・キャップが緩んでいるだけだった。ただ、9月というのに人も車も消耗させる暑さもあって、この夜は駒ケ根に投宿。17日は生憎の曇り空だったため、河口湖周辺に留まって富士山を待つこととなった。

オースチン タイプ1937 ユーラシアツアー VOL.2|EURASIA TOUR WITH Austin 7 TYPE 1937 VOL.2

笠雲はかかったままだが、ようやくバブーシュカ号の前に姿を見せた富士山。

明けて9月18日、雲がかかった笠富士ながらも、ようやくクリスさんとバブーシュカ号の前に富士山が姿を現した。今回のサポートを買って出た、日本在住30年のジョンさんのレンジローバーと、取材陣が借りてきたラグビーW杯のオフィシャルカーであるランドローバー・ディスカバリースポーツも、ようやくミッションを果たせた風で、記念撮影する余裕が生まれたのだった。不意にタックルを受けて倒されても、仲間のフォローを受けて再び前へ進むところは、一人旅もラグビーもまったく一緒なのだ。ちなみにバブーシュカ号がトラブルに見舞われた間、最新のディーゼル・ユニットを積んだディスカバリースポーツに短いながらも乗り込んだクリスさんは、「同じく英国車なのにずいぶんとコンフォートのレベルが違うな」と苦笑していたが。余裕あるトルクと省燃費は、長旅では突破力でもあるのだ。

ようやく辿り着いた東京では、ヴァルカナイズ・ロンドンが、バブーシュカ号を骨董通りのブティックに展示と保管を兼ねて預かることを、クリスさんに提案してくれた。すでに英国に戻すために横浜港へと運ばれてしまったが、10月初頭まで店頭に置かれていたバブーシュカ号を目にした方もいるだろう。ちなみに展示の直前には、バブーシュカ号はシュアラスターのスタッフの手によってボディに直接書かれた寄せ書きは残しつつも、長旅の汚れをきっちり落としてもらった。

オースチン タイプ1937 ユーラシアツアー VOL.2|EURASIA TOUR WITH Austin 7 TYPE 1937 VOL.2

青山のヴァルカナイズ・ロンドンでの展示の様子。新しいけど旧いモノと、旧いけどキチンと磨かれて手入れされたモノが同時に並ぶ様は、やはり気持ちいい。

それにしても、ユーラシア大陸横断をクラシックカーで果たしながら、自国の代表チームを応援しに行く、そんな熱いサポートは果たして英国だけのものだろうか? 英国~日本よりはちょっと近くなる4年後のフランス開催、次回ラグビーW杯で、日本のラグビー熱が問われるのかもしれない!

文・南陽一浩 写真・クリス・ブレイキー、奥村純一
取材協力・ジャガー・ランドローバー・ジャパン、亀岡トライアルランド、ヴァルカナイズ・ロンドン、シュアラスター
編集・iconic

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