ジャガーのシャシーにフォードのエンジン
この記事上では、衝撃的なサウンドをお伝えできないのが残念。ジャガーEタイプに期待する、滑らかで上品なエグゾーストノートは聞こえない。アメリカンV8らしい、バリバリという轟音が周囲を包む。アイドリング状態でも野蛮極まりない。
【画像】V8エンジンのジャガーEタイプ「イーガル」 オリジナルのS1と近年のレストモッド例も 全90枚
膨らんだフェンダーがグラマラス。ナンバーは付いているから、完全なロードリーガルらしい。グレートブリテン島の南部、サセックス州の田園地帯に流れる平穏を著しく乱している。
見た目やうるささと比較して、想像ほど運転が難しくないことにも驚く。クラッチペダルは重く反応は鋭いものの、急に繋がるような扱いにくさはない。ギアの回転数を調整してくれるシンクロメッシュが備わった、4速MTも変速しやすい。
サーボレスのブレーキは、温度が上昇すれば良く効く。すべての操作系が調和していて、ドライバーに優しい。
唯一、質実剛健なステアリングホイールはしっかり握っている必要がある。ワイドなフロントタイヤが、ワダチに沿って右往左往しようとする。
このワイルドなEタイプは、イーガル(Egal)と呼ばれている。EタイプのEに、ギャラクシー(エンジン名)のガルを組み合わせた造語だ。1960年代に、レーシングカーとして制作されている。
ジャガーのシャシーに、フォードのV型8気筒エンジンが搭載されている。排気量は本来7.0Lだったが、近年にアメリカで受けたレストア時に、8.5Lへボアアップされている。ダイナモテストでは、608psと82.8kg-mを発揮したという。
素晴らしく病みつきになるほど速い
他の道路利用者がいなくなるのを見計らって、アクセルペダルを僅かに傾ける。イーガルが勢いよくダッシュする。選んでいるギアは関係ない。反応は即時的で、あっという間に遠くでぼやけていた先行車両へ追いつく。思わず大笑いしてしまう。
車内は轟音で満たされ、低回転域に沈んでいない限り会話は難しい。信じられないほど素晴らしく、病みつきになるほど速い。公道では上澄みしか味わえない。解き放つには利用されなくなった飛行場と、狂気じみた勇気が必要そうだ。
イーガルを発案したのは、ロブ・ベック氏とジェフ・リチャードソン氏という2人。ベックは第二次大戦時にパイロットを務め、退役後に絵画の額縁を制作するビジネスを立ち上げた。世界的な評判を獲得し、英国王室御用達にもなったという。
事業で成功を掴んだベックは、以前から好きだったジャガーへの情熱を思う存分発揮させた。彼の叔父に、英国ミッドランド自動車クラブのメンバーだった、レスリー・ウィルソン氏がいたことも影響を与えた。
「叔父のベックはジャガー・オーナーとして、ちょっとした記録保持者でしょうね。公道用とサーキット用、沢山のクルマを所有していました。ある人物のコレクションを、丸ごと買い取るほど」。と、甥のアラン・ブルックス氏が笑う。
「投資になると考え、ガレージにコレクションを保管していました。でも、価格が上昇する前に手放してしまったようです。仕事を引退したタイミングで」
476psの6997ccビッグブロックを選択
一方のリチャードソンは、スキルのあるレーシングドライバーだった。1948年にはシルバーストーン・サーキットで開かれたレースで、ERAライレーというマシンをドライブしている。
1949年からはRRA(リチャードソン・レーシング・オートモービル)チームを立ち上げ、レーシングカーを開発。エンジニアとしても高い評判を獲得した。
彼のスキルは多彩で、作るものを選ばなかった。1970年代には、第二次大戦中の怪我が悪化し片方の膝下を切断する手術を受けた。依頼していた義足工場がストライキで停止すると、彼は自ら義足を2本作ったという。
1本は日常的な歩行用。もう1本はクラッチペダルを踏みやすく改良を加えた、運転用だった。
イーガルを着想する以前、ベックとリチャードソンはジャガーXK120のチューニングを手掛けていた。その経験を活かし、EタイプのシャシーへアメリカンV8をドッキングするという手法に帰着したようだ。
選ばれたのは、427cu.in(6997cc)のビッグブロック。フォード・ギャラクシー・ユニットだった。1964年後半の記録では、デイトナ仕様のチューニングで476psを発揮していた。
このエンジンは、ジャガー製の直列6気筒より59kg重かった。そこで2人は鋳鉄製のマニフォールドやベルハウジングを交換し、340kgまで軽くした。それを迎えるボディとシャシーは、1962年式のジャガーEタイプ・ロードスターだった。
フェラーリ 250GTOを引き離す加速力
フロントサブフレームは、大きなエンジンを搭載する都合上、幅を広げる必要があった。トランスミッションはオリジナルのジャガー社製。フォードのエンジンと結合させるためフライホイールとクラッチは専用品で、アダプタープレートを介している。
スターターモーターの位置を上にずらしたり、ステアリングコラムの構造を再設計するなど、伴う変更か所は少なくない。ジャガーの4HU型ディファレンシャルやドライブシャフト、ユニバーサル・ジョイントが、巨大なトルクを受け止めた。
サスペンションとブレーキは、レース用アイテムにアップグレード。ラジエーターとオイルクーラーも強化された。ボンネットは軽量なものへ交換され、フェラーリ250 GTO風の3つ並んだエアインテークが見た目の特徴となった。
記録では、リチャードソンはイーガルの凄まじい可能性に驚いたようだ。同時に、ノーマルのEタイプのように操縦できるものの、特にインボード構造のリア側でブレーキが過熱気味だという問題も発覚したらしい。
初戦となったのは、1964年6月20日のシルバーストーン・サーキット。ベックは10周のスポーツレーシングカー・イベントで優勝を掴んだ。続く8月には、グレートブリテン島の西、カッスルクーム・サーキットへ舞台を移した。
そこには、レーシングドライバーのロン・フライ氏とピーター・クラーク氏がドライブする、フェラーリ 250 GTOが待っていた。それでも、圧倒的な加速力でイタリアン・サラブレットを大きく引き離し勝利している。
この続きは後編にて。
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