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右半身不随でも諦めない! 独自の「運転補助装置」を開発し「356ロードスター」に返り咲いた男

掲載 更新 17
右半身不随でも諦めない! 独自の「運転補助装置」を開発し「356ロードスター」に返り咲いた男

重度障がい者がクラシックカーをドライブするには

 人生のある時期までは「健常者」としてカーライフを楽しんでいても、あるとき、病気や事故などで手足が不自由になるのは、誰にでも起こりうることだ。今はさまざまな運転補助装置が市販されていて、障がいの程度や部位に応じてクルマの運転をアシストしてくれる時代だ。

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 とはいえドライバーの身体の状況というのはきわめて多彩だから、既存の補助装置ではカバーしきれないケースもまだまだ多い。しかも現代の量産車ではなく、趣味性の高いクラシックカーに乗るとなると、そこに待ち受ける困難たるや計り知れない。

 小島一朗さんは大病を患って一度は「一生寝たきり」を宣告されながらも、地獄のようなリハビリを乗り越え、かつての愛車である356ロードスターに乗るために自ら運転補助装置を開発。ついに公道ドライブへと返り咲いた情熱の人だ。彼の情熱と工夫の道のりとは……。

一生寝たきりと宣告されても、再びクルマを運転したい!

 現在54歳の小島一朗さんは、20歳のころから空冷フォルクスワーゲン・タイプ1、ビートルに乗り、その後VWのパワートレインを用いたインターメカニカ社製のポルシェ356ロードスター・レプリカを愛車としていた、生粋のカーガイだ。

 ところが2009年6月、細菌性心内膜炎とそこから併発した脳幹梗塞で倒れ、生死の境をさまようことになる。奇跡的に生還できたが、身体の8割が麻痺して右半身は不随、右目の視力も失って、重度身体障がい者となった。医師からは、24時間介護が必要な一生寝たきりの生活になると宣告されたそうだ。

 最初の3カ月間は瞬きしかできない状態でICU暮らし、見えるのは天井だけという状況。そんななか、それでも小島さんは決意した。

 「必ず這い上がってみせる! 必ずクルマを運転してみせる!」

 旧車生活への思いを原動力に猛特訓のリハビリを続け、1年半後には電動車いすで動けるようになった。これには医師や看護師も驚いたという。そしてバリアフリー環境が整っていてリハビリ施設も併設している団地に引っ越して、ヘルパーさんの手を借りながらのひとり暮らしをスタートしたのだった。

 また、リハビリの過程で出会った油絵が小島さんの新たなライフワークとなり、左手だけで油絵を描き続けて、現在では年に1~2回のペースで個展を開いている(ご興味のある方は「ギャラリーコジ」で検索を)。

まずはビートルで公道への復帰を模索

 家で絵を描くだけの暮らしだと、どうしてもストレスが溜まってしまう。まだ、どうすればクルマに乗れるのかわからないなかだったが、小島さんは1968年式VWビートルのスポルトマチック(クラッチペダル無しで操作可能)を手に入れた。

 そこで小島さんは団地の地下駐車場で毎日朝晩、電動車いすからの乗り降りの練習を始めた。最初は1回の乗降に1時間半かかっていたそうだが、気分転換にもなるし路上復帰へのモチベーションを上げてくれるし、エンジンをかけるだけでも嬉しい。根気よく続けた結果、ほんの数分で乗降できるまでになった。

 問題は、わずかに動かせる左手と左足で、いかにクルマを運転できるようにするか? ステアリング操作は電動パワステと旋回グリップを取り付けるとして、アクセルとブレーキを、左足のささやかな筋力だけでどうコントロールするか?

 右半身が不随の人のための運転補助として、アクセルペダルをブレーキペダルの左側に移設して、左足だけでアクセルペダルとブレーキペダルを踏めるようにする通称「左アクセル」という手法も存在するが、小島さんのケースではこれも使えそうになかった。

 だったら自分専用の装置を作るしかない! ということで、左足の前後運動だけでアクセル/ブレーキを操作するべく、木製のサンプルを高齢のご両親と一緒に作りながら試行錯誤を重ねていった。

ワンペダルでアクセル/ブレーキを操作できるアシスト装置

 半年かかってついに完成した「小島式アクセルアシスト装置」。製作は金属加工のできるご友人が引き受けてくれている。では、その仕組みを解説しよう。クラシック・ビートルやポルシェのアクセルペダルは床から生えているオルガン式だが、最近小島さんが吊り下げ式ペダル用に試作したサンプルが分かりやすいので、こちらをご覧いただきたい。

 基本は、てこの原理の応用だ。左足を手前に引くとリンケージを介してアクセルペダルが踏み込まれ、左足を前に突っ張れば通常のブレーキとなる。これなら緊急時に体が反射的に踏み込んでしまってもブレーキなので安全だし、ブレーキの反応時間はむしろ「健常者」よりも速い。

 リンケージの位置や長さを調整し、かかとの接地面の摩擦抵抗を減らしてなめらかにするなど工夫をこらして実用レベルになった。

 「スムースに運転するには慣れが必要ですが、だからこそ暴走はしにくいです。障がい者だけでなく高齢者などの誤操作の防止にも役立つのではないかと思います」

 この小島式アクセルアシスト装置は2020年に特許を取得。今年12月7~8日に東京で開催される、障がい者の自立支援機器の技術交流会「シーズ・ニーズマッチング交流会2021」に個人出展する予定なので、そこで実物を見て小島さんにお話を直接聞くことができる。

免許の適性検査に合格して公道ドライブへ復帰!

 ビートルに電動パワステと「小島式アクセルアシスト装置」を取り付けてからは、毎日早朝に団地の駐車場内で(もちろん許可を受けて)少しずつ運転の練習を続けていった。

 「よく“頑張ってるね”とか“努力してるね”って言われるけど、本人はまったく自覚なし。だって好きでやってるから、辛くもなんともないです」

 1年ほど根気よく練習して、ひとりで乗り降りも運転も問題なくできるようになってから、小島さんは免許センターへ運転適性検査を受けに行った。もちろんシミュレーターは対応できないので、自車持ち込み。

 障がい者自らが設計開発した補助装置での適性検査は、免許センターとしても前代未聞で四苦八苦したそうではあるが、根気よく装置の説明をし、法規の枠内で、正確かつ素早い操作と安全運転が可能だと認めてもらうことができたという。

 こうして、AT限定かつ「旋回付でアクセル・ブレーキを操作上有効な状態に改造したものに限る」という条件で適性検査に合格し、小島さんは運転免許の更新を果たしたのだった。

 車検も免許もOKになってから、毎朝5時半から運転の練習を繰り返して、移動できる範囲が少しずつ、少しずつ、遠くへ広がり、やがて高速道路の走行もできるように。新たなチャレンジの連続のかたわらには、付き添いや見守りをしてくれる家族や仲間たちの存在も大きかった。

 ひとりで車いすを積み下ろすことはできないため遠出は敬遠していた小島さんだったが、バーベキューやイベントに誘ってくれたのもご友人たちだ。そして2016年秋、辻堂海浜公園で開催されたVWミーティングにて、小島さんはイベントへのカムバックを果たした。

次なるチャレンジは本命の356ロードスターでの公道復帰

 ビートルでのドライブに習熟した小島さんにとって、次の課題は、かつての愛車であった356への復帰だった。オリジナルのポルシェ356を入手してスポルトマチック・トランスミッションを移植する方法も考えたが、今や世界的に高騰しているヴィンテージ・ポルシェでそのような大手術は現実的ではない。

 そこでカナダのインターメカニカ社が製造していた356ロードスター・レプリカに白羽の矢を立てた。かつて病気になる前に乗っていたモデルでもあり、エンジンもVWのフラット4ユニットを搭載していて扱いやすい。そして何より、インターメカニカの初期型には、VWタイプ3用の3速ATを搭載しているモデルが存在したのだ。

 2017年、小島さんの条件にマッチする1989年式インターメカニカ・356ロードスターの3速AT仕様車がSNSで個人売買に出ていたのを購入。まずはビートルでも使っていた、ワゴンR初期型の電動パワステユニットをご友人に装着してもらった。

 ステアリングホイールには旋回グリップを取り付け、左手だけでの操作をより確実なものとしている。

 インターメカニカ356の運転席に「小島式アクセルアシスト装置」をインストール。基本的にはペダルがオルガン式なのでビートル用と共通だが、もちろん356用に微調整してある。左ハンドルでブレーキペダルの位置が車体中央に寄っているため、操作に慣れるまではひと苦労だったという。

 左足を手前に引くと、リンケージを介してアクセルペダルが前に踏み込まれる仕組み。てこの原理で支点を高くすれば、その分、踏力が軽く済むわけだ。しっかり溶接してあるが、耐久性に関しては念には念を入れて、ほぼ毎回、正常に動作するか点検しているそうだ。

装備がモダナイズされたレプリカならではのメリットも

 ビートル・スポルトマチックは右ハンドルだったがこちら356ロードスターは左ハンドルで、なおかつシートの着座位置も低いため、乗り降りと運転操作に慣れるまで8カ月かかったという。運転席と助手席の間には、乗降の際に上半身をあずけるパーティションボードを入れている。

 356ロードスターは幌つきのオープンカーだが、ひとりで幌の開け閉めはできないので開けることはない。そのかわり、丈夫な幌のフレームに乗降用のグリップを取り付けている。

 レプリカながらも、1980年代後半に快適に乗れるよう豪華仕様が奢られているインターメカニカ。オーディオの左右にあるのはパワーウインドウのスイッチだ。身体が不自由なオーナーがクラシックカーに乗る場合、すでにある程度モダナイズされているレプリカは魅力的な選択肢といえる。

 エンジンはVWの空冷水平対向4気筒で排気量は1600cc、一発始動するコンディションをキープしている。4輪ディスクブレーキを備え、安全面でも不安なし。

 このようにして、乗り降り、運転、もろもろの操作を万全に行える状態にカスタムし、十分に練習して慣れてから、ついに念願の356ロードスターで公道を走れるようになったのだった。

好きなクルマで毎朝ドライブできる幸せ

 雨の日以外は毎日、寝起きの早朝に45分くらいドライブを楽しんでいる小島さん。ひとりでの行動ゆえ、途中でトイレに行くのは大変だからという理由だ。

 「毎日クルマ乗らないと病気になっちゃいます(笑)。356に乗ってるとやる気が湧いてくるんですよ。雨の日は運転を控えてるのですが、憂鬱ですね」

 電動車いすから356ロードスターに乗り込むには8~10分かかる。左手と左足だけで体を運転席に入れるのは、想像を絶するほどの体力を使う。クルマに乗ったら、少しだけ前進させてからドアを閉める。車いすは帰ってきて駐車するときの目印にもなる。

 356ロードスターに乗っているときの小島さんは笑顔に満ちていて、本当に楽しそうに運転する。じつは自動車教習所の教官をしていた経歴もあり、運転はスムースなだけでなく、安全面でもきわめて模範的だ。

 運転時の動画も撮影したのでご覧いただこう。

 遠くに出かけるときは、ご友人やヘルパーさんに同伴してもらい、折り畳み式の車いすをリヤのラックに固定するそうだ。最近はクルマのイベントでもスタッフの人が身体障がい者に配慮してくれることも多い。

 ただし出かけ先の駐車場で「車いすマーク」のスペースなどに停めていると、まさかこんな趣味全開のクラシックカーに重度障がい者が乗っているとは誰も思わないため、誤解を招く場面もしばしばあったそう。そのため、「重度障がい者が運転しています。ご理解ください」と大きく書いたカードは必需品だそうだ。

 また、エンジンをリヤに搭載するRR車ゆえ燃料タンクはフロントフード内にある。ガソリンスタンドで口頭ではボンネットの閉め方を伝えにくいため、あらかじめ注意書きとメッセージを入れているのは小島さんの心配り。

 クルマから降りる方が、乗るときよりも大変だという。シートの着座面がサイドシルより低く位置しているため、一度、体を持ち上げる動きが必要になるからだ。自作の発泡スチロール製の降車用パッドを車載している。

 動かない右足を左手の力で引っぱり出しながら、少しずつ体勢を変えていき、下半身を車外に持ち出す。

 クルマのサイドに腰かけた状態から、車いすに左手と左足だけで座るまでも、かなりの体力を要する。降車には合計で10~15分かかるそうだ。

よりスムースで安全な運転を目指して今も現在進行形

 早朝のドライブが習慣、とひと口に言っても、毎回がハードな運動だ。それでも小島さんにとって、このカーライフこそがこれまでの想像を絶するような地獄のリハビリの原動力であり目標であったし、これからも日々の活力の中心であることは揺るがない。

 「夢のようです。毎朝356でドライブしてきて、こんなに幸せな思いをしていいのかなって思っちゃいます。と言っても、まだゴールではなく進行形です。もっと速やかな乗降、もっと思いのままに安全に運転できるようにしていきたいです」

 クルマ好きでもほとんどの人が諦めてしまいそうな逆境におちいってもなお、ふたたびクラシックカーに乗るために、ポジティブにリハビリと工夫を積み重ねて夢を実現した。「普通のことが普通に体験できることが幸せです」とさりげなく語ってくれたが、誰もが真似できることではない。だがまた、諦めなければ、こんなことも可能なのだと教えてくれる。

 思いがけない病気や事故、あるいは高齢による身体の弱体化など、身体が不自由になっても、好きなクルマに乗れる可能性はある。今、運転補助装置のマーケットは徐々に発展し続けていて、選択肢も広がってきている。

 小島さんが自分専用の運転補助装置として作り出した「小島式アクセルアシスト装置」も、似たような境遇の人にとってのソリューションとなることだろう。このリポートが多少なりとも参考になれば幸いだ。

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みんなのコメント

17件
  • 20年以上前に、ワシの知っとるエンスー爺さんのハナシやけど、
    ビョーキで倒れ左半身不随になって悔しくて悔しくて
    「もう少し体よくして、アサヒ自動車松本氏にオートマの356アルマゾルつくらせて復活してやるから見とけよ!絶対復活してやる」
    と見舞いに行って病院で涙流しながら息巻いていたツワモノがいましたよ

    残念ながら執念は実らず逝ってしまったけど、、
    病院のベッドで語っていた爺さんの鋭い眼光と聞き取れないくらい呂律まわらずとも気合いの入った喋り方を自分は20年たった今もハッキリ覚えてます
    生きるうえで必要なパワーです

    障害あっても己のパワーで戻って来たらいい
    足りない部分あるんなら、周りが支えてやればいい、例えそれが見ず知らずの人であっても!
  • 足がつったら一貫の終わり 私有地や閉鎖された空間なら良いと思うが歩行者などが居る公道では健常者並みの反応は無理かと
※コメントは個人の見解であり、記事提供社と関係はありません。

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