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FCAがルノー・グループに経営統合案を2019年5月27日に正式に送付したことを公表したことは、自動車業界に大きな波紋を生じた。実はこの経営統合案はその1週間ほど前から海外の経済誌などで予想されていた。FCAがいきなり経営統合案をぶち上げたわけではなく、長らく水面下の接触が行なわれていたことを伺い知ることができる。
ヨーロッパの駆け引きに日産は翻弄
この経営統合案にフランスのル・メール経済・財務相は、前向きなメッセージを発表したりルノー・グループのジャンドミニク・スナール会長がすかさず日産に情報を伝えるために来日したりと、事態は猛スピードで進行している。
その一方、日産自動車にとっては仰天すべき事態となった。ようやく5月連休明けの業績不調の決算発表を終え、6月末に開催される株主総会に提案する新取締役候補リストを作成し、同時に大きなダメージを負っているアメリカの事業への対応、生産工場の生産計画の見直しやリストラ、インフィニティ・ブランドのヨーロッパからの撤退など、再建に向けた動きを始めた矢先の衝撃的なニュースだったのだ。
日産に事前の情報はなく、逆にFCAとルノー・グループは正式発表のはるか前から情報交換していたことは間違いないだろう。日産の西川CEOは、常にジャンドミニク・スナール会長とフレンドリーに意見交換をし、ルノー・グループとはすっかり信頼感を持っていると思っていたが、やはり只者ではなかった。スナール会長はフランス政府からの指名でルノー・グループに就任しており、一企業グループの最高責任者というにとどまらず、政治家に近いスタンスといえるかもしれない。
FCAの現状
FCA(フィアット・クライスラー・オートモビルズ)は、フィアット社再生の主役であるセルジオ・マルキオンネ(2018年7月没)の主導により誕生したグローバル自動車メーカーだ。経営畑出身のマルキオンネCEOは、フィアットの財務を再建すると同時にフィアット・グループ内のブランドを再編し、同時に2009年に経営破綻したアメリカのクライスラー社を買収。アメリカ政府の了解のもとでクライスラー株式の過半数を得てFCAを設立した。登記上の本社をオランダ、グローバル本社をイギリスに置き、ニューヨーク株式市場に上場させて企業価値を大幅に向上させた。
クライスラーは、一度は経営破綻したとはいえ、アメリカではクライスラー、ダッジ、ラム、モパー、そしてジープといった、どちらかといえばマニアックなブランドをラインアップしており、フィアットはアメリカ市場にアルファロメオを送り込んでいる。またフィアットはA/Bセグメント、アバルト、ラグジュアリーブランドのマセラティを展開している。
FCAとなって以来、アルファロメオのジュリエッタとダッジのプラットフォームやエンジンの共用化、さらにジュリア用の新プラットフォームはマセラティ、アメリカ市場ではダッジと共用化し、エンジンもフィアットとクライスラーの共用化を進めている。
FCAの2018年通期(1~12月)の決算では、売上高は1154億1000万ユーロ(約14兆円)で、前年比4%増となり、純利益は36億3200万ユーロ(約4400億円)で前年比3%の増益であった。増収増益の背景には、アメリカ市場で利益率の高いジープ・ブランド、ラム・ブランドのピックアップトラックが好調を牽引した。
ラム・トラックのアメリカでの販売は好調が続いており、ライバルであるGMのピックアップトラック、シルバラードを上回っているのだ。
一方、ヨーロッパ市場では、フィアット・ブランドのA/Bセグメントは依然として不調のため、FCAはフィアット・ブランドでニューモデル攻勢をかけるとしているが、体質的にはアメリカ市場で利益を出している1本足打法となっていることは間違いない。
FCAを率いるマイケル・マンレーCEOは、2019年も前年並みの売上高、より大きな利益を生み出すとしながらも、他の自動車メーカーとの提携については、今後2~3年の間にFCAが積極的な役割を果たす大きなチャンスが巡ってくる可能性があると、2019年の年初の段階で語っている。
つまりFCAは、ヨーロッパ、新興国におけるA、B、Cセグメントでの強力な商品が欠けていることを認識しており、一方でジープというグローバルで通用する強力なブランド、アメリカ市場ではラム、ダッジ、それに高性能モデルのモパー、SRTというマニアックなサブブランドを確立していることの強みも十分把握しているのだ。
グローバル企業として、より広い地域でビジネスを安定的に成立させるためには、FCAは現在欠けているピースを埋めるのは、他の有力メーカーとの統合という手段であり、ある意味合理的な選択肢なのである。
また、マンリーCEOの話からわかるように、すでに裏側では様々なアクションを起こしていることも読み取ることができる。
PSAグループとの統合
実は、FCAはルノー・グループより先にプジョー、シトロエン、オペルを擁するPSAグループと経営統合案を検討している。
PSAグループの2018年の通期(1~12月)決算では、グループ全体の売上高は740億2700万ユーロ(約9兆3000億円)で、前年比18.9%増と2年連続の伸びとなった。また純利益は32億9500万ユーロ(約4100億円)で前年比40.4%増と大幅な増益で、4期連続の好調を維持している。
また世界販売台数(ノックダウン生産を含む)は387万7765台で前年比は6.8%増と、5年連続で前年実績を上回っている。特に好調なのがヨーロッパで販売台数は、前年比30.6%増の310万6160台で、プジョーの新世代モデル群、オペルが好調の背景にある。
PSAはヨーロッパで好調で、中国市場でも東風自動車との合弁でプジョーやDSブランドが足場を固めつつあるが、グローバル規模で見るとアメリカ市場がぽっかりと穴があることは自明だ。
そういう意味でFCAとの統合は悪くない提案とも考えられる。実際、PSAは2012年頃にはGMとの統合案もあったが、大株主である創業家はこの統合ではGMに飲み込まれるとして反対の意思を示した。PSAは現在、フランス政府とほぼ同等の株式を創業家が所有しており、国際的に活躍する歴史ある自動車メーカーの中でも、創業したプジョー家の子孫が現在も株式を保有し、経営権を握っている数少ない企業の一つなのだ。
プジョー家は、プジョー・ブランドの伝統の維持には強い意志を持っており、したがってFCAからの提案はビジネス的には大きな価値があるものの、FCAと統合されることは快く思うことはないだろうと想像できる。一方でPSAグループのカルロス・タバレスCEOはFCAとの統合に前向きだった。
しかし結果的にFCAはルノー・グループを選んだ。タバレスCEOは、FCAがルノーを選んだのはカルロス・ ゴーン前会長の事件後、日産自動車とのアライアンスに問題が生じ、ルノーの企業価値が落ち込んだことをFCAが狙ったからだと、現地のメディアに語っている。またFCAは自社利益を最優先している姿勢にも批判している。
FCAとルノー・グループ
ルノー・グループの2018年通期の決算では、売上高は574億1900万ユーロ(約7兆1700億円)で前年比2.3%減となり、6年ぶりに前期を下回った。純利益は33億0200万ユーロ(約4300億円)で、前期比で36.6%減と5年ぶりの大幅減益となっている。売上高の減少は新興国での販売台数の低下などが原因だが、大幅減益は日産の不調の影響をまともにかぶってしまったのが最大の理由だ。
FCAにとってルノー・グループは、A、B、Cセグメントでコラボレーションするには最適なパートナーであり、特に近年のルノーのB、Cセグメントでの成功は好材料だ。ルノーにとっても、プラットフォームやエンジンをより幅広く共通化できれば大きなメリットが得られる。
一方のFCAはルノーとアライアンスを組む日産の存在も魅力的だ。日産の中国市場における存在感は、大きな価値があると考えられている。
ルノーの大株主であるフランス政府や投資家もFCAとの統合には前向きで、案外早く結論は出るだろう。
5月29日、ルノーのスナール会長、日産の西川広人社長、三菱自の益子修会長が横浜市内で首脳会合を開き、スナール会長がFCAとの経営統合交渉について説明した。統合による4社連合が実現すれば年間販売1500万台規模の巨大グループになることのメリットが語られたはずだ。
しかし日産にとっては、これは今後の資本関係や経営戦略に根本的な変化をもたらすことが予想される。新たな統合会社への日産の出資比率は約7.5%に半減する。もちろんルノーの日産に対する出資比率も半減するが、統合会社の運営はFCAとルノーが主導し、日産はそれに従わざるを得ないのが現実だろう。日産はそうした現実を受け入れることができるのだろうか?
突然の幕切れ
ルノー・グループは6月5日、6日と2日間にわたって取締役会を開き、FCAの提案を検討した。取締役会では日産は経営統合案に関して棄権したが、ルノー取締役会は統合を承認する方向であった。ところが取締役会メンバーのフランス政府側メンバーが統合の決定を延期するよう主張したため、取締役会として決定は行なわれなかった。ただ、取締役会はこの提案を引き続き「関心を持って」検討するとコメントを出している。
そして突然の幕切れが訪れた。取締役会翌日の6月7日、FCAはルノー・グループに対する経営統合案を取り下げると発表したのだ。「今回の経営統合案は、極めて重要で、両社に変革をもたらす案であり、多くの関係者にメリットをもたらすものであると信じているが、フランスでの政治的条件がこの提案を実現できる状況にないことが明らかになった」として取り下げたのだ。
そして「FCAは、ルノー・グループ(とりわけ会長とCEO)およびアライアンス・パートナーである日産自動車と三菱自動車による、当社提案に関するあらゆる側面からの建設的な取り組みに対し、心からの謝意を表明します。FCAは今後も、当社独自の戦略の実行を通して、当社のコミットメントを果たしていきます」という公式声明で結んでいる。
一体、何があったのか? 海外紙の報道によれば、ルノー・グループのスナール会長を先頭にルノー側は統合を決意しており、フランス政府のル・メール財務相も前向きだった。しかし、統合案の旗振り役であり交渉役でありFCAのジョン・エルカン会長(フィアット創業家の一族で、FCAの大株主でもある)が根回しのためフランス政府と接触すると、フランス政府側は、フランス国内の工場での雇用維持の確約、経営統合会社への経営の関与、取締役ポストの要求など、いわばフランス国内の政治的要求をエスカレートさせてきたというのだ。
このフランス政府の対応にエルカン会長は、十分精査された本来の経営統合案が歪められると判断して、急転直下、経営統合案を取り下げることになったのだ。
フランス政府側は、FCAとさらに交渉を重ねようという目論見だったが、FCAの決断は素早かった。この結果、FCAは新たにパートナーを求めることになる。一方、ルノー・グループのスナール会長の面目は丸つぶれとなり、ある意味でフランス政府、ルノー・グループは敗者として置き去りにされた感がある。
しかし、いずれにせよフランス政府のルノー・グループへの関与は14%の大株主以上の大きな力を持っていることが明確になり、次はいよいよルノー・グループと日産の経営統合というテーマに焦点は絞られる。
この記事出しの半年後、FCAは同じフランスのPSAグループと対等合併することになる。
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