■大きな「フロントグリル」増加中? この流れはどこから
文字通りクルマの顔となるフロントマスクですが、その中心に位置するグリルが大きなクルマが増えていると思う方もいるでしょう。
【画像】威圧的すぎる…「グリルが大きい」クルマたちを画像で見る(80枚)
2022年現在、販売台数の中核となっているのはミニバンやSUVです。ボディ形状が縦方向に大きく、自然とフロントマスクの比率が大きなクルマが増えています。そんな顔に釣り合わせようと、大きなフロントグリルを持つクルマも多いように感じます。
今回は、そんなフロントグリルの歴史を振り返り、将来像はどうなっていくのか考察します。
クルマのフロントグリルは、もともとクルマのエンジンを冷却させるための機能部品である「ラジエター」を保護する役割としてスタートしています。
その後歴史を重ねるごとに、各メーカー独自のデザインを競い合うようになり、その形状も大きく変化していきました。
そのため現在では、グリルは必ずしも機能部品とはいえないものとなってきました。
せいぜいラジエーターを大きなごみから守ったり、ミリ波レーダーをマウントしたりする程度の機能は求められていますが、ラジエーターを冷やすのに十分な空気を導入する開口面積さえあれば、機能を十分に満たしているといえます。
しかもラジエーターを冷やす空気は、バンパー下部の「ロアグリル」で十分な量が確保されている場合もあるために、もはやラジエーターグリル(フロントグリル)が絶対に必要という訳でもないのです。
とはいえ、たとえ機能的には不要であったとしても、マイナーチェンジのたびに変更されたり、グレードによって造り分けられたりするなど、フロントグリルの形状は丁寧に取り扱われています。
これも、グリルが最も目に付きやすい部分にあることや、クルマの商品性を左右する証だからと考えられます。
デザインとしては、メーカーや車種を示すエンブレムが取り付けられたり、メーカー統一の形状にデザインされたり、格子やハニカムといった形状、メッキやボディ同色、艶消し黒などの色合いが組み合わされることが多いようです。
一方で、グリルを無くしてすっきりとしたフロントマスクとした、「グリルレスデザイン」を採用するクルマもあります。
海外勢では、BMWのキドニーグリルやアウディのシングルフレームグリル、アルファロメオの楯形状など、メーカーを象徴するデザインとして代々受け継がれています。
いずれにせよ、フロントグリルは空気を通す機能を満たしながら、商品性を表す重要なアイコンになっているといえます。
■始まりは1974年から?
グリルの大きさは、開口部の面積が十分あれば機能を満たしていると書きましたが、日本の自動車市場の歴史を調べると、少なくとも日本国内では大きなフロントグリルが好まれる傾向があります。
日本を代表する高級車であるトヨタ「クラウン」でみてみましょう。1974年に登場した5代目クラウンは、約5年間にわたるモデルサイクル中に二回のマイナーチェンジを受けていますが、マイナーチェンジのたびにフロントグリルが大型化されました。
先代の4代目クラウンは斬新なデザインを特徴としていて、高級車を求める保守層からは必ずしも支持を集めた訳ではありませんでした。
当時排出ガス規制が強化されていた時期にフルモデルチェンジを受けたクラウンは、エンジンルームを大きくとりつつ、盛り上がったエンジンフードとフロントグリルを一体化したデザインに変化していきました。
その後のマイナーチェンジでグリルを拡大していったのは、エンジンの吸気効率を高め、排ガス規制に対応するという理由もあったかもしれませんが、当時の高級車のお手本であったアメリカ車のイメージを年々取り入れたことが大きかったと思われます。
その結果「威風堂々としたクラウンらしさ」の具現にもつながり、以後のクラウンのアイコンになっていきました。
■日産「エルグランド」VSトヨタ「アルファード」!勝ったのは?
フロントグリルの大型化に関連し、のちに大きな出来事が起こります。
1997年、日産は「キャラバンエルグランド/ホーミーエルグランド」を登場させます。
大型フロントグリルと二段に分割されているように見える大型ヘッドライトのフロントマスクは、当時の自動車評論家に「獅子舞」「神社仏閣」と呼ばせましたが、クルマとしては大ヒットします。
1995年、すでにトヨタはLクラスミニバンとして「グランビア」を登場させていましたが、細く横長のヘッドライトとフロントグリルの組み合わせが嫌われてか、エルグランドに大敗を喫しました。
その後、マイナーチェンジでヘッドライトとフロントグリルを拡大したり、「ハイエースレジアス/グランドハイエース/ツーリングハイエース」と包囲網を築きましたが、成功には至らず、アルファードへの置き換えまで待たなければなりませんでした。
2002年に登場した「アルファード」は、グランビア系列を一新してエンジン横置きのFWD/4WDモデルとして登場しました。
ヘッドライトとフロントグリルはさらに大型化し、ボディサイズと相まって威圧感すら感じさせつつも、低床化による乗降性の良さも得たのです。
また、グリルとは無関係なことながら、V型6気筒3000ccエンジンに加えて4気筒2400ccエンジンを搭載する安価で燃費が悪くないグレードを用意したことも功を奏しました。
エルグランドも、2003年にフルモデルチェンジを実施しました。
人気を得た初代モデルを基本としながら、有名デザイナーによる熟成かつ均整の取れたデザインが特徴で、フロントグリルやヘッドライトは大型ながらすっきりした印象になりました。
デザインとは難しいもので、市場はすっきりとしたエルグランドよりも威圧感のアルファードを選んだようです。
もちろん、エルグランドはデザイン以外にも不都合な要素がありました。
エンジンはハイパワーなV型6気筒3500ccエンジンのみとし、まもなく発生した急騰する燃料価格問題への対応も後手に回ってしまいました。
2004年に急遽追加したV型6気筒2500ccエンジンは、実際にはそれほど燃費が良くないなど、いろいろと失策が重なります。
エルグランドへの対策が功を奏したアルファードに対して、エルグランドは企画が裏目に出て不利になっていくのでした。
いまや、アルファードや、のちに追加された兄弟車「ヴェルファイア」に対して惨敗となってしまっているエルグランドですが、グランビアで喫した執念がトヨタのメーカーとしての原動力になったのかもしれません。
これにはグリルも大きく関係していたことでしょう。
■グリルレス・グリルの小型化はなかなか受け入れられない
1989年に登場した日産「インフィニティQ45」は、新時代の高級車としてグリルを持たず、七宝焼きのエンブレムを持ったフロントマスクで登場しました。
当時すでにグリルレスの車はあったものの、高級車では少なく、少し前に登場していたホンダ「レジェンド」もマイナーチェンジでメッキグリルを搭載しました。
一方で、インフィニティQ45とボディを共用する国内専用の高級車「プレジデント」は、大きなメッキグリルが装着されており、またインフィニティQ45にはすぐにアフターパーツのダミーグリルが登場するありさまでした。
結局、インフィニティQ45自体もマイナーチェンジでフロントグリルを装着し、当初のコンセプトは崩れたのでした。
この事実があったにもかかわらず、2003年にも日産は同様の出来事を起こしました。
C25型「セレナ」です。
セレナは1999年にC24型にフルモデルチェンジ、トヨタ「ノア」に対して一足早くFWD化しました。
中でもエアロパーツを装着した「ハイウェイスター」グレードが人気で、鈍重なデザインになりがちなミニバンにシャープなイメージを与えることに成功していました。
そしてノア/ヴォクシー登場後の2005年、セレナはC25型にフルモデルチェンジされるのですが、このときハイウェイスターグレードを廃止、小ぶりなメッキグリルのグレードと、ボディ共色ですっきりした印象のグリルのグレードの2本立てとなりました。
このデザインが不評で、当時営業現場からハイウェイスターグレードの復活を望む声が強く寄せられました。
そして2006年にハイウェイスターグレードを再設定、この時にハイウェイスターグレードは太い横桟を持つメッキグリルを装着し、セレナの人気を復活させたのでした。
このように、「フロントグリルが小型化する変更は失策や失敗につながり」、「フロントグリルを大型化する変更が成功する」傾向にあるとしか言えない事実があるのです。
■グリルの大型化は、軽自動車にも
前ページでは、グリル大型化の歴史と、グリル大型化が販売台数や車種の成否までをも決定していたかもしれないということを紹介しました。
しかし、2000年代頃までの自動車メーカーは、グリルデザインの重要性に気付いていなかったかのような節があります。
2022年現在、トールタイプの軽乗用車市場ではホンダ「N-BOX」が販売台数の面で成功していますが、N-BOXが登場する前はダイハツ「タント」の牙城でした。
タントは、ムーヴの天井を高くしたうえ、左側センターピラーをスライドドアに内蔵した、ピラーレスデザインで子育て世代を中心に絶大な人気を博していました。
スズキは、タントの対抗車種として2008年に「パレット」を発売しました。
タントの左後席スライドドアに対して、パレットはセンターピラーを残しつつ両側スライドドアとしました。
パレットも「ママのための子育てトールワゴン」というキャラクターで登場しましたが、結局タントの後塵を拝したままでした。
そこでスズキは、2013年のフルモデルチェンジを機に車名を「スペーシア」に変更して反撃に出ます。
基本コンセプトはそのままに、当時の軽乗用車が必ずといってよいほど設定していた「カスタム」グレードを追加し、「ママ向け」のイメージを薄くしていきます。
そして2016年、フロントグリルを大型化した「スペーシア カスタムZ」シリーズを追加し、ついに「フロントマスクはほとんどグリル」とでもいうようなフロントマスクを得ました。
当時のタントカスタムは、どちらかと言うと横長で安定感を演出したフロントグリルを採用していました。
これに対してスペーシアは、標準モデル、横長グリルのカスタム、縦にも大きなグリルのカスタムZでタントに対抗し、スペーシアはすでに好調だったN-BOXに次ぐ販売台数を記録するようになり、それまでライバルだったタントに勝利したのでした。
同一メーカー内でも、逆転の例があります。
トヨタの「ノア」と「ヴォクシー」は姉妹車ですが、2014年に登場した3代目モデルまでは、どちらかと言うとエッジが効いたデザインのヴォクシーが人気で、おとなしい印象のノアはどちらかというと日陰の存在でした。
他車で言うところの標準グレードをノア、カスタムグレードをヴォクシーとした結果で、カスタムグレードの方が人気を得るという点では、ノア/ヴォクシーも変わりはないことの現れでした。
しかし、2017年のマイナーチェンジでノアはフロントマスクを大幅に変更、大型のグリルを前面に押し出したデザインになりました。
この変更が功を奏してノアの人気は上昇し、ヴォクシーと並ぶ好評を得ていきます。
現在、トヨタ社内の方針で姉妹車の削減が行われていますが、今年初めのフルモデルチェンジではノアもヴォクシーも統合されず、双方人気のまま現在に至っています。
■大きなグリルを求める気持ち、どこから?
「クルマは外部から乗員を守る鎧のようなもの」という言葉を聞いたことがあります。
快適な車内を実現する要が、「丈夫そう」、あるいは「いかついスタイルのボディ」だとすると、大型SUVブームや大型ミニバンブームは十分理解でき、小さなクルマでも大型グリルで武装したいという欲求が働くのかもしれません。
特に小柄な女性やお子さんを連れた女性からすると、外敵から身を守るためにはそんないかついスタイルのクルマに乗ることで、街中をクルマで走るストレスが軽減されるのかもしれません。
心の要求には、「デザイナー渾身の優雅なスタイル」や、「自動車評論家が褒めちぎる美しいスタイル」も、無力なのかもしれません。
■グリルの必要性が低い「EV」、それでもやっぱり大型グリル装備するクルマも
現在、各メーカーがバッテリーEVを展開しつつあります。
バッテリーEVの電力制御装置は、エンジンほどには高温になりません。
そのため、ラジエーターこそあるものの必要な風量はエンジン車ほどではありません。
この影響もあり、EVは各車ともグリルを小型化したり、グリルはあっても奥にグリルシャッターを設け、実際の風量を抑制しているものが多くなっています。
特にテスラ各車はこの例に倣い、グリルレスのスタイルを採用、近未来を感じさせるスタイルを実現しています。
しかしBMWの「iX」シリーズは、エンジン車同様の大型キドニーグリルを採用しています。
そしてグリルの実際の開口部は非常に小さく、キドニーグリルの部分にはグリルのように見える模様が描かれています。
ラジエーターグリルをわざわざ装着し、穴が開いているよう見せているとなると、もはや「機能を実現したグリル」ではなく「クルマのスタイルを演出するパーツ」となっているといえます。
すなわち、電動化時代のグリルは、看板になっていくことを示唆しています。
■グリルの大型化、今後はどうなっていく?
2000年代半ばから、フォルクスワーゲンとアウディはグリルを縦方向に長くした「シングルフレームグリル」を展開しました。
このグリルは同社のアイデンティティとして各車に採用され、その後高級車のデザインとしてアウディブランドのみの展開となりました。
ところがこのシングルフレームグリルは世界的な流行となり、国産車では2012年に発売されたS210型クラウンが採用されました。
その後も話題に事欠かないクラウンですが、当時としては大胆なスタイルとして話題になったものです。
シングルフレームグリルは、現在もアウディが継続して採用していますが、天地方向の長さはずいぶんと控えめになりました。
こうなると、流行としては終わりです。
近年では、LEDヘッドライトの採用に伴うヘッドライトの薄型化と相まって、横に長く天地方向に短いラジエーターグリルが流行りつつあります。
夏に発表された新型クラウンシリーズ、シトロエン「C5」、フェラーリ「プロサングエ」など、いずれも薄く横長のグリルを採用しています。
クルマが電動化されても冷却系統はなくなりませんし、クーラーのコンデンサーもありますから、車の前方には通風孔が必ず装着されるでしょう。
そのため、車の前方には何らかの穴が開くことになりますから、グリルは残るといえます。
グリルは多くの人の目に触れ、スタイルの上でも重要なパーツとなりますから、小型化する可能性は極めて低いといえます。
なかには「デザインのためのデザイン」と感じさせるグリルも多数見受けられますが、この傾向はしばらく続くでしょう。
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