1972年式 フィアット・ジャンニーニ 128NP
「クラシックカーって実際に運転してみると、どうなの……?」という疑問にお答えするべくスタートした、クラシック/ヤングタイマーのクルマを対象とするテストドライブ企画「旧車ソムリエ」。今回は、現代に至る前輪駆動車の定型を提唱したフィアットの傑作小型車「128」をベースとし、ローマの老舗チューナーが仕立てたコンプリートカー、フィアット・ジャンニーニ「128NP」を俎上に載せ、その走りを味わってみることにしました。
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欧州カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した名作、フィアット128
第二次世界大戦の終結後、フィアットのテクニカルマネージャーに就任し、同社のテクノロジーを支えてきた名匠ダンテ・ジアコーザ博士が考案。FWDのパワートレイン配置に革命をもたらした「ジアコーザ式前輪駆動」は、まず傘下のアウトビアンキ「プリムラ」で試験的に市場投入されたうえで、本家フィアット・ブランドの、しかも主力車種たる「ミッレチェント(1100)」の実質的後継車である「128」として結実することになった。
こうして1969年、満を持して登場した128は、虚飾を徹底的に排したシンプル極まりない3ボックスボディの前端に、名匠アウレリオ・ランプレーディ技師の設計によるベルト駆動式SOHCの水冷4気筒5ベアリングエンジンを横置きに搭載し、アウトビアンキ プリムラと同じく、エンジンの脇にトランスミッションとデフを配置。不等長のドライブシャフトで左右前輪を駆動する、ダンテ・ジアコーザ式前輪駆動が採用された。
サスペンションは、前輪がマクファーソンストラット+コイルの独立、後輪もウィッシュボーン+横置半楕円リーフの独立式とされ、フロントにはディスクブレーキが装備された。
エンジンの排気量は1116cc、最高出力は55ps/6000rpm(DIN)とパワーは決して多くないものの、優れたハンドリングとスタビリティ、そして何より驚異的なスペースユーティリティを実現した128には、まるで当然であるかのように1970年のヨーロッパ「カー・オブ・ザ・イヤー」が授与されることになる。
ローマの老舗チューナー「ジャンニーニ」によるホモロゲートモデル
ところで、往年のフィアットをベースとしたチューナーとしては「アバルト」があまりにも有名ながら、フィアット128にはアバルト製コンプリートカーおよびチューニングキットの用意はなかった。しかし、その代わりというわけでもないだろうが、当時アバルトに次ぐ存在だったローマのレーシング工房「ジャンニーニ(Giannini)」が、当時のFIA「グループ2」ホモロゲートモデルとして「フィアット・ジャンニーニ 128NP」をキットおよびコンプリートカーとして、1971年から販売することになった。
ジャンニーニ社は、1920年にアッティーロとドメーニコのジャンニーニ兄弟がローマに開設した修理工場が起源とのこと。つまり、1949年創業のアバルトよりも長い歴史を誇る老舗で、1940~1950年代には「ジャウル・タラスキ」などの小型レーシングスポーツに、フィアット由来のチューニングエンジンを供給していた。
また1950年代から1970年代にかけては、フィアット「500」や「600」、「850」などをベースとするチューニングカーを数多く開発・販売し、この時代におけるアバルトと二大勢力を築いていたとされている。
ただしコンプリートカーとはいえ「ヌォーヴァ チンクエチェント」をベースに仕立てた「590GT」などの一連のレーシングモデルを除けば、アバルトほどにスパルタンなレース指向ではなく、カタログ状態では内外装ともにほぼフィアットの生産型と変わらなかった。
このフィアット・ジャンニーニ 128NPも、フロントグリルに「Giannini」のエンブレムがつき、インテリアでもウッドの3スポークステアリング以外は、スタンダードの128ベルリーナ(セダン)と大差なく、とてもジェントルな仕立てとなっているのだ。
ロングツーリングだって苦ではない、安心・安定のドライブフィール
今回の「旧車ソムリエ」取材にあたって、クラシック・フィアットについては国内最上級のオーソリティである「チンクエチェント博物館」(愛知県名古屋市)からご提供いただいたのは、フィアット・ジャンニーニ 128NPとしてはかなり初期のモデルである1972年式。イタリア国内のクラシック・フィアット専業カロッツェリアでレストアされたばかりだそうで、その事実を裏づけるように、新車時代を想像させる素晴らしいコンディションを誇る1台である。
128全体の美点なのか、それともこの個体のレストアが優れているのかは定かでないが、まずは「ボディ剛性」という概念が一般的となる以前に作られたものとしてはかなり秀逸なボディのシッカリ感に感心しつつ、同じく1960年代のフィアットには望めなかった、たっぷりとしたクッションの頑丈なシートに腰を降ろした。
そして、猛暑の夏ということもあってチョークレバーを引くこともなくキーをひねると、直列4気筒SOHCエンジンにはすぐ火が入り、そのまま安定したアイドリングに移行する。
ジャンニーニに関する資料はきわめて少ないので、この個体についても不明な部分が多いのだが、同社の手がけた128用の4気筒エンジンは、フィアット本家版から排気量はそのままながら、キャブレターの大径化やチューニングヘッドで、スタンダードの55psから66psに増強されているとのこと。つまり排気量が不変ということは、ボア80.0mm×ストローク55.5mmという超ショートストロークであることも変わらない。
でも、そのオーバースクウェアな数値のわりには低・中速トルクに不足はなく、800kgを少し超えるだけという軽い車重のおかげもあって、交通量の多い市街地であっても、流れの速い田舎の街道にあっても、じつに心地よい加速感を披露してくれる。
また、スロットルを深く踏み込んでも必要以上に咆哮を荒げるようなことはなく、この時代の4気筒エンジンらしい「ブォーン」という長閑で健康的なサウンドをスムーズに放出。キャブレター付きエンジンらしい素直なレスポンスもあわせて、かつてはエンジンスペシャリストとして名を馳せたジャンニーニの実力を体感させる。
ワインディングもきれいに駆け抜ける「スポーツサルーン」
そしてこの「穏やかな高性能」は、シャシーについても変わることはなかった。タイヤサイズは145/80R13という、標準型128と変わらないか細いもの。サスペンションもおそらくは締め上げられていないものと思われながらも、ロードホールディングはとても優れており、軽いロールはあっても路面をきれいにトレースしつつ、常識的な速度域であればつねに弱めのアンダーステアでコーナーを駆け抜けられる。生粋の実用車でありながらも、さすが北部をアルプス山塊に面したトリノ製の128らしいと感心してしまうのだ。
フィアット128は1985年までに350万台以上が生産されたという大ヒット作となったものの、現在の日本ではほとんど知られていない。ましてジャンニーニという、アバルトと比べてしまえばマイナーなチューニングブランドの作品ゆえに、このジャンニーニ128NPというクルマについては、依然として「謎」の部分が多くを占めているのは間違いあるまい。
しかし、今回初めて存分に走らせる機会を得たことによって、フィアット128というクルマが生来持つ資質の高さにジャンニーニによる巧みなチューニングも加算され、いっぱしの「スポーツサルーン」に仕上がっていることがよく分かった。
この安心感と安定感のある走り、あるいはラゲッジスペースを含むスペースユーティリティもあわせて、昨今日本のクラシックカー愛好家の間でも人気が高まっているタイムラリー形式の公道イベントなどにエントリーするにも、非常に好適であるかに思われる。
例えば、同時代のアルファ ロメオ「ジュリア」ベルリーナなどを入手しようと考えているエンスージアストには、もうひとつの選択肢として考えても良い1台では……、などと感じられたのである。
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