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1926年のダブルシェブロン シトロエンB12 ランドレー・タクシー 最後の現存車 前編

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1926年のダブルシェブロン シトロエンB12 ランドレー・タクシー 最後の現存車 前編

BBCが発見した唯一のB12 タクシー

2021年に英国BBCで放映されたドラマ、ザ・パシュート・オブ・ラブ。「フランスの女性は、早朝のパリ北駅でスーツケースにもたれて泣いてはいけません」。と、女優のリリー・ジェームズ氏が演じたリンダ・ラドレットが力強く語りかける。

【画像】現存1台 シトロエンB12 ランドレー・タクシー 同時代のスポーツモデルと写真で比較 全83枚

舞台は1940年代初頭のフランス。石畳の道に、クラシカルなタクシーが並んでいる。市場の可能性に気づいた当時のアンドレ・シトロエン氏は、2000台あまりの特別なボディのシトロエンB12を準備したという。

そのボディは標準モデルとは異なり、パリ北部のルヴァロア・ペレ地区で、手作業で組み立てられた。しかしドラマ化に当たり、BBCは駅前広場に並べられるだけの台数を発見できなかったらしい。実のところ、準備できたのは1台だけだった。

「ベルギーにも、かつて1台あったはずです。タクシーだったので仕方ないでしょう」。と説明するのは、貴重なシトロエンB12 ランドレー・タクシーを5年前にレストアした、マーティン・デ・リトル氏だ。

このランドレーは、現在まで生き抜いた唯一の存在と考えられる。小さな四角いリアウインドウは、果たしてどれだけの距離を見送ってきたのだろう。丁寧な手仕事で、細部に至るまで、骨の折れるような努力が投じられている。

デ・リトルより前に献身的だったのが、シトロエン愛好家だったモーリス・ベイリー氏だった。惜しくも、路上への復活を見届けることなく、この世を去ってしまったという。

人生を支えたシトロエンのレストア

ベイリーはシトロエンだけでなく、タクシーに対しても特別な想いを寄せていた。長年の友人、デ・リトルが振り返る。「彼は生涯独身で、思う存分クルマと関わることができていたと思います」

「英国の国民保健サービス事業に努めていましたが、主にシトロエンを中心に古いクルマのレストアにも時間を費やしてきました。ほかにも、NSUプリンツやロールス・ロイスなども手掛けています」

「彼の生活の一部として、取り組んでいました。お金を稼ぐという目的ではなく、質素に暮らしていましたが、人生を支えるものだったと思います」

「多くのシトロエンに関わった彼でしたが、タクシーもいつかは、と考えていたんです。ある日、パリ郊外の物置小屋で1台売られているという情報を聞きつけ、友人と見に行きました。ひどい状態で、鶏小屋になっていたそうです」

「ランドレー・ボディのタクシー仕様でありながら、自家用で乗られていたらしく、グレードはトップクラス。フロントシート背面のパネルに、2つの穴が空いている点がポイントでもありました。折り畳める補助シートが装備されていたんです」

「ベイリーはフランス語を話せず、コンピューターも使えなかったので、英語の書籍類で情報を調べていました。それでも、クルマについての正確な情報は得ていたようです。彼なりに、考えをまとめながら」

100年近く前の部品でも入手可能

フランス人との取り引きを経て、1926年生まれのボロボロのシトロエンが英国へ運ばれてきた。「彼のガレージは、この地域にあるちょっとした小屋より大きいほど。2階建てです」。デ・リトルが続ける。

1階には、ドナー車両から取り外したエンジンとトランスミッション、リアアスクルも並べられたという。「彼は、整理するために札を貼っていました。技術者ではなく、ミシンは持っていましたが、旋盤やフライス盤などはありませんでした」

「それでも彼は、トランスミッション・ボックスを加工し、新しいベアリングを追加しました。驚くことに、多くの部品はまだ入手できるんです。100年近く前のシトロエンでも、ベアリングすら手に入ります」

写真だけの情報ながら、メカニズム関係の修復は比較的難しくはなかったという。だが、ボディとインテリアの作業は難航した。

パリのシャルル・ド・ゴール空港近くにシトロエンの博物館があり、ノーマルのB12が展示されている。そこでベイリーはフランス語を話せる友人とともに訪れ、詳しくクルマを調べさせてもらったそうだ。

観察と採寸でまとめられた手書きのメモは、英国中部のシュロップシャー州にあるコーチビルダーへ送られた。しばらくして届けられた簡素なボディの部品をベースに、ベイリー自ら丁寧な仕事を施した。

120時間が費やされた格子模様

デ・リトルが記憶をたどる。「鳥小屋として60年間使われてきたことで、細かな部分にも影響が出ていました」。それでも、フロントフェンダーは修復できたという。古い写真資料をもとに、リアフェンダーも成形された。

「かなりの部分を、彼が自分で手がけました。ボディの最終的な仕上げや、開閉するルーフの製作まで」。その仕上りは素晴らしい。シトロエンB12が初めてパリ市街を走った時のように、ピシリと整っている。

ボディのリア半分を覆う、カナージュと呼ばれる細かな格子模様は職人へ依頼したそうだ。あまりにも繊細で膨大な作業に、ベイリーはやる気を失ったらしい。

「ボディに水をスプレーして、模様の転写シートを軽くかぶせます。正しい位置に配置して、水を丁寧に絞り出しながら、剥離紙を剥がしていくんです。最終的にクリアーで塗装されています。仕上げるのに、120時間ほど要しているはずです」

「この手の技法は1920年代のイスパノ・スイザにも施されており、洗練された装飾だと受け止められていました。1960年代には、特別仕様のミニにも同様に模様が施されています。軽くボディを傷を付けただけでも、修復は簡単ではありません」

左右のドア中央を飾る、大きな金属製のシトロエン・マークも外注してある。「コールタールを用いた、古い彫金技術で作られています。一般的に金が銀を用いることが多いのですが、このクルマの場合は銅です。注目に値しますね」

この続きは後編にて。

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