「ポールスター・エンジニアド」というのはボルボのパフォーマンス・ブランドである。もともとポールスター(の前身)は、ボルボを使い、主にスウェーデン国内でのツーリング・カーのレースに1996年から参戦していた。2005年にオーナーが変わってポールスターに改名、そのノウハウを生かして、いわゆるロム・チューン用のソフトウェアを手がけはじめ、2013年にボルボとコンプリート・カーを共同開発、その後、ボルボに買収されたかと思ったら、2017年に電気の高性能車ブランドに転じることになる。
「ポールスター・パフォーマンス・ソフトウェア」装着車は専用バッヂ付き。ところが、600psの高性能ハイブリッドGTの「ポールスター1」、408psのフルEVの「ポールスター2」を発表した現在も、「ポールスター・エンジニアド」の名称のもとに、ポールスターはボルボの高性能化を図る製品をつくり続けているのである。
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日本でポールスターのソフトウェア・ビジネスが始まったのは2012年10月で、2019年6月末までに、累計9404件のダウンロード(DL)を見ているという。およそ7年、年間平均1300件ほどDLされていることになる。最近、セールス好調のボルボの昨2018年新車販売台数は1万7389台。このうち、XC90からV60までをカバーするSPA(スケーラブル・プロダクト・アーキテクチャー)シリーズの10%がポールスターのソフトウェアをDL、2019年はさらに増加して、13%が見込まれているという。
エンジン本体には、ポールスター・パフォーマンス・ソフトウェアが装着されているのをしめすバッヂなどは付かない。なにがボルボ・オウナーの心をとらえているのかといえば、メーカー公認ロム・チューンの安心感だろう。車検も受けられるし、新車保証も適用される。排ガス、燃費には影響しない。また、点検のときに気軽に書き換えることもできる。3年間ノーマルで楽しみ、飽きやすい、もとい好奇心旺盛なひとは1年点検のときにでも、あるいはちょっと飽きてきた頃にDLして、リアにその証である“Polestar Engineered”のバッヂを貼ってもらうと、心機一転、気分が変わる。所要時間はわずか数10分。費用は車種にかかわらず一律18万8000円で、エンジンとギアボックスのソフトウェアが変わる。スロットル・レスポンスが鋭くなり、変速の速度が速くなり、横Gがかかっているとギアをホールドするようになる。
コンパクトハッチバック「V40」はガソリン・エンジン搭載グレード「T4」、「T5」およびディーゼル・エンジン搭載グレード「D4」にポールスター・パフォーマンス・ソフトウェアを装着出来る。もちろんエンジンのパフォーマンスも向上する。これはモデルによってチューニングが異なるけれど、たとえば「XC40」のT5と呼ぶガソリン・エンジンは、最高出力252ps/5500rpm、最大トルク350Nm /1800~4800rpmが、それぞれ255ps/5700rpm、400Nm/3000rpmに、最高出力こそ3psアップにとどまるものの、最大トルクは50Nmも太くなる。しかも、ミッドレンジ出力が大きく変わる。オリジナルが2000~4500rpm時に174ps、350Nmを発生するのに対して、ポールスターのソフトウェアは2500~3500rpmへとやや範囲は狭くなるものの、200psと400Nmを生み出すのだ。実用域の馬力が26psも強力になる。
XC40は「T5」のみ、ポールスター・パフォーマンス・ソフトウェアを装着出来る。最高出力252ps/5500rpm、最大トルク350Nm /1800~4800rpmが、それぞれ255ps/5700rpm、400Nm/3000rpmに向上する。しかも、AWD(全輪駆動)モデルの場合は後輪へのトルク配分を増やすこともやってくれる。これにより、発進時のトラクションが高まり、ターンイン時の挙動がよりスムーズになって、コーナリング時のコントロール性を高めるという。
トルク配分の制御まで変わる……と、わかっていれば、AWDモデルを試乗車に選んだのにモッタイナイことをした。試乗車を選択するときは知らなかったとはいえ、うかつであった。2019年6月下旬、ボルボ・カー・ジャパンは「V40 D4」、「XC40」、「V60」、「V60クロスカントリー」の各T5、そして「XC90 D5」に、それぞれノーマルとポールスター・エンジニアドを用意しての試乗会を大磯で開いた。『GQ JAPAN』はディーゼル・エンジン搭載のV40 D4と、ガソリン・エンジン搭載のV60 T5、いずれもFWD(前輪駆動)2種に試乗した。以下、その印象を。
V40のガソリン・エンジン搭載車の場合、ポールスター・パフォーマンス・ソフトウェアを装着すると、「T4」は最高出力180ps/最大トルク240Nmが、それぞれ200ps/285Nmに、「T5」は最高出力245ps/最大トルク350Nmが、それぞれ253ps/400Nmに向上する。0~100km/hは0.1~0.2秒縮む!まずはV40 D4である。白いインスクリプションがノーマル、黒いモメンタムがポールスター・エンジニアドで、価格はそれぞれ、444万円と414万円(+18万8000円)。インスクリプションは革内装の分、値段がはるわけだ。
ポールスター・パフォーマンス・ソフトウェア装着車とわかるのは、リアの専用バッヂしかない。ボルボの2.0リッター・ディーゼル・ターボについて筆者は、導入当初よりスポーティなよいエンジンだと思っていたけれど、ポールスターのソフトウェアによってそのスポーティ度合いがいっそう際立っている。数値的には、オリジナルの最高出力190ps/4250rpmが200ps/4000rpmに、最大トルク400Nm/1750~2500rpmが440Nm/1750~2250rpmへと、最高出力にして10ps、最大トルクにして40Nmも強力になっている。
V40のディーゼル・エンジン搭載車の場合、ポールスター・パフォーマンス・ソフトウェアを装着すると、最高出力190ps/最大トルク4000Nmが、それぞれ200ps/440Nmに向上する。ポールスター・パフォーマンス・ソフトウェアを装着するとギアシフトスピードも変わる。V40のパーキングブレーキはハンドタイプだ。ミッドレンジ出力は、1500~3000rpmの範囲でオリジナルが163psと400Nmを発生するのに対し、ソフトウェア書き換え後は176psと440Nmにそれぞれ強化される。
実用トルクがぶ厚くなって、最大トルクの発生回転が低まっているから、ふつうに使っているだけでポールスター・ソフトウェアのありがたみが感じられる。
また、書き換え後のエンジンのほうが淀みなく回っているような気もする。ロム・チューンって、スゴイ。
ポールスター・パフォーマンス・ソフトウェア装着車は、シフトポイントのキャリブレーションをおこない、中速でもエンジン性能を効率よく引き出せるようになったという。インテリアは、ベースと変わらない。ナビゲーション・システムは標準。メーターパネルはフルデジタル。ポールスター・パフォーマンス・ソフトウェアを装着していることをしめす表示はない。ステアリングはパドルシフト付き。続いて、V60 T5 インスクリプションのポールスター・パフォーマンス・ソフトウェア装着車/非装着車を試乗した。ノーマルからソフトウェア注入バージョンに乗り換えると、ネコがライオンになったほどの違いがある。アクセルを踏まなくても前に進む!
と、思うぐらいアクセル・レスポンスがシャープになっていて、なによりサウンドが違う。低音でガーッと吠える。音の件はボルボから聞いていないけれど、筆者はそう感じた。
ポールスター・パフォーマンス・ソフトウェアの価格は18万8000円。工賃込みだ。V60のポールスター・パフォーマンス・ソフトウェア装着車も、リアに専用バッヂが備わる。V60 T5の場合、最高出力254ps/5500rpm、最大トルク350Nm/1500~4800rpmが、それぞれ261ps/5700rpm、400Nm/2500~3500rpmに大化けする。ミッドレインジ出力は2000~4500rpm 時に174psが200psに、350Nmが400Nmに変貌する。
V60 T5の標準モデルは、最高出力254ps/5500rpm、最大トルク350Nm/1500~4800rpmであるが、ポールスター・パフォーマンス・ソフトウェア装着車はそれぞれ261ps/5700rpm、400Nm/2500~3500rpmに向上する。V60やXC90は、走行モードでポールスター専用プログラムを選べる。ポールスター専用の走行モードを選択すると、メーターパネル内に“ポールスター”の文字が表示される。0~100km/h加速のデータも発表されていて、V40 D4は7.2秒から7.1秒に、V60 T5の場合は6.8秒から6.6秒に縮まる。V40 D4を含めたほかのモデルはコンマ1秒だけれど、V60 T5はコンマ2秒速くなっている。どうやら、1台1台モデルのキャラクターに合わせたチューニングが施されているらしい。
ポールスター・パフォーマンス・ソフトウェアを装着すると、横Gの働くコーナリング中、ギアホールド機能により、状況によってはおなじギアを保ち、コーナー中間点でのシフトアップを防ぐ。V60 T5のステアリングは、パドルシフトが備わらない。ロムの書き換えだけでこんなに変わるのであれば、どうして最初からこれにしないのだろう……と、筆者は思ってしまうけれど、それをいっちゃぁおしまいである。
ボルボにはボルボのスタンダードとすべき特性というものがあり、ポールスターにはポールスターの立場というものがある。
ポールスター・パフォーマンス・ソフトウェアを装着すると、より素早いシフトダウンが可能になるという。インフォテインメント・システム「センサス」などは全車標準。ビフォー/アフターを試した方が面白い!?あいにく比較のチャンスは失ったけれど、帰りはXC40 T5 AWDのポールスター・エンジニアドで大磯から東京までドライブした。正直申し上げて、筆者がたいへん鈍感なタイプであることは間違いないけれど、単体で乗っているとノーマルとの違いはほとんどわからない。
チルトアップ機構付き電動パノラマ・ガラス・サンルーフは20万6000円のオプション。V60 T5のうち、上級グレード「インスクリプション」のシート表皮はレザー。インスクリプションのオーディオ・システムはハーマン・カードン製(14スピーカー)。なので、もしこのソフトウェアをインストールするのであれば、まずノーマルを味わってからのほうがよい、と、筆者は思う。
最初から18万8000円出して書き換えちゃうと、どう変わったのかわからないし、せっかくビフォー/アフターが試せるのだから、味わったほうが“お得感”があるというものだ。一粒で二度美味しい。それこそ、このシステムのオモシロイところだ。
ポールスター・パフォーマンス・ソフトウェアのパッケージには、・専用ソフトウェア、・Polestarリアエンブレム、・アルミニウムプレート、・Polestarソフトウェア搭載認定証が含まれる。V40 D4モメンタムのフロントシートは、運転席のみ電動調整式。リアシートはセンターアームレスト付き。カップホルダーは、中央の座面にある。V40のラゲッジルーム容量は335リッター。エンジンが30ps、50Nm強力になったところで、人間はやがて慣れる、と、筆者は思う。なるほどポールスター・エンジニアドのロム・チューンはすばらしいけれど、18万8000円出すほどのことはあるのだろうか? そう筆者は自問した。
そうして、ふとV40 D4のモメンタムでポールスター・ソフトウェア入りと、同じV40 D4でノーマルのインスクリプション、最初に乗った2台がもし中古車市場に並んでいたら(新車市場でもいいのですけれど)、どっちを選ぶだろう、と考えた。前述のように、モメンタムは布内装で、インスクリプションのほうが装備は充実している。
V40 D4 インスクリプションは、V40のなかでもっとも装備が充実している。そら、ポールスター・エンジニアドのバッヂがついたモメンタムでしょう。パワーとトルク増というのは、わかっちゃいるけどやめられない。
文・今尾直樹 写真・安井宏充(Weekend.)
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