この記事をまとめると
■アルピーヌから新型EV「A290」が登場
大衆車の後席に400馬力エンジンとか狂気の沙汰! ルノー5ターボという怪物の正体とは
■日本には2026年に導入される予定だ
■スペイン・マヨルカ島で試乗する機会を得た
「未来に向かったアナクロニズム」を感じるA290
BEVといえば静かで加速が強烈! というのは、もはやひと昔前の古い認識になってきた。ヒョンデ・アイオニック5 Nとかアバルト500eのように、わざわざICEのエキゾースト音と連動させてドライビングを楽ませるニッチなBEVが出てきたことがその背景にあるが、無音もしくは高周波ヒュイーン系BEVの、無味乾燥さを決定づける1台が現れたのだ。それがアルピーヌA290だ。
今回はスペインはマヨルカ島で行われた国際試乗会にて、その実力を吟味してきた。本国ではオーダー受注が始まって2025年の年明け辺りから続々デリバリー納車が始まるだろうが、日本市場への導入はCHAdeMO対応待ちもあってひとまず2026年予定とされている。
バッテリー容量は52kWhで、最大航続距離は約380km(WLTCモード)と、決してレンジの長さを期待して乗るBEVではない。A290の眼目のひとつは、今日のアルピーヌの前身、旧ルノー・スポール(そもそもルノー・スポールの前身がアルピーヌ+ゴルディーニといえるのだが……)が確立してきた「ホットハッチ」を、BEVの時代に受け継ぐところにある。サーキットでのパフォーマンスに焦点を当てたストイックな一台というより、それも適度にこなしつつ、あくまでストリートでスタイリッシュにドライビングを楽しめる動的性能という、昨今のフランス的な陽キャを反映したホットハッチといえる。
そのレシピといえる3要素は、まず「アルピーヌらしい軽さ」、次に「フランスならではの技巧とノウハウ」、そして「乗り手を高揚させるエクスペリエンス」。いずれもアルピーヌブランドの核心を占める「レーシング・ソウル」の構成要素で、時代を跨ぐがゆえ忘れられがちだが、アルピーヌはWRCと世界耐久とF1、いずれの世界でも頂点に立ったことのある稀有の名門コンストラクターでもある。
その「エクスペリエンス」を支える五感のひとつが聴覚、つまり「音」で、A290は相当にこだわって作り込んできた。フランスの音響メーカー、ドゥヴィアレと15年もかけて開発したサウンドシステムはA290専用で、何と250もの特許技術を盛り込んだシステムだという。
そのキーコンセプトの柱は3本あり、音響環境に応じたシステムと性能の最適化と、最新の信号処理テクノロジー、さらに種々の再生モードを可能にしたチューニング技術。そしてそれらを利して「アルピーヌ・ドライブ・サウンド」という電気モーターのサウンド・ジェネレーターとも組み合わせられ、電気モーターの音をピックアップして車載アンプで変換し、車内に備わる9つのスピーカーシステムを通じて独特の走行音を車内で再生するのだ。
つまり、A290はV8だとか直4といったフェイクのエキゾースト音を絡めるのではなく、電気モーターそのものの個性を、デジタル/アナログ変換によるフィルター化を通じてドライビング・プレジャーの一部としたのだ。
百聞は一見、いや一聴にしかずで、アルピーヌ・ドライブ・サウンドはボボボという爆発音のニュアンスがする「アルピーヌ」と、ギュイーンというタービン音のような「オルタナティブ」を、周波数や強弱の違いによる2種類の生成音を選べる。いずれもアクセルオフでレシプロエンジンのようにスッと鳴りやむのではなく、減速に応じて音色のトーンを下げる。疑似ではないリアルな音だからこそ、走っているうちにBEVに乗っている感覚が希薄になってくるのだ。
そう、A290は「未来に向かったアナクロニズム」というか、電動化やデジタルで可能になったことを目いっぱいアナログかつリアル体験に落とし込む方向で開発されている。昭和がエモいのにも似て、フランスでも戦後から1990年ごろまでは色々と甘酸っぱい時代で、いわば「フランスの昭和」を令和のいまだからこそ、CO2ゼロで投影するのがA290といえる。
今回の試乗車両は、「A290GTS」という内装も走りも欲張ったトップグレード。オフホワイトとネイビーブルーの爽やかツートンでフル・ナッパレザーを張り巡らせたインテリアは、全長4m弱の欧州Bセグ車格では従来ありえなかったゴージャスさだ。
ドライブモードに応じて色が変わるアンビエントライトを配したダッシュボードパネルや、車名エンボス入りのコンソール収納兼アームレスト、さらにダッシュボードとシート、天井のウール張りにまでブロックパターンが施されている。
ボルボEX30やミニ・クーパー、シトロエンë-C3といった最新のBセグBEVハッチバックに比しても、抜きん出て質の高いインテリアといい切れる。
駆動方式のまったく異なるA110との共通点も
往年のR5アルピーヌもしくはシュペール5のGTターボかGTXにも似たカタチのシートに腰を落ち着けると、上下がフラットになった3本スポークステアリングと相対する。寝た角度のステアリングにやや高めの座面というドライビング姿勢も、毎度のルノー・ホットハッチといったところだが、じつは1512mmと車高ごとハッチバック以上、SUV未満の高さだったりする。この辺りはSUV慣れした近頃のドライバーに違和感を抱かせないアップデートといえる。
センターコンソールのRNDシフターはボタン式でA110と同様。グーグル・インサイドのインフォテイメントには車両情報テレメトリー機能のみならず、コーチングやチャレンジなどドライビング・スキルを向上させるためのリアル・ゲーム的なプログラムもあり、OTAでアップデートされる予定とのことだ。
加速フィールは、いい意味で電気っぽくない。スポーツかエコかノーマルか、ドライブモードに応じた反応度とはいえ、概してアクセルペダルのストロークを長くとって、踏み込むほどに速度が直線的に伸びていく印象だ。むしろ電気っぽい加速がほしいときは右手親指位置、ステアリングホイール上の赤いOV(オーバーテイク)ボタンを長押しすると、ブーストというよりパワー上限が解除され、無慈悲なほどの追加トルクがドンと湧き上がってくる。メーター内は三角のトンネル状のインジケーターが点灯し、まるでワープしているようだ。
回生ブレーキについても強弱をステアリング内左下の青いRCH(リチャージ)ダイヤルを回して選べる。ほぼワンペダルで停止寸前まで減速できる最強からやや強め、ICEと同程度の0.1G減速、そしてコースティングの4段階で、高速道路以外では0.1Gが使いやすかった。
ブレーキはA110と共通のモノブロックキャリパーで、1479kg(欧州発表値)とバッテリーなどもあって車重は約25%も増しているものの、協調回生と併せて制動キャパは十分という。最大の違いとして、じつはA290 のブレーキはバイワイヤ方式で、回生による減速とペダルの踏み込みによる制動の境目を、限りなく感じさせない制御を行っている。実際に今回はサーキットでも試乗したが、160~170km/hからフルブレーキして急旋回するような局面でも、少し前荷重を作るようなときも、コントロール性に優れ、頼もしかった。
とはいえ、アルピーヌをアルピーヌたらしめるのは、そのハンドリングにほかならない。A290のハンドリングの前提として、FWDらしからぬ57 :43という前後重量配分もさることながら、フロントにKYBサウス・ヨーロッパ製のダンパー・イン・ダンパー、リヤにマルチリンクを採用するサスペンションに、パワートレインを載せてサスペンションを懸架するサブフレーム、そしてホイールハブまでも専用のアルミ製で、そもそものジオメトリーが特殊なのだ。
開発チームが「スケートボード・プラットフォーム」と呼ぶのもそのためで、AmpRスモールというBEVプラットフォーム自体は同時発売されたルノー5(サンク)E-テックと共通するが、トレッドは目いっぱい拡げられた一方、ホイールベースは2534mmと、5E-テックより6mmだけ短い。
地面を掴むかのような踏ん張りポスチャーを印象づけるのは、19インチもの大径ホイール&タイヤで、スポーティなサマータイヤとBEVらしい低い転がり抵抗重視のそれ、そしてウインタータイヤという、3種類ものタイヤをミシュランと共同開発してもいる。サイズは前後とも225/40R19だ。
アジリティ重視のプラットフォームではあるが、ステアリング操舵に対して過激な横っ飛びを演じるタイプでは全然ない。むしろ最初に気づくのは、その直進安定性の良質さだ。マヨルカ島の狭い道路は、路面端が凸凹に荒れていて、片輪だけのせないと対向車とすれ違えないのに、誰もがけっこうな速度を出している状況。それでも路面からの入力で狙ったラインが乱されることなく、むしろ寄せやすいことに驚いた。
外乱には強いが、細かなインフォメーションや接地の変化は手もとや腰に確かに伝わってくる。そもそもA290のシャシーでは、床下のバッテリー自体が剛性に寄与している。
だから曲がるための一連の操作・動作が、プロセスを踏みながら、楽しめるものになる。ほどよいロール量から、前後の荷重移動と4輪の姿勢変化に応じて作り出される躍動感、駆動力をかけた際のスタビリティの感覚は、不思議なことに駆動方式のまったく異なるA110に通じるものがある。
リヤが流れる際の、急に巻き込まず徐々にアングルがつく挙動や、追い舵を少し足して外輪の踏ん張りからさらにノーズが切れ込む時の感触までそっくりだ。2km弱のコースを3ラップ、インラップとクールダウン含め5ラップ走って、バッテリーの減りは目分量で約6%だった。
メガーヌR.S.でいうシャシー・カップのような、タイムアタックのために研ぎ澄まされたセッティングというより、A290のシャシーはサーキットも十分にこなしつつ、マシンコントロールを楽しむことに重きがある。それは先のパリ五輪で、タイムや距離といった絶対値で争う伝統的競技に交じって、スケートボードやブレイキンのような採点競技が盛り上がったことと無関係ではないだろう。
「スポーツ」や「エクスペリエンス」の質が変化し、それらが大事だからこその音であり、ハンドリングであり、静的質感でもある。求めるエモーションは変わらないが、その焦点が合う範囲の広さに目を見張らされる、そんなBEVなのだ。A290GTSのプルミエール・エディションは1955台限定、本国価格は4万6200ユーロ(約765万円)とアナウンスされている。
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