進化と過去がせめぎあう
2018年のNHK紅白歌合戦で大トリを飾ったサザンオールスターズ。その圧倒的な存在感を示すパフォーマンスに、50歳代の自分なんかは『勝手にシンドバッド』で「いま何時!!」をTVの前で思わず連呼してしまった。彼らはデビュー40周年を迎え大規模なコンサートツアーを敢行し、全国で55万人もの観客動員数を記録した。
実はこのツアーの前半のいくつかの公演のセットリストに、『勝手にシンドバッド』が含まれていなかった。しかしファンからの要望が多数寄せられたようで、途中の公演から最終日の東京ドームまではアンコールの中の1曲に『勝手にシンドバッド』が組み込まれ、それはもう大盛り上がりだった。
桑田佳祐さんは自身のラジオ番組で「勝手にシンドバッドだけは絶対にやるもんかと思っていた」と吐露した。紅白でもやったし、デビュー曲を40周年記念ライブでやるという構成はあまりにも予定調和で、常に進化し続けているバンドであることを表現するには、過去に頼るような演出はしたくなかったのかもしれない。
「新しい曲を生み出すことがアーティストの本業」という彼の考えは極めて真っ当であり、理解はできる。でもファンとしては、40周年記念ライブでデビュー曲の『勝手にシンドバッド』が聴けないなんて想像すらしないし、それがないセットリストはあり得なかったのだろう。演者であり作り手でもあるアーティストの想いとファンの期待が必ずしも一致するわけではないけれど、ファンの期待にある程度応えるのもまた、プロフェッショナルな作り手の責務なのかもしれない。
「こんなのLSじゃない」
現行のレクサスLSは、サザンオールスターズのライブツアーにおける『勝手にシンドバッド』にちょっと似ていると思った。サザンオールスターズがLS、セットリストがクルマの性能、『勝手にシンドバッド』が静粛性や乗り心地、そして桑田佳祐さんがLSのエンジニアである。
レクサスは近年「すっきりと奥深い走り」をコンセプトに、動的性能のレベルアップと車種をまたいだ統一感の確立に取り組んできた。どのレクサスでも、ドライバーの意のままにクルマが反応する(=すっきり)だけでなく、クルマと対話しながら想像していなかったような領域まで踏み込んだ運転ができる(=奥深い走り)ことを目指しているという。
どちらかと言えば後席の住人が主役のようなイメージが強かったLSを、モデルチェンジを機にドライバーズカーとしても広く認知してもらおうと走りの面での性能向上を図ったのが現行のLSである。確かに、ハンドリングは操舵応答性などが飛躍的によくなったものの、市場の反応は(ある程度の覚悟ができていたとはいえ)「こんなのLSじゃない」という、レクサスの予想をはるかに上回る辛辣なものだった。
世界を震撼させた初代LS
市場が新型LSに望んでいたのは、とにもかくにもまずは圧倒的に静かで圧倒的に乗り心地がいいセダンだった。初代LS(=初代セルシオ)の静粛性や乗り味は、世界のプレミアムメーカーを震撼させ、その後の彼らのクルマ作りにも大きな影響を与えるほどだった。
だから特に初代LSの記憶が鮮明に残っているユーザーからすれば、そういう性能が現行LSには当然盛り込まれているものだと信じて疑わなかったのである。いっぽうで作り手側のレクサスとしては、フラッグシップのLSも時代と共に進化していくべきであり、新しく生まれ変わったLSを世に問うてみたいという想いがあった。
サザンオールスターズの40周年記念ライブのセットリストに桑田佳祐さんが『勝手にシンドバッド』を入れなかったことと、フラッグシップのLSの性能を作り込む時にエンジニアが静粛性や乗り心地の優先順位を低くしたことは、ファンやユーザーの期待と作り手の想いが乖離したという点で似ていると思ったわけである。
桑田佳祐さんが途中からセットリストを変更したように、現行LSのエンジニアはいまあらためて、LSというクルマに市場が期待する性能要件をきちんと盛り込む改良を始めた。
静粛性の次は、もちろん乗り心地
レクサスはイヤーモデル制を採っているので、LSは昨年のモデルで遮音材や吸音材に手を入れ、静粛性の向上をすでに図っている。最新モデルでは主に乗り心地の改善を目標に手が加えられた。標準装備のランフラットタイヤ(19/20インチ)は縦ばね剛性が従来型よりも落とされて、ダンパーはすでに4WD仕様に採用されていた伸圧独立オリフィスを装備するタイプを2WD仕様にも標準装備とし、リヤサスペンションメンバーのマウントの減衰特性の変更とAVS(電子制御式ダンパー)の制御の刷新も行っている。総じて、路面からの入力をこれまでよりも柔らかく吸収するセッティングに改めた。
もちろん改良の効果は出ていて、乗り心地は従来型よりもよくなっている。良路と荒れた路面での乗り心地の差がずいぶん小さくなったし、身体にまで伝わる路面からの入力も軽減された。高速巡航時の快適性も高くなったといえるだろう。空気ばねを使ったエアサスペンションを装着しているのに、エアサスらしい乗り味があまり感じられなかった点もLSの弱点であったが、これも従来型よりは改善されていた。ばね下/ばね上ともによく動くようになった印象もある。
ただ、依然としてランフラットタイヤ特有の硬さは伝わってくるので、そもそもLSのサスペンションとの相性がよくないのでは? と勘ぐってしまう。万が一タイヤがパンクしてもそのまま走り続けることができる有用性は理解できるし、重いスペアタイヤをラゲッジルームに収納しないで済むというパッケージ(=ラゲッジルーム容量の有効活用)と軽量化の両面への好影響を考えれば、なんとかしてランフラットタイヤを使いたい気持ちも分からなくはない。
ただ、“万が一”に備えて日々、乗り心地に我慢を強いられるというのはちょっとどうなのだろう。メルセデス・ベンツのSクラスはすでに潔くランフラットタイヤの採用を辞めてしまっている。レクサスには車載端末が搭載されているので、パンクしたらオーナーズデスクに連絡して助けてもらうこともできるのに、とも思ってしまう。例えば、“EXECUTIVE”や“version L”といったショーファードリブンカーとしての用途が想定できるグレードだけは、いっそ標準装着タイヤからランフラットを外すなど、思い切った決断があってもいいかもしれない。
経験値で先をいく高度なハイブリッド
LSには2種類のパワートレインがあって、ひとつがLS 500のV6ターボ、もうひとつはLS 500hのV6+モーターのハイブリッドシステム。今回はLS 500hの制御に変更があった。“マルチステージハイブリッドシステム”と呼ばれるこのパワートレインは、エンジンとふたつのモーターと4段のギヤを併せ持つ複雑な構造となっていて、極めて高度な制御が求められる。これこそ、ハイブリッドシステムの経験と実績がどのメーカーよりもあるレクサス(=トヨタ)だからこそ実現したシステムで、そのポテンシャルは計り知れない。
今回は制御プログラムを見直すことで、モーターによるアシスト量やアクセル特性を変更したという。具体的には、モーターをより積極的に使うことで低回転域からのトルクをより潤沢にするとともに、アクセル開度に応じてリニアなパワーデリバリーを実現している。最大トルクや最高出力のスペックは従来通りだが、若干パワーアップしたようにさえ感じる。
「やっぱりV8が欲しい」「パワー感が足りない」などの声もあったそうだが、個人的にはマルチステージハイブリッドはV8の代役を務めるに足るパワートレインだと思っているし、まだまだ伸び代があると今後の進化にも期待している。
あの優越感をもう一度
ただ、今回の年次改良で、現行LSに満足していなかった皆さん全員を満足させることができるのか? と問われると、首を縦には振れない。エンジニアもそれは承知しているようで、引き続き熟成を重ねていくそうだ。
もしこのレベルがデビュー時であれば、今頃は誰もが満足できるLSになっていた可能性がある。発表から2年近くが経過しても、LSがいまだに胸を張れる存在にまでに至っていないのは、いち日本人としてもなんとも歯痒い。ドイツメーカーをビビらせた、あの初代LSがもたらしてくれた“優越感”を再び味わわせてもらいたいと心から願っているのである。
そうえいば、サザンオールスターズのセットリストには、正式リリースよりも先行して新曲も含まれていた。LSの今後のセットリストにも、自動車業界の新機軸となるような装備や機能や機構や性能が盛り込まれていたらなお嬉しい。
REPORT/渡辺慎太郎(Shintaro WATANABE)
PHOTO/北畠主税(Chikara KITABATAKE)
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