筆者の人生でふたたびBMWと向き合ったのは、東洋ゴム工業の契約テストドライバー時代だ。契約していた期間は1980年1月から1984年2月までの4年2カ月だった。
通常は宮崎県都農町にある東洋ゴム工業のタイヤ試験場(社内呼称=タシ)に、社員とおなじ時間帯で勤務していたが、高速テストやサーキットテストになると当時茨城県谷田部町にあったJARI(日本自動車研究所)の高速周回路や山口県の西日本サーキット(今はマツダのテストコース)、鈴鹿サーキット、筑波サーキットなどへ出張し、テストをおこなっていた。
ある程度以上のハイスピードでのテストや危険が伴うテストは、社員ではなく契約テストドライバーの出番だ。このとき、通常勤務の契約は休みとなり、“特別危険手当”のギャランティが支払われる契約だった。また、時折、外部からプロ・レーシングドライバーを呼ぶ場合もあった。
当時、東洋ゴム工業は「OEM(オリジナル・エクイップメント・オブ・マニュファクチャラーズ)タイヤ」と呼ばれる、新車装着用タイヤの販売比率が高かった。しかし、市場がスポーティな性格の「RE(リプレイス(履き替え用))タイヤ」を求めるようになると、東洋ゴム工業は適切な商品がなかったため、のちに「TRAMPIO(トランピオ)」のネーミングで売り出すスポーツタイヤの開発を進めていた。スポーツタイヤであればサーキットでのテストも必須だ。我々は、筑波サーキットでテストをおこなった。
普段、“タシ”で使っているテストカーを持ち込むが、それらとは別に1台の白いBMWがあった。「TRAMPIO」のカタログ撮影用に宣伝部が用意したクルマだったが、ついでに開発テストにも使ったのだ。
このBMWこそ“E28”と呼ぶ、2世代目のBMW 5シリーズだった。グレードは「528e」。新しい思想で作られた「イータ(eta)エンジン」搭載モデルだ。効率を求め、あまり回転を上げなくても快適に走れるようにするため、高回転域のパワーを落とし、低速トルクを太くしていた。
燃費や排ガス問題によりシビアな今なら受けるかもしれないが、当時はあまりにも先進過ぎて、高回転まで“ヒュンヒュン”まわるのをよしとする、BMWの6気筒エンジンファンからは見放されたエンジンだった。
サーキット走行には向かない、と、思われたエンジンだったが、意外にも走らせればそれなりに面白かった。ATだったものの、5シリーズのボディをグイグイ押し出す力はあったから、気持ちよく走れた。それより、ブレーキ性能やコーナリング性能が素晴らしく、走りやすいのにびっくりした。
528eのブレーキは、ブレーキペダルを踏み込んだときのノーズダイブが小さく、ペダルの圧力に比例して減速していった。これまでに味わったことのないナチュラルなフィーリング。微妙な減速加減を、足の裏で絶妙にコントロール出来たのだ。
また、ターンインしたあとにコーナリング状態からアクセルペダルを踏み込む際も、プッシュアンダーステア(前輪の曲がろうとする力に対し、後輪からの押し出そうとする力が勝って、舵角に対し外側に膨らんでしまう現象)が出ないので早めにパワーオンして走れた。フロントのグリップも抜けないし、パワーをかけてもリアが負けない。528eの基本性能が高かったのもさることながら、新タイヤにマッチしていたからだろう。
528eの高い性能を実感したエピソードはほかにもある。筑波サーキットの最終コーナーへ、緩いブレーキングをしつつ飛び込んでいくと、“クラっ”とロールしながらリアタイヤに負担がかかる。ほかのクルマの場合、このロールする動きが怖かったが、528eはゆっくりとロールしていき、ロール角が決まるとそのままの姿勢でコーナリングが続けられた。自分の運転が上手くなったかのようにコントロール出来るのだ。
当時、“タシ”で使っていたテストカーは国産車ばかり。2世代目のトヨタ セリカXXや、おなじく2世代目のニッサン フェアレディZなどスポーツカーもあったが、それらより528eの走りは優れていた。「同じタイヤをテストしているのに、なぜ528eが履くと、こんなにイイ感じで走れるのか!」と、驚くばかりだった。
このときレーシングドライバーの津々見 友彦さんもテストに参加した。筆者が運転免許を取得した頃から、『オートスポーツ』誌で「ベテラン津々見友彦は……」と、紹介されていた憧れのドライバーである。そんな人と一緒にテストが出来るとは幸せだなぁと思いつつ、ミーティングをした。そのとき、津々見さんが話した内容が印象的だった。
「こうやってサーキットで乗ると、BMWの良さがわかるねぇ。きっと奥深くまで全部わかったドライバーがセッティングしているに違いないよ」
筆者もまったく同感だった。そのあと、1984年5月にTRAMPIOのプレス試乗会をニュルブルクリンクで開催した際も、筆者は津々見さんとアラスカ経由のルフトハンザで一緒に行ったし、今でもモータージャーナリスト同士お付き合いいただいている。
話は逸れたが、BMWというクルマが玄人受けする味付けをしていたのが、今振り返ってもわかる。一般の人はそこまでは分からないから……と、手を抜かないのがBMWだ。これは今でも変わっていないと思うし、長いあいだBMWのファンでいるユーザーが多いのも頷ける。
東洋ゴム工業のお蔭で、BMWと“再会”し、かつ魅力をより深く知ることが出来たのであった。
<プロフィール>
菰田 潔(こもだ きよし):1950年生まれ。学生時代から始めたレース活動をきっかけに、タイヤのテストドライバーを経てフリーランスのモータージャーナリストに転身。「BMW Driving Experience」のチーフインストラクターも務める。
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