「ロールス・ロイス」といえば超高級車ブランドとして名高いが、航空機の世界では名機「マーリン」を開発製造したエンジンメーカーとしても知られている。今回は、その液冷V型12気筒エンジンを搭載したP-51マスタングの取材記をご紹介したい。
文/鈴木喜生 写真/藤森 篤、FavCars.com
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【画像ギャラリー】「ロールス・ロイス」を搭載したエース戦闘機、P-51マスタング取材記【名車の起源に名機あり】
二段二速式過給器を搭載したV型12気筒
パッカード・マーリンを搭載したP-51Dマスタング
アメリカには300近い航空博物館があるといわれているが、ちょっと大げさに言えば「どこにでもある」のがマスタングである。生産機数が多かったこと、アメリカにおいてダントツに人気が高いことがその理由だろう。そしてその多くは、現在も飛行可能な状態を保っている。
我々の取材チームがマスタングを空撮取材したのは2018年のこと。P-51Dマスタングのカウルを開けてもらうと、そのスマートなノーズ部分にはマーリンV-1650がぎっしりと収まっていた。マーリンは二段二速式過給器を搭載したV型12気筒エンジンであり、バルブ駆動はOHC。排気量は約27リッター、離陸時の出力は回転数3000rpmで1315馬力を誇る。
この取材ではエンジンの換装を見ることもできたが、約1トンの重量があるマーリンを機体に載せる作業自体は小1時間ほどで完了してしまった。空冷星型ではこうはいかない。マスタングと液冷式V型エンジンの組み合わせにおいて、そのメンテナンス性が非常に高いことを改めて実感した。
たった120日で開発されたマスタング
かつてテキサス・フライング・レジェンド博物館が保有したP-51Dマスタング
なぜ米国の航空機メーカー「ノース・アメリカン社」によって開発されたマスタングP-51に、英国ロールス・ロイス社が開発した「マーリン」が搭載されているのか?
マスタングは、そもそもイギリスが米国のノース・アメリカン社(以下、ノ社)に発注したことによって誕生した戦闘機である。1940年代初頭、英国はドイツと戦っていたが、自国のスピットファイアやハリケーンだけでは機体が足りず、そこで英国の兵器購入使節団は、カーチスP-40を米国から購入する計画を立てたのだ。
カーチス社自体はP-40の生産に追われていたため、英国はその機体のライセンス生産を請け負っていたノ社に製造を打診。するとノ社からは意外な答えが返ってきた。
「P-40ではなく、我が社が新規開発する戦闘機を買わないか?」
ノ社いわく、それはP-40より高性能であり、P-40の生産準備と同じ期間内に設計開発できるというのだ。ちなみにこのときノ社は、T-6テキサン練習機とB-25爆撃機を開発製造していたが、戦闘機設計に関する経験はなかった。
英国は迷ったが、時間がない。交渉の結果、ノ社の提案を受け入れ、新戦闘機の開発・量産の契約を交わした。驚くべきは、この新型戦闘機の開発から原型機の完成までを、ノ社はたった120日間で完了させたことだ。主任技師はエドガー・シュミード。彼とノ社の経営陣は、この日のためにさまざまな準備を進めていたのである。
アリソンからマーリンへの換装
P-51Dマスタングのエンジンを換装する様子
層流翼や、胴体内に半分埋め込まれたラジエターなど、独創的な機構を持つマスタングは、その高速性能と航続能力においてイギリスから高い評価を受けた。しかし、この時搭載していたエンジンはアリソンV-1710であり、高高度に上昇すると急激に飛行性能が低下するという症状をみせた。そのため英国に納入された初期型の「マスタングI」は、ドイツ軍のメッサーシュミットBf109やフォッケウルフFw190との空中戦には適さないと判断され、主には地上攻撃用の機体として運用されたのだ。
やがて英空軍はこの機体の高高度における性能を上げるため、エンジンをアリソンからロールス・ロイス製のマーリン60系V型12気筒へ換装することを計画した。スピットファイアにも搭載され、実績あるこのエンジンへの換装によって、マスタングの性能は劇的に向上したのである。その結果、これ以降にマスタングは大量生産されることになった。
マーリンへの換装による成功は、イギリス空軍から米陸軍へ即座に伝えられた。そして、ロールス・ロイス社からマーリンのライセンス生産を受託したパッカード社によって、「パッカード・マーリン」が製造された。こうして米陸軍が運用するマスタングにはP-51B以降、このパッカード・マーリンが搭載されることになり、米国においてもマスタングは、エース戦闘機として運用されることになったのだ。
大戦機用エンジンの専門工房を訪ねる
筆者は大戦機用のエンジンを専門に扱う工房にも訪れたことがある。カリフォルニア州の北方にあるその工房に入ると、ダイムラー・ベンツ製のエンジンDBのメンテナンス作業が行われていて、別室には栄発動機の全バラが並び、別棟にはパッカード・マーリンがずらりと並んでいた。アメリカの航空ショーでは現存機が惜しげもなく飛び回る。それら機体に載せるエンジンのメンテナンス作業が、この工房では日夜続けられているのだ。
この工房の周りには何もなく、荒涼とした風景が広がっていた。なぜそんな土地を選んだのかと尋ねると、夜間にエンジンのテストランをするのだという。排気管を外したエンジンをテストベンチに載せ、暗闇の中で回す。複数のポートから出る排気炎の色を見て、混合気の状態を確認するというのだ。
残念ながらその様子を見ることはできなかったが、現地スタッフに撮影を依頼し、その映像を後日入手することができた。真っ暗な荒野に響く爆音はすさまじく、マーリンが吐く炎は美しい。
マスタングは花形機種であり、残存機数も多い。アメリカやイギリスを訪れる機会があれば、ぜひ航空機イベントを調べていただきたい。そこでは80年前に開発製造されたマスタングとマーリンが、今も颯爽と飛ぶ姿を見ることができるだろう。
テストベンチに載せられたマーリン
1936年、V型12気筒エンジンを備えた巨大な「ファントムIII」。航空機エンジンから培った技術をフィードバックしたロールス・ロイスの最上級モデルとして注目を浴びた FavCars.com
【画像ギャラリー】「ロールス・ロイス」を搭載したエース戦闘機、P-51マスタング取材記【名車の起源に名機あり】
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