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ボブ・ディランの名曲を思い浮かべた カワサキ250ccロードスポーツの進化 苦戦からの大躍進

■1980年代とはまったく異なる状況

 2020年9月から国内販売が始まったカワサキ「Ninja ZX-25R」シリーズは、初期ロットの5000台が瞬く間に完売し、中でもライムグリーンの「SE」仕様は入手が困難と言われています。その事実を知った私(筆者:中村友彦)は、ボブ・ディランの“時代は変わる”という曲に出て来る“今の敗者は、後の勝者だ”という言葉を思い出しました。

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 と言うのも、史上空前のバイクブームだった1980年代を振り返ると、カワサキは250ccクラスで常に後手に回り、ライバル勢に苦戦を強いられていたのです。当時は10代だった私の目から見ても、1980年代の同社が販売した250ccロードスポーツは、微妙にハズしている?……と感じるモデルが少なくありませんでした。

■苦戦を強いられた、3台のツイン

 その代表格は、2ストタンデムツインの1984年型「KR250」と、2ストパラレルツインの1988年型「KR-1」、そして4ストパラレルツインの1985年型「GPZ250R」でしょう。

 まず「KR250」は、GPレーサー然とした雰囲気を求める当時の気運にマッチしない、「GPZ900R」に通じるデザインを採用したこと、そして「KR-1」は、90度Vツインが優勢になりつつある状況下で、昔ながらの気筒配置のエンジンを導入したことが、セールスが伸び悩む原因でした。

「GPZ250R」に関しては、以後の「GPX250」や「ZZR250」、「Ninja 250R」にエンジンの基本設計が継承されたという事実を考えれば、安易にハズしたとは言えません。ただし、デビューイヤーの250ccクラスで大きな注目を集めた4ストは、並列4気筒のヤマハ「FZ250フェーザー」とスズキ「GF250」で、カワサキの新時代パラレルツインに注目するライダーは少数派でした。また、市場では高評価を獲得したものの、カワサキ初のクォーターマルチとなった1989年型「ZXR250」に対して、当時の私は“レーサーレプリカブームはもう下火なのに、どうして今のタイミングで新規開発?”という疑問を抱いたものです。

 もっとも現在の視点で考えると、ここまでに述べた3+1台の250ccロードスポーツは、ライバル勢とは異なる方向性を打ち出したという意味で、いずれも意義のあるモデルだったと思います。とはいえ、1980年代の250ccクラスの年間販売台数ランキングで、カワサキ車がトップ3に入ったことは、ただの1度もありませんでした。

■250ccロードスポーツ市場をリード

 1980年代の250cc市場では苦戦が続いたカワサキですが、以後は徐々に風向きが変わります。

 爆発的なヒットという印象はなかったものの、1990年代初頭に発売した3機種、「ZZR250」、「バリオス」、「エストレヤ」は、いずれも15年以上に及ぶロングセラーになりました。ただし、同社の250ccロードスポーツの転換点は、やっぱり2008年にデビューした「Ninja 250R」でしょう。何と言ってもこのモデルで初めて、カワサキは以後の250ccロードスポーツ市場をリードする立場になったのですから。

 そんな「Ninja 250R」は、かつてのヤマハ「RZ250」や「TZR250」、スズキ「RG250Γ」、ホンダ「NSR250R」や「CBR250RR」などのように、革新的なモデルではありませんでした。スタイルは同時代の「ZX-10R」「ZX-6R」に通じる雰囲気でしたが、エンジンは「ZZR250」の発展型となる4ストパラレルツインで、車体は「GPX250」時代に戻ったかのような構成だったのです。とはいえ、排出ガス・騒音規制の影響で、250ccロードスポーツ市場が消滅の危機に瀕していた当時の状況を考えると「Ninja 250R」は救世主でした。

 歴史にタラレバはないですが、「Ninja 250R」が世界中で大ヒットしなかったら、近年の250ccロードスポーツ市場の活況はなかったのかもしれません。

 初代の大成功に胡坐をかくことなく、「Ninja 250R」は2013年に2代目、2018年には3代目に進化しました。そして先駆者のアドバンテージを活かす形で、2020年には新時代の250cc並列4気筒車として、「Ninja ZX-25R」が登場します。

 改めて振り返ると、2008年に登場した「Ninja 250R」が具体的なライバルを想定していなかったのに対して、「Ninja ZX-25R」はライバル勢を突き放す、あるいは、ライバル勢とは異なる魅力を提案することを念頭に置いたモデルです。カワサキがそういうスタンスで、250ccロードスポーツ市場で勝者になったのは、おそらく同社の歴史で初めてのことでしょう。1966年型「A1サムライ」や1971年型「250SS」もそうだった、という説はありますが。

■ライムグリーンに対する認識の変化

 そのあたりを考えて、私は冒頭で述べたボブ・ディランの歌を思い出したのですが、時代が変わったと言えばもうひとつ、ライムグリーンのボディカラーに対する世間の認識も、1980年代と現代では大きく変わりました。

 1969年の「A1RSA」以来、カワサキは数多くのワークスレーサーにライムグリーンを採用して来ましたが、オンロードの量産車では、かつての同社はこのカラーに積極的ではありませんでした。もっとも「KR250」と「KR-1」は、当初からライムグリーンを設定していたのですが、現実の路上でワークスカラーのKRを頻繁に見かけたかと言うと、必ずしもそうではなかったし、1980年代中盤に登場した「GPZ-R」シリーズや1988年型「ZX-4」の場合、ライムグリーンは限定色という扱いでした。誤解を恐れずに言うなら当時のライムグリーンは、相当なカワサキマニアとオフロード好きだけが選ぶカラーだった気がします。

 それが今では事態が激変し、2020年型「Ninja ZX-25R」はライムグリーンが一番人気を獲得しているのです。この変化の背景には、ワールドスーパーバイクでの活躍という理由もありそうですが、それ以上に重要な要素は、カワサキの地道な戦略でした。

 1989年型「ZXR250/400/750」で、4ストで初めてライムグリーンをメインカラーに設定したカワサキは、以後のスーパースポーツでも同じ姿勢を堅持し、ふと気づくと、一般的な常識では奇抜な色のライムグリーンが、ライダーにとっては親しみやすい色になっていたのです。そんなカワサキの現在の国内ラインアップには、カラーバリエーションを含めると47台のストリートバイクが並び、17台が何らかの形でグリーンを使っています。

 1980年代とは隔世の感がありますが、もはやその事実に違和感を覚える人はいないでしょう。

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