その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第39回はタフギアで人気を得てきたミドルサイズSUV「日産エクストレイル」の4代目モデルの後編です。上質さを加えたとする、その走りについて、エクストレイルのチーフビークルエンジニアである中村将一(なかむら・まさかず)さんに話を伺いました。
開発背景に迫った前編はこちらから
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日本展開が遅くなったのはe-POWER、VCターボ、e-4ORCEを入れたかったから
島崎:エクストレイル自体は、2020年にはアメリカ、21年には中国ですでに出ていました。そういう事情を知っているユーザーには、日本でのデビューが後なのはもどかしかったのかな、とも思いますが……。
中村さん:コロナによる想定していなかった要素はありましたが、それを除けば、予定されていたタイミングでした。日本ではe-POWERに特化して投入していますが、今回VCターボとの新しい組み合わせになっていたり、e-4ORCEを投入していたり、とか、結構難しいことをやっていて、良い品質を確保するために確認をして作り込んで……とすると、ある程度、考えていたとおりのタイミングでした。
島崎:スタイリングも、アリアがある以上、それより新しいかどうかとなりますと……。
中村さん:一般的に日産は他社さんに比べ順次展開に時間がかかっているのでは?というご指摘は認知していますが、エクストレイルに関しては、待っていただいた甲斐はあるんじゃないかと考えております。
島崎:ここ最近の日産のSUVはグローバルで見ると北米ではローグがあり、ローグスポーツがあったり、欧州ではキャシュカイがあったり、クラスが違いますが日本にはない2代目ジュークがあったりと、整理しておかないと覚えられないくらいですが、それぞれの市場向けにクルマが用意されているということですよね。
中村さん:その中でいうとエクストレイル/ローグはグローバル展開車種ですし、キャシュカイも輸出していろいろな地域で販売しているので、どこかに特化したモデルだけではないです。
島崎:以前あったデュアリスはいいクルマでしたし、2代目ジュークは日本でも乗りたいとも思いますが。キックスがあってこのエクストレイルというと、その間が少し空くような気もしますが。
中村さん:そうですね。
e-POWER+VCターボでタフギアと上質が両立した
島崎:e-POWERに特化したというのは、やはり今どきのクルマとして決め打ちの戦略だったのですか?
中村さん:初めからそこまで割り切っていたかというと、多少ありましたが、ある時点で、日本はとくにEVを日産としては打ち出していますし、将来的には電動化が進んでいくのは間違いない。そういった戦略からもe-POWERはEVとの間を繋ぐ独自の強みだと我々は思っています。e-POWERは売りにしていきたいと思っています。
島崎:その中でエクストレイルのe-POWERというと?
中村さん:全方位でタフギアと上質が両立しているところがミソです。全開加速で速い、同時に凄く静かにできています。これは進化したe-POWERと初めての組み合わせのVCターボのおかげです。全方位で性能を十分に上げられた。
島崎:なるほど。
中村さん:ノートe-POWERなどでも速い!というところは感じていただけていると思いますが、これだけのサイズのクルマでこれだけ走れて、しかもこんなに静か!だと、e-POWERの進化を感じていただけるのではないかと思います。
島崎:広報車を試乗したときの僕のメモには“静か、スムーズ、快適”とだけ書いてありますが、走行中のエンジンの存在をまったく気にせず走らせていられたからだと思います。これは凄いな、と。このあたりのチューニングは相当念入りにやられたのでしょうね。
中村さん:はい。エンジンでいうと可変圧縮はありがたくて、全開加速で圧縮比を下げて回転数を下げられる。車速が上がりロードノイズや風切り音が大きくなってから回転数が上がるチューニングにしてあります。リニアフィールは売りですが、静かさはそういうメリットも生み出しています。
モーター制御は性能を上げられるゆえに苦労も増えた
島崎:駆動力の制御も緻密ですね。4WDの試乗ではどんな場面でも本当に自然でした。
中村さん:e-4ORCEはリアにモーターを追加してブレーキを協調制御させて、モーターなのですぐさま反応してくれるので、小まめに制御ができる。いろいろなことができる。コーナリングでも「運転が上手くなったかのように」といつもお話ししているのですが、クルマが自分で曲がっていってくれる。それは前後のタイヤで駆動力と減速力が小まめに制御できるからです。
島崎:北海道・陸別で雪道でのテストなどもなさったのでしょうね。
中村さん:企業サイトで、雪の坂道での旧型との違いをご紹介しておりますので見ていただければ違いが一目瞭然かと思います。雪でもタイヤの状況を検知しながら、細かくスグに反応できますから、片輪だけ滑っている状況でも登っていける、そんなことができるようになっています。
島崎:各社のエンジニアの方が口を揃えて、モーター駆動はいろいろな制御ができると仰いますね。
中村さん:はい、性能を上げるという意味ではそうなります。が、逆にいうと苦労するところでもあります。
島崎:苦労されるところ?
中村さん:モーター制御はいろいろやれるので、自由度が広がり、反応速度が速くなった分、いろいろやれることが増えて、確認することも増えた。今まで考えていなかったような難しい局面に遭ったりもするということです。
“上質さも兼ね備えた”のはSUVのお客様が増えたから
島崎:話は飛ぶのですが、内装の質感、触感がいいのも心地よさのひとつですね。試乗したのはタンのナッパレザーのタイプでしたが。
中村さん:人工皮革のTailorFitと呼んでいるGの内装に標準で使っている表皮材も、ぜひ触ってみてください。
写真:日産自動車
島崎:表面の作り方にこだわったというものですね。随分前に人の指紋を研究した内装材のお話を伺ったのを思い出していました。
中村さん:あれは初代フーガの頃だと思いますが、インパネの表皮材の模様を作り込む時に、人の指紋に近づけてというものだったと思います。今回は使う素材や工法は違っていますが、同じようなコンセプトで仕上げたものです。
島崎:泥まみれのイメージだった初代エクストレイルと較べると、やはりユーザー層は違っているのでしょうね?
中村さん:まずもってSUVのお客様のレンジ自体がぜんぜん変わっています。かつてSUVというと悪路を走るオフローダーのイメージがメインだった。その後いろいろなクルマが出て、お客様も増え、ニーズの幅も広がった。ということもあり、今回は“上質さも兼ね備えた”ということも狙いにしてきました。
島崎:全高は20mm下がったのですね。
中村さん:全高は先代の強みでもあった室内空間を活かせる範囲内として、あとは全幅を20mmだけ広げ、反対に取り回しがよくなるように全長は30mm短くしています。
SUVでも感情移入することはできる
島崎:ところで今回のエクストレイルのような非常に快適なSUVが登場してくると、同じプラットフォームでセダンが作られたらさぞ快適だろうなぁ、などと思うのですが、いかがでしょう?
中村さん:どうでしょうねえ。私個人の意見としては、最後はクルマを買っていただくお客様が決めることになるのだと思います。もちろん提供する側がいろいろなクルマを提供することで流れを作っていくことはできると思いますが、最後は、お客様はどういうクルマを欲しいと思うのかが大事かなと。
島崎:売れるか、売れないかということですね。
中村さん:まあメインストリームは、各国の市場でお客様が決めることになると思いますが、世界中でSUVが広がっているのは事実としてありますので、その流れが物凄く大きく変わることは起こりにくいのかな、とは考えます。
島崎:そうですね。
中村さん:一方で個人的な趣味でいうと、今T32のエクストレイル(注:旧型)に乗っていますが、それまではずっとスカイラインに乗っていましたので、どちらかといえばクーペやセダンは好きです。クルマの基本というか、ベースとしてセダンやクーペのボディタイプは好きですけどね。
島崎:あ、いいですね。でしたらぜひ。
中村さん:ただ自分でSUVに乗ってみて、便利は便利だなぁとも思います。レースに出るとか、速い走りが趣味の方は別として、今の一般のお客様にはSUVの使いやすさは合っていて、便利なんだろうなぁと思います。
島崎:クーペやセダンが感情移入できるクルマなのに対し、SUVはやはり道具だよな、とも思うのですが。
中村さん:SUVを道具と捉えるお客様はマジョリティかもしれませんが、SUVでも感情移入することはぜんぜんできる。テラノやランクルは感情移入できないというのは違うのかなと思います。私世代でいうと、セドリックやフーガなどの高級サルーンがありましたが、同じように快適空間を提供するSUVはあると思います。その意味で感情移入はSUVもできるんじゃないかと。
島崎:なるほど。
中村さん:いろいろ使えるユーティリティがあり、今回のエクストレイルはハンドリングの点でもよくできていると思っています。一定レベルのワインディングも楽しめると思いますし、いろいろな楽しみかたができますよ、という選択肢としていかがでしょう?と提案できるクルマだと思っています。
島崎:そうですね。
中村さん:必ずしも道具と割り切ったお客様にだけ提供するクルマとは思っていません。
島崎:わかりました、不躾な質問ばかりでしたがご容赦ください。ありがとうございました。
(写真:島崎七生人、編集部)
※記事の内容は2022年10月時点の情報で制作しています。
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