スーパーGT GT300クラスに参戦する注目車種をピックアップし、そのキャラクターと魅力をエンジニアや関係者に聞くGT300マシンフォーカス。2024年の第4回は、昨季のデビュー以降、低く構えた“スタンス”で高いパフォーマンスを発揮するapr謹製のGTA-GT300規定モデル、31号車『apr LC500h GT』が登場。
エースカーとして、引き続きレーシングハイブリッド開発の中枢も担いつつ、先代プリウスPHVから大きく変化したディメンションにより、どんな車両特性に仕上がっているのか。自らが設計、製作、そしてトラックでのエンジニアリングと、誕生からすべてを見守って来た金曽裕人監督に話を聞いた。
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2019年の技術規定改定により、それまでミッドシップ・ハイブリッドのJAF-GT規定モデルとして唯我独尊の位置にいたapr製プリウスは、新たにFRレイアウトを採用するプリウスPHVに刷新された。前車軸からフロントドアまでの空間を延長する措置なども含め、その開発過程では産みの苦しみも経験したおなじみ金曽監督兼チーフデザイナーは、次なるベースモデルとして新型プリウス(現行の5代目60系)の導入を検討する。
しかし、当時の半導体不足などサプライチェーンの混乱も受け、新型モデルのデビューそのものが延期されたことで、この計画も見直しを迫られる。そこで白羽の矢が立ったのが『ハイブリッド搭載』の『2ドアクーペ』として、かねてより目をつけて来たレクサス・ブランドのフラッグシップスポーツだった。
「新型プリウスでは時間軸の問題などいろいろあったのですが、個人的にはもとから『LC』でやりたいとずっと言ってきました。そもそもFFベースで4気筒用の小さなエンジンルームに、大きなエンジンを載せればやはり無理がきます。水平対抗を積んでいるGR86や、直列6気筒を積んでいるGRスープラともワケが違い、LCはベースモデルの『LC500』が搭載しているエンジンが2UR-Gなので、それだけディメンション(大きさ)にも余裕がありますし、もちろんスポーツカーとして開発されたもので、めちゃくちゃバランスがいいんです」
そんな「“素うどん”の状態のクルマ」から素性の高さを感じさせた『LC500h』は、ベースのディメンションから欧州製のGT3規定モデル群のような日本車離れしたスタイルとスリークなグリーンハウスを有し、その長いホイールベースは旋回時の安定性を高めるのみならず、広大なフロア面積により空力性能でも恩恵をもたらした。
「最初はホイールベースが長いのはネックじゃないかと言われましたけど、ベースモデルと同じエンジンをさらに後方に下げて搭載できたことで、重量配分が本当に良く、旋回性能も高くなりました。さらにロングホイールベースにより床裏も大きく、ダウンフォース量も大きい。これにより空力中心の位置もシャシー重心位置の近いところに来て、かつダウンフォースの総量もある非常に運転しやすいクルマになりました」
デビューイヤーとなった2023年は、このGTA-GT300規定を対象にフロアの規則が改訂されており、それまで前後の車軸中心線までと定められていたフラットボトムが、ホイールハウス間へと変更(縮小)されるとともに、最大950mmとされていた車軸間の床面幅を1150mmまで活用することが可能とされた。
これにより、とくにリヤ側では後端の跳ね上げ高のみ150mmで維持されたディフューザーがキックアップ位置から前進し、それ自体の容積を拡大するとともに、よりマイルドな特性に変化。これがフロア面の効率とダウンフォース総量も高め、さらに空力中心の位置も(プリウスより前方へ移動することで)最適化することに繋がった。
「なので裏側も他に変えるほど悪いところがない。表をイジったところで、あまり感度はないんです」と、改めてその完成度を強調する金曽監督。
「クルマを作って『でき上がりました』の状態から、そんなに大きくは変えていないんですよ。そのなかで今季も一度、風洞実験をして細かなデバイスの取り付け方や精度を見直したり、フロントフェンダーのサイドフィンや前後のタイヤハウス、それからリヤウイングのステーや翼端板など、キーになる部分を細かく修正しました。あとは、それに合わせた走らせ方の観点で、一番正しい空力ハイトやデータをしっかりと取ったことが大きいかな」
イメージ的には、そのスタイルや電動のエクストラパワーにより直線速度を“ストロングポイント”としていそうな31号車apr LC500h GTだが、前述の特性により「つづら折りの細かい登り勾配」を持つセクター3を有する富士スピードウェイよりも、相対的にウエイト感度が低くダウンフォースサーキットでもある鈴鹿サーキットの方が相性も良く「もっと狭めてモノを言うと、130Rが好き」な個性を持つ(参考:第3戦は4位)。
歴代プリウスの経験を活用したGRスープラを皮切りに、GR86、そしてLC500hと、ここまで大きく発展させてきたシャシー設計の面では、今回の『LC500h』で基礎としたのは兄貴分でもあるGR86用のFIA公認フレームとなる。これを転用したホイールベースは(GR86の)2650mmから2870mmにまで延長され、先代プリウスPHV対比では275mmも後退したというエンジン搭載位置により、補機を含めた重量で200kg以上とも言われるTCD/TRD製の5.4リッターV型8気筒を積んでいても「エンジンの重さを感じさせない」クルマに仕上がった。
■“ノンハイブリッド”のLC500に眠るさらなる可能性
「載せているエンジンもGR86と一緒なら、付いている足回りも一緒で、ただ本当に“ダックスフンド”になっただけ(笑)」と語る金曽監督だが、今季2024年は手塩に掛けたその兄貴分たちが高い戦闘力を発揮。岡山や鈴鹿ではGR86が、富士ではGRスープラが勝利やポディウムを獲得している。その戦績の一端を担っているのが、このGTA-GT300規定の“飛び道具”ともなっているタイヤ無交換作戦だ。
「僕らは岡山の小回りで速いなんて言えないですし、クルマの絶対的なバランスで言えばGR86がいちばん取りやすいかもしれない。重量配分もプリウス、GRスープラ、GR86、LCの順番で、どんどんと50対50の理想値に近づいていく。その点、中間ホイールベースのGR86はコースを選ばない、苦手なサーキットがないんですよね」と続けた金曽監督。
「そのうえでタイヤ無交換ができるのは、軽さと接地性の良い足回りというのがあります。LCは重いけど、4輪にバランスよくタイヤ荷重が掛かり、綺麗にタイヤが減ってくれます。LCのバランスの良さにブリヂストンのタイヤ構造や開発スピードなどで、その重さにもどんどん合わせてくれる。そこは本当に助かっています」
今季序盤はGT300クラスでも「ウルトラヘビー級でトップランカーの重さ」という自重が影響し(参考:第4戦富士の基本車両重量1378kgはGT3を含むクラス最重量タイ)、プッシュを掛けるとタイヤが負荷で倒れ込み、タイムが如実に落ちるという苦しさも経験した。とくに燃料を満タン搭載したスタートスティントから序盤の数周は「むちゃくちゃ弱かった」と振り返る。
それでも自重の主要因たるハイブリッド機構は、プリウス時代に経験した難しさとは異なるステージへと歩を進め、とくに富士で顕著な直線速度の上乗せのみならず、ブレーキング回生でもさらなるパフォーマンスを求めるフェイズにある。
「プリウスの初期はリヤがキャンキャンとロックし、ロクに真っ直ぐ止まれない……という時代もありましたが、FR時代の後期にはエンドレスさんとの協業もあり本当に良い進化がありました。さらに今は、このLCになったことで事象を切り離すことができ、問題が重量配分で起こっているのか、制御で起こっているのか、はたまた回生で起こっているのか、その見極めがずいぶんと進化することができました」と金曽監督。
「なので楽な方向ですけど、楽で成立する方向にいったら今度は速さや、もっとバランスのいいほう、さらにハイブリッドをパフォーマンス方向に持っていくパッドなど、いまだに(開発を)やっています。それぐらい電気的なブレーキと、パットで止めるブレーキと、それにドライバーの感覚。ここは未知数で非常に面白いですし、開発のしがいがあります」
もともと「60点ぐらいだった」ものが「今は96、97、98点」と、そこからはなかなか詰まらない。レーシングカーの「あとコンマ1秒と一緒」で、ある程度の水準まで到達したその先というのは、際限なく時間と労力が掛かる分野でもある。そんな苦労を経ているからこそ、この“車種”にはさらなる可能性が眠っていると、設計者ならではの見立ても明かす。
「このLCはベースモデルに“500h”と“500”があります。少なくとも軽快さやコーナリング性能をもっと狙っていくのであれば『LC500』、最高速やストレートに振りたければ『LC500h』と、そういった扱い方はできると思います。僕らはもう長くハイブリッド開発の難しさを経験しているからこそ、どこでどう活用すればいいというのは分かっています。そこは僕らがチャレンジすれば良い部分です」
「でも、この空力にシャシーと重量配分のバランス、そこに軽さが加わるなら……もし“ノンブリッド”で良くてあと100kg軽かったなら、間違いなく『相当、速いゼ?』と思います(笑)。変な話、今のGR86のチームがコンバートして『これ(LC500)でやりたい』となっても、簡単にできることですしね」
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