市販モデルも装備する驚異のバルブ駆動メカニズム!
【パニガーレV4R復活!もっともMotoGPに近い市販車は、マフラー&専用オイルで240.5psを発揮!】ドゥカティ ワールドプレミア2023 エピソード4
2022年シーズン、ドゥカティはMotoGPとワールドスーパーバイクの両方でチャンピオンを獲得! もはやロードレースでは向かうところ敵無し!! ……で、ドゥカティといえばエンジンの「デスモドロミック機構」が有名だけど、それってドカの速さに関係あるの?
2022年はドゥカティがロードレースを席巻!
―― 2022 SBKチャンピオン アルバロ・バウティスタ
―― 2022 MotoGPチャンピオン フランチェスコ・バニャイア
MotoGPでフラチェスコ・バニャイアがライダーチャンピオンに輝き、ドウカティがコンストラクターズチャンピオン、Ducati Lenovo Teamがチームチャンピオンと三冠を獲得。そしてワールドスーパーバイクではアルバロ・バウティスタがライダーチャンピオンを手にし、ドゥカティがマニファクチャラーズタイトル、Aruba.it Racing Ducatiがチームタイトルと、こちらも三冠。2022年シーズンのロードレースは、ドゥカティの強さが際立った。
もちろんレースに勝つには様々な要素が必要だが、パワーの源であるエンジンに注目すると、ドゥカティにあって他に無いのが「デスモドロミック機構」。ドゥカティファンやメカ好きならよく目耳にするコトバだが、そもそもどんな仕組みで何が凄いのだろう?
デスモドロミックを実用化できたのはドゥカティだけ
―― 1954年にドゥカティが名門モンディアルから迎えたファビオ・タリオーニ技師が、GPマシン用にバイク初のデスモドロミック機構を設計し、1956年の125GPに初めて搭載。図はタリオーニ技師が考案した3本カム方式のデスモドロミック機構。 [写真タップで拡大]
デスモドロミックとは、4ストロークエンジンの吸排気バルブの強制開閉機構のことで、構想自体は古く、19世紀末から様々な方式が考案された。四輪では1912年のフランスグランプリに参戦したプジョーL76が初めて実装したといわれ、1954年、55年にメルセデスベンツのF1マシンW196が成績を残している。しかしデスモドロミックは構造が複雑で部品点数も多いため実用化が難しく、その後の四輪では日の目を見なかった。
それを実用化に結び付けたのが、ドゥカティの天才技術者ファビオ・タリオーニ氏。1956年に125GPマシンに採用し、市販車には1968年の350マーク3Dに初装備。以来ドゥカティはレーシングマシンやほとんどの市販モデルにデスモドロミック機構を装備。バイクはもちろん四輪車も含めてデスモドロミックを実用化できたメーカーは、じつはドゥカティだけなのだ。
デスモドロミックはバルブスプリングと何が違う?
―― デスモドロミック
バルブを開くのと閉じるためにそれぞれのカムを装備し、ロッカーアームを介して強制的にバルブを開閉するため、バルブスプリングを持たない(ただし冷間時や極低回転でバルブの密閉度を高めるために、図では省略されているが補助的に柔らかいスプリングを装備している)
―― 一般的なバルブスプリング
図はカワサキNinja ZX-10Rのバルブ駆動周り。カムシャフトがフィンガーフォロワーを介してバルブを押し下げることでバルブを開き、バルブスプリングの力で閉じている。
「デスモドロミック=バルブ強制開閉機構」といわれてもピンとこないかもしれない。そこで一般的な動弁機構と見比べると、デスモドロミックはバルブスプリングを持たないところが大きな違いであり、多くのメリットを生み出している。
まず最大のメリットは「高回転時に正確にバルブを開閉できる」こと。一般的な動弁機構に使われる金属製のスプリングは、高回転になるとカムの動きに追従できなくなったり、伸縮する際に特定の周波数で共振を起こすことがある。
するとバルブジャンプやバルブサージングと呼ばれる現象を起こし、バルブがピストンと接触(衝突)してエンジンが破損する危険がある。しかしデスモドロミックはスプリングを使わずにバルブを閉じるので、高回転でもバルブジャンプやバルブサージングが起こらないのだ。
一般的な動弁機構で高回転まで正確かつ安全に回すには、スプリングを強化したりレートの異なる2種類のスプリングを重ねて使用する必要がある。しかしスプリングの強化や二重スプリングは、バルブを開くときに強い力が必要になり、これがけっこうなパワーロスを生んでしまう。対するデスモドロミックはパーツが接触する摩擦ロスしかなく、パワーロスは極めて少ない。これも大きなメリットだ。
また、高回転時にバルブがカムを追従できなくなるのは「カム山の形状」も影響する。高回転・高出力エンジンの場合、とくに吸気バルブは「パカッと一気に大きく開いて、徐々に閉じていく」ようなカム山の形状(プロフィール)が理想的だったりする。しかしバルブスプリング的には、そういった形状のカムだと共振してバルブサージングを起こしやすくなるため、実際には開く時と閉じる時が「おおむね対称」なプロフィールが望ましい。
しかしデスモドロミックはバルブスプリングを使わないので、カムのプロフィールの自由度が大きく、これは高回転・高出力化にかなり有利だ。じつは近年のスーパースポーツ系エンジンで増えてきたフィンガーフォロワー式(先の図解で紹介したカワサキNinja ZX-10Rも採用)は、以前のカム直押し式よりもカムのプロフィールの自由度はかなり増しているのだが、それでもデスモドロミックには及ばない部分があるといわれる。
それならデスモドロミックにデメリットはないのか? といえば、もちろんある。一般的なバルブスプリング式に比べてかなり部品点数が多く、カムシャフトもオープン側とクローズ側を持つ特殊な形状(一般的なバルブスプリング式はオープン側のみ)なので、まずは製造コストがかさむ。そして部品点数の多さは、緻密に設計・製造しないと摩擦ロスの増加につながる。
またバルブクリアランス(カムやロッカーアーム、フィンガーフォロワーと、バルブステムとの隙間のこと。熱膨張に対応するため、適切な隙間が必要)を調整するのも一般的なバルブスプリング式より難易度が高いため、メカニックにもスキルが要求される。
というワケで、これらのデメリットを克服するのはけっこう大変。長くデスモドロミックを手掛け、技術を磨き上げてきたドゥカティだから実用化が可能だった、と考えられる。
MotoGPマシンにはバルブスプリングが無い!?
市販車はともかく、性能追求のために技術やコストをふんだんに投入できるMotoGPマシンの場合、バルブスプリングのデメリットはどうしているのか? ドゥカティを除くMotoGPマシンはニュウマチックバルブと呼ばれる「空気バネ」を使っている。
これは金属製のバルブスプリングの代りに、シールで密閉した空間に入れた空気(正しくは窒素ガス)を往復させる仕組み。金属スプリングのように共振せず(バルブサージングを起こさない)、空気が出入りするのでパワーロスも無い(カムを追従させるのに反発力を強くする必要が無い)。もちろん空気なので、金属より圧倒的に軽いのも大きなメリットだ。
ニュウマチックバルブは先に四輪F1で採用され、MotoGPマシンは2002年にアプリリアが初めて採用。06年にスズキのGSV-R、そして08年にホンダRC212VとヤマハYZR-M1が採用し、現在はドゥカティ以外のすべてのマシンが装備していると思われる。
それではデスモドロミックとニュウマチックバルブ、どちらが優れているのか? MotoGPマシンにおいて優劣を決めるのは難しいが、ニュウマチックバルブは現時点では市販車には採用できない特殊な装備、というのが現実。なぜなら数百km走行毎に空気(窒素ガス)を車体に積んだ専用のタンクに充填しなければならないからだ(保管時も空気圧の維持が必要)。
対するデスモドロミックは、MotoGPマシンとほぼ同様の機構が多く市販モデルに採用されている。これはすごいことだ。
超豪華なリアルレプリカだがニュウマチックは非装備
―― 2022年 ホンダ RC213V
ホンダのMotoGPマシンは、2008年のRC212Vからニュウマチックバルブを初めて採用し、現在のRC213Vも装備している。
―― 2105年 ホンダ RC213V-S
MotoGPマシンのリアルレプリカとして登場(国内販売価格は2190万円)したが、ニュウマチックバルブは採用されなかった。
公道を走れるMotoGPマシン
―― 2008年 デスモセディチRR
MotoGPファクトリーマシンのデスモセディチGP6のフルレプリカ。エンジンはカムギヤトレーンの90度V型4気筒で、もちろんデスモドロミック機構を装備。カムのプロファイルやバルブタイミングまでGP6と同じといわれる。日本での販売価格は866万2500円。 [写真タップで拡大]
ドゥカティは市販車もデスモドロミック
前述したように、ドゥカティは多くの市販モデルにデスモドロミック機構を採用。パニガーレV4等スーパーバイク系のV型4気筒はもちろん、水冷のV型2気筒エンジンもカムやバルブ周りはMotoGPマシンとほぼ同じレイアウトだ(カムシャフトの駆動方式はMotoGPはギヤ、市販モデルはチェーンまたはコグドベルト)。
またネオクラシックなスクランブラーが搭載する空冷L型(90度)2気筒の「デスモデュエ」はSOHCの2バルブだが、もちろんデスモドロミック。古くは1979年の500SLパンタに始まり、40年以上も熟成と進化を重ねるドゥカティ伝統のエンジンだ。
ちなみに、もっともリーズナブルなV4デスモドロミック搭載車はストリートファイターV4の268万9000円。このプライスでMotoGPマシンに極めて近似したエンジンを手にして味わえるのは、間違いなくドゥカティだけだ。
MotoGP直系のV4エンジンを搭載
―― 2023年 パニガーレ V4 R
スーパーバイクレースのレギュレーションに合わせた排気量998ccのホモロゲーションマシン。レブリミットは1万6500rpmで218psを発揮。レーシングエキゾースト装着で237ps、さらに専用オイルを用いれば240.5psに達する。
―― 2023年 ストリートファイター V4S
パニガーレV4をベースとする1103ccのデスモセディチ・ストラダーレ・エンジンは208psを発揮。バイプレン(複葉)タイプのウイングレットも装備するスーパーネイキッドだ。
2気筒もデスモ装備!
―― 2023年 モンスター SP
かつては異端と呼ばれたが、いまやドゥカティを代表するスポーツネイキッド。エンジンはテスタストレッタ11°、水冷の90度V型2気筒4バルブは937ccで111psを発揮。
―― 2023年 スクランブラー ICON
ドゥカティ伝統の空冷L型(90度)2気筒はデスモドロミックの2バルブで、803ccから73psを発揮。排気量の大きいスクランブラー1100(1079cc)も空冷デスモを搭載する。
じつはノンデスモ車も存在する
じつはドゥカティの市販モデルで、デスモドロミックを採用しないエンジンもある。2021年に登場したムルティストラーダV4が搭載する「V4グランツーリスモ」エンジンで、発表間もないディアベルV4もこのエンジンを積んでいる。
これを残念に感じたドゥカティファンも少なからずいるだろうが、V4グランツーリスモにはフィンガーフォロワーなど高性能エンジンの最新トレンドをしっかり投入している。そしてバルブクリアランス点検/調整:6万km、オイル交換:1万5000kmという、驚くべきロングスパンのメンテナンスサイクルを実現。デスモドロミックの性能とメンテナンスの難易度を、耐久性の側に大胆に逆振りしたともいえ、これもドゥカティの技術力を示す一端だろう。
―― ムルティストラーダ V4S
2021年に初めてV4エンジンを搭載したムルティストラーダ。新規に開発した「V4グランツーリスモ」エンジンは、デスモドロミック非搭載のバルブスプリング仕様。排気量はパニガーレやストリートファイターを上回る1158cc。
―― ディアベル V4
2023年モデルとして新登場のディアベルV4は、ムルティストラーダ系の「V4グランツーリスモ」エンジンを搭載する。
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