“ホーム”の富士スピードウェイで過去「10戦9勝」を誇るトヨタが、2015年以来2敗目を喫した。多重クラッシュに始まり車両トラブルやバトル中の接触、それらの影響でセーフティカー出動し、さらにはペナルティによる順位変動など数多くの“事件”が起きたWEC世界耐久選手権第7戦は、2024年のチャンピオンシップ争いが佳境を迎えるなか、このシリーズの競争が激しいものであることをあらためて実感させる一戦となった。
ここではそんなWECの日本ラウンド『富士6時間耐久レース』決勝日の各種トピックをお届けする。
平川亮へのペナルティに激昂するトヨタ技術首脳「ポルシェは我々を押しのけた」/WEC富士
■兄弟が表彰台で再会
富士スピードウェイで行われた、最後から2番目のレースを制した6号車ポルシェ963(ポルシェ・ペンスキー・モータースポーツ)を駆るケビン・エストーレ、アンドレ・ロッテラー、ローレンス・ファントール組は、今シーズン初のリピートウイナーとなり、ポルシェにシリーズ通算20勝目をプレゼントした。
これはロッテラーにとってキャリア通算12回目の勝利となるが、青い目を持つ侍が“第二の故郷”と呼ぶ日本では初めての総合優勝となっている。ロッテラーはそのキャリアの大部分をスーパーフォーミュラ(旧フォーミュラ・ニッポン)とスーパーGTで過ごしてきた。僚友のエストーレはLMGTEプロクラスのマシンを駆り2018年のWEC富士のウイナーになって以来10回目の優勝を果たし、ファントールは3回目の優勝を果たした。
日曜日のレースは、兄弟ドライバーがWECの表彰台を共有した2回目のレースとなった。ローレンスとドリス・ファントール(15号車BMW MハイブリッドV8/総合2位)は、2014年にSMPレーシングからLMP2クラスに参戦し同じ偉業を達成した、キリルとアントンのラディギン兄弟に続いている。
ファントール家の兄、ローレンスは次のように語った。「少し感慨深い。これは世界選手権だからね、めったにあることではないと思う。僕たちふたりにとってこれはお互いのキャリアの夢だし、ドリスもすぐにレースで勝つと思う。家では家族全員が喜んでいて、目に涙を浮かべている者もいた。間違いなく、僕たち全員が長い間記憶に残る特別な瞬間だ」
■ポルシェをヒヤヒヤさせたふたつの出来事
開幕戦カタール以来となる今季2勝目に向け、とくにレース終盤は盤石に見えた6号車ポルシェの走りだったが、TGRコーナー(ターン1)で止まりきれず飛び出すシーンは陣営を緊張させた。このとき『963』をドライブしていたエストーレは、ブレーキペダルに付着した液体のせいで「怖い」瞬間を経験したことを明かした。
「みんな信じてくれないけど、あれ(無線での「滑った」という報告)は本当だったんだ。エアコンに大量の結露した水がたまっていて、それがペダルにかかったのだと思う。それでターン1に向けてブレーキを踏んだのだけど、足元に思ったようなグリップがなかったんだ。怖い瞬間だったけど、幸いなんとかなったよ」
ポルシェ6号車はレース後、タイヤの空気圧違反で戒告処分を受けている。これについてポルシェ・ペンスキー・モータースポーツのマネージングディレクターであるジョナサン・ディウグイドは次のように説明した。「終盤は基本的にクルマをケアしていた。それによってペースが落ちたのでタイヤの空気圧が制限値をわずかに下回った。しかし、ケビン(・エストーレ)にもう一度プッシュするように指示をすると空気圧は適正値に戻ったので問題はなかった」
マット・キャンベル駆る5号車ポルシェ963と小林可夢偉がドライブしていた7号車トヨタGR010ハイブリッドがAコーナー(コカ・コーラコーナー)で接触したアクシデントについてコメントを求められた同氏は、「(可夢偉は)あの後方の位置から多くのことを期待していた」と述べた。スチュワードは件のアクシデントの非がTGRのドライバーにあると判断し、シーズン終了までの執行猶予が付いたドライブスルー・ペナルティを可夢偉と7号車トヨタに科している。
■トヨタの“タラレバ”
トヨタのテクニカルディレクターであるデイビッド・フルーリーは、事故後に可夢偉がダメージを負ったマシンをピットガレージまで戻したあと、デフが壊れていることが明らかになった時点で7号車のリタイアを決定したと語った。「修理をするには時間が掛かりすぎただろうし、デフが壊れた状態でトラックに出すのは危険すぎた」
チーム代表と7号車のドライバーを兼務する可夢偉はレース後、記者団に対し、もしバーチャルセーフティーカー(VSC)とその後のセーフティカー(SC)ランがフルコースイエロー(FCY)であったなら、姉妹車の8号車はスプラッシュを免れ、ホームレースで勝てたかもしれないと語った。
「もし通常のFCYだったら、8号車は計画どおりに1回少ないピットストップでフィニッシュすることができ、おそらく勝てる位置にいたはずです」と可夢偉。「反対に(SCが導入されたせいで)純粋なパフォーマンスの戦いになってしまい、こうなると決して勝つことはできなかったでしょう」
プジョー・スポールのオリビエ・ジャンソニは、ミケル・イェンセン/ニコ・ミューラー/ジャン-エリック・ベルニュ組の93号車が総合4位に入り、改良型プジョー9X8がベストリザルトを更新したことに満足感を示すとともに、レース終盤に向けてタイヤを温存する戦略をとったチームの決断を評価した。
「我々は直接のライバルよりも多くのタイヤを節約していたため、レースの最後にペースを上げることができた」とジャンソニは述べた。「序盤は多少の犠牲が必要だったが、この結果はチームの努力の賜物だ」
■フェラーリがアストンマーティンに並ぶ
ビスタAFコルセのドライバーであるトーマス・フロー、フランチェスコ・カステラッチ、ダビデ・リゴンの3名は、前年のフェラーリ488 GTEエボでのGTEアマクラス優勝に続き、WEC富士で大会2連覇を飾った。フローとカステラッチは2017年に富士スピードウェイでの初めての勝利を飾り、今回で3勝目を挙げたことにある。
彼らとチームを組むリゴンは、シリーズ通算7勝目をマーク。このフェラーリのファクトリードライバーは、これまでに出場したすべてのクラス(GTEプロ、GTEアマ、LMGT3)でWECレースの優勝トロフィーを手にしている。
日曜日の美酒はフェラーリ296 GT3のWEC初優勝となり、マラネロのスーパーカーブランドは2024年に新設されたLMGT3クラスで優勝した4番目のメーカーとなった。また、フェラーリは富士で最多勝を誇るアストンマーティンに並ぶ7勝目を挙げている。偶然にも54号車の優勝は、フェラーリにとってWECのGT部門での54回目の勝利と重なった。
一方、ビスタAFコルセの姉妹車である55号車のフェラーリは、レース開始直後にポールポジションから後退し、最終的に6位でフィニッシュした。これについてアレッシオ・ロベラはABS(アンチロック・ブレーキ・システム)を失ったことが主な原因だと明かした。
ロベラはSportscar365に対し次のように語った。「レース中ずっとABSなしで走っていたが、簡単ではなかった。クルマのバランスがまるで変わってしまい、リヤタイヤのデグラデーション(劣化)がさらに進んでしまった。それでも優勝したシスターカーとの差はわずか20秒だったから、この問題がなければ優勝争いに加われたかもしれない」
■2年連続リタイアゼロから一転
LMGT3クラスで、ダブルスティントでの最速アベレージを記録したドライバーに贈られる『グッドイヤー・ウイングフット・アワード』は今回、TFスポーツのチャーリー・イーストウッドが受賞した。彼がトム・ファン・ロンパウ、ルイ・アンドラーデとともにドライブした81号車シボレー・コルベットZ06 GT3.Rはアルピーヌのハイパーカーに追突されて後退したものの、今季ベストとなる4位でフィニッシュした。
「レースを通して僕たちは本当に良いポジションにいた」と語ったイーストウッド。「残念ながら、ハイパーカーが最終コーナーでブレーキングをミスし、その煽りを食らってスピンしてしまった。彼(シャルル・ミレッシ/35号車アルピーヌA424)はドライブスルーを受けたけれど、それが私たちのレースを台無しにしたことには変わりない。最低でも表彰台、そしておそらく今日の勝利は、他の誰かのミスによって逃がされてしまった」
一方のミレッシは最終的には自身の非を認めたものの、イーストウッドの動きを問題視するコメントを残している。「僕としては何もできなかった。彼は左、右、左、右と動いていて、どこに向かっているのか分からなかったんだ」とミレッシ。「内側に入ろうとしたが、彼は最後の瞬間に動いた」
TFスポーツの姉妹車で、日本人ドライバーの小泉洋史が予選に続き決勝の序盤も好走を見せた82号車シボレー・コルベットZ06 GT3.Rは、1回目のピットストップ時にスターターモーターに問題が発生。レースの前半で10周遅れとなり最後にはパワーを失ってリタイアとなった。
プロトン・コンペティションの77号車フォード・マスタングGT3は、ピットロードでオフィシャルの指示を守らなかったとして、一分間のタイムペナルティを科された。関係するスチュワードのブルテンには、「77号車が作業エリアで停止したとき、チームはピットレーンのマーシャルから、クルマのバックウインドウがなくなっているためコースに戻る前に修理する必要がある、と指示された。チームはその指示に従わずにクルマをリリースした」とある。なお、このペナルティによる最終結果への影響はなく、77号車はLMGT3クラス15位で今大会を終えている。
ハイパーカークラスで見られた6台のリタイア(リタイア5台+未完走1台)は、ル・マン24時間レースを除けば今シーズン最多であり、レギュラーレースにおける同クラス最多を更新する数となった。なお、富士では2022年と2023年の両レースでハイパーカーのリタイアは0台だった。
2024年WECのシーズンフィナーレとなるバーレーン8時間レースは、10月31日(木)から11月2日(土)にかけて、バーレーン・インターナショナル・サーキットで開催される。翌3日(日)は毎年恒例のWECルーキーテストが実施される予定だ。
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