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シトロエンが導いた過小評価 マセラティ・カムシン 折り紙デザインのグランドツアラー 前編

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シトロエンが導いた過小評価 マセラティ・カムシン 折り紙デザインのグランドツアラー 前編

スタイリングに魅了されるグランドツアラー

現実が白昼夢のような時間を断ち切った。50年前とさほど変わらない景色は素晴らしい。だが、この一帯で唯一となる古民家の住人は、騒がしいクラシックカーがあまりお気に召さないらしい。怒鳴られないように、そっとスピードを落として通過する。

【画像】折り紙デザイン マセラティ・カムシン ミドシップのボーラ 現行のギブリとMC20も 全119枚

何しろ、筆者が運転しているモデルは静かではない。クワッドカムのV8エンジンをフロントに積んだ、マセラティ・カムシンなのだから。

ロータリー交差点で向きを変える。深みのあるレーシング・ブラウンに塗られた、美しいボディへ当たる光が変化する。インテリアは目にも眩しいライムグリーン。こんなカラーコーディネートを着こなせるモデルは少ない。

長い歴史を持つマセラティは、多くの成功作を生み出してきたが、それと同じくらい多くの失敗も繰り返してきた。近年に生み出された傑作を選び出すなら、ウェッジシェイプのカムシンは、候補の1台に加えても問題ないだろう。

これほどスタイリングに魅了されるグランドツアラーは、歴代を振り返っても数少ない。キャリアの黄金期を迎えていた、ベルトーネのマルチェロ・ガンディーニ氏が自らペンを走らせ生み出した。

われわれの目前にこの姿が表れたのは、1972年のイタリア・トリノ自動車ショー。当初はマセラティのエンブレムが与えられていなかったが、ほぼ変わらぬ印象的な姿で量産がスタートした。

エンジンはギブリと同じ4930cc V型8気筒

成功作となった初代ギブリの後継を創出することは、簡単な仕事ではなかった。実際のところ、マセラティはさほど真剣に取り組んでもいなかったようではある。当時は既に、ボーラというミドシップ・スーパーカーが存在していた。

リアがリジッドアクスルだったギブリとは異なり、カムシンは前後に独立懸架式のサスペンションを採用。2+2と呼ぶには少々狭かったが、リアシートと豪華な内装が与えられていた。

トライデントのロゴがあしらわれるだけあって、高い動力性能も求められた。エンジンは、技術者のジュリオ・アルフィエーリ氏が設計した、ギブリと同じ4930ccのV型8気筒。各バンクのヘッドに、チェーン駆動のカムが2本づつ搭載された。

その中央に構えたのは、4基のウェーバーキャブレター。大気を勢い良く吸い込んだ。

1968年以降、マセラティを傘下に収めていたシトロエンの技術的な影響を受けた最後のモデルでもあり、油圧システム「ハイドロ」を搭載。エンジンの最高出力は320ps/5500rpmがうたわれていたものの、機械的な損失が小さくなかった。

速度感応式パワーステアリングやブレーキだけでなく、クラッチにリトラクタブル・ヘッドライト、パワーシートの動力源もハイドロ。高い油圧を常に生み出すため、相応のエネルギーが必要だった。

最大トルクは48.8kg-m/4000rpmと太く、5速の6250rpmで届く最高速度は275km/hがうたわれた。少々甘い数字といえたが、ガンディーニのデザインはそれくらい出そうに見えた。

ガンディーニの「折り紙」スタイリング

1968年に発表されたコンセプトカーのアルファ・ロメオ・カラボを皮切りに、ガンディーニは平滑なボディ面をシャープなラインで変化させる「折り紙」デザインを発展。カムシンは、その全盛期に描き出された。

いわゆるウェッジシェイプの1つといえるが、それ以外の例とは異なり鋭角的なフロントノーズは得ていない。面構成もフラットではなく、微妙なカーブが与えられていた。

同時の自動車メディアの反応は様々だった。ロード&トラック誌は、印象的で美しくバランスの取れたラインだと、高く評価した。一方で、美学的には面白みに欠けると、冷ややかな媒体もあった。

同時期のマセラティに準じて、カムシンのスチール製ボディは鋼管パイプを溶接したチューブラーフレーム構造が支えた。シンプルでありながら、優れた剛性を確保していた。

リア半分は独立したサブフレームが用意され、メインフレーム側と4点で結合。巨大な燃料タンクと、ハイドロによるブレーキとステアリング・システムがマウントされた。

サスペンションは、シトロエン時代のマセラティとしては一般的なメカニズムが選ばれている。前後ともにダブルウイッシュボーン式にコイルスプリングとダンパー、アンチロールバーというセットだ。リア側は、コイルとダンパーが2本づつ支えた。

1983年まで続いたカムシンの生産

カムシンが不運だったのは、量産版の発表が1973年でオイルショックと重なったこと。実際に生産がスタートした1974年には、エキゾチックな大排気量グランドツアラーの需要はすっかり消え失せていた。

現金を必要としたシトロエンは1975年にマセラティを手放し、好機と捉えたアレハンドロ・デ・トマソ氏が政府の資金援助を受け買収。政治的にも経済的にも不安定だったイタリアだが、カムシンの販売は1983年まで続けられた。

最終的な生産台数は、421台といわれている。10年のモデルライフで僅かにスタイリングの変更を受けていたが、最後まで印象的な姿は変わらなかった。1976年には、フロントノーズ部分に冷却用スリットが追加されている。

そんなカムシンは、近年まで見過ごされてきたクラシックだといえる。今回ご登場願った、フェイスリフト後のボディをまとったブラウンの1台は、マセラティの経営に携わったマリオ・トッツィ・コンディヴィ氏が初代オーナーだった。

英国のマセラティ代理店だったMTCカーズも経営していた彼は、ルシデル・ボスコ(森林地帯の明かり)のボディにヴェルデ(グリーン)のインテリアという組み合わせでオーダーしている。このカラーコーディネートで仕上げられた、唯一の右ハンドル車になる。

英国へ届けられると、コンディヴィ個人のクルマとしてMAR 10のナンバーで登録された。当時のAUTOCARにも登場しており、個性的な色の組み合わせは読者に強い印象を残したはず。

この続きは後編にて。

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