楽勝と思われたモナコGPを落としたフェラーリ。ピットストップの判断ミスで、勝てるルクレールを4位にまで落としてしまった。モナコでは咄嗟の判断力と柔軟な作戦に加え、天候と路面状況を把握することがとても重要だ。加えて、レース展開には喜怒哀楽のヒューマンファクターなど、いろいろな要素が混ざり合う。今回、雨のモナコではタイヤ選択と交換タイミングがキーとなった。レースウィーク最速のルクレールがなぜこんな結果になったのか。元F1メカニックの津川哲夫氏が解説する。
文/津川哲夫
写真/Ferrari,Mercedes,Redbull,McLaren
【モナコGP】カルロスとの同時ピットインで全てを失ったルクレール 最強マシンをもつフェラーリよ、これでいいのか?
レッドブル、フェラーリ、メルセデス。各チームそれぞれ違った問題を抱えている
絶妙なタイヤ交換でトップに躍り出たペレス。後半タイヤに苦しんだが見事優勝した
第7戦、モナコを終えてトップを走るレッドブル。しかし信頼性の確立にてこずり、未だに問題を抱えたまま、薄氷を踏むレースを続けている。問題は多岐にわたり、油圧問題、燃料システム問題などで数レースを失ってきた。
いっぽうで、フェラーリは開幕から最強を誇示するも、タイヤマネージメントを達成できず、レース終盤で競争力を落として失ったレースも多い。バルセロナでのアップデートは成功したものの、完全解決には至っていない。加えてチーム全体にのしかかる勝利へのイタリア的、フェラーリ的なプレッシャーが、適確かつ柔軟性を要求される判断力を惑わしている。
メルセデスに至っては、これまで絶対の力を誇っていたという過去の栄光がガラガラと音を立てて崩れている。W13の問題は現実の機械的な問題と言うよりも、今シーズンのW13を造り上げる根源から選択を誤ったように思える。コンセプトへの自信か、あるいは奢りか、単なるミステイクか……。
2014年に新世代F1へ乗り出したとき、メルセデスには壮大なコンセプトがあった。新世代に突入するまでの3年以上も前からコンセプトを熟考し、その成功のために機械的、人間的、経済的、政治的、経営的、社会的に……持てる力そして考えられる全てを駆使して新時代のスタートを切った。その結果、8年連続でコンストラクターズ・ワールドチャンピオンを獲得し、新世代F1時代を席巻してきたのだ。
ところが今シーズン、これまで成功してきたチーム哲学は発揮されず、出だしから大きくつまずいてしまった。今シーズンへのコンセプトでは、この新旧ハイブリッド新時代の要求を満たすことはできなかった。エアロとメカニカルの両立が出来ず、さらに新時代の政治を旧時代にメルセデスが行ったようには掌握することが出来ていなかった。現状ではこのチーム、既にミッドフィールダーのワン・オブ・ゼムに甘んじている。もちろん力もあり、リソースも潤沢なチーム、切り替えは出来るはずだがそれがいつになるのかは、モナコを見る限り、だいぶ遠くなってしまったような気もする。
今回はいいところがなかったマックス。予選が全てだったか
最速マシンをもつフェラーリチームの問題点
フェラーリは、現在の上出来なマシンを得た事で大きな希望を持った。F1-75は昨年のシーズンを捨ててまで、開発に総力を上げてきたマシン。細部まで繊細な開発が行われてきた。結果、開幕からその速さを誇示し、その速さ故に今シーズンはいよいよフェラーリの年か? とまで噂されてきた。しかしシーズンが進むにつれて、フェラーリの強さにほころびが見え始めている。
フェラーリはこれまでメカニカルには強力な信頼性を誇っていた。しかしこれがモナコでは、メカニカルではなくチームの信頼性にヒビが入った。これはこれまでのレースでも感じられていたことだが、チームのミスで、勝てるレースを落としてしまっている。マシンの出来の良さには問題はないのだが、ドライバーを含めたチーム全体の信頼性が揺らいでいるのだ。
かつてのフェラーリ黄金時代、フェラーリの勝利はシューマッハの力だけではなく、チーム全体のきっちりと管理された総合力が根底にあった。計画的に物事を運び、作戦を駆使し……まさに管理レースが行われていたわけだ。この管理にはドライバーもデザイナーもマネージメントもメカニックも含まれ、強力な指揮者によって管理運営されてきた。ジャン・トッド、ロス・ブラウン、ロリー・バーン、ミハエル・シューマッハ……などがその指揮官であった。
ピットミスが後を引き、2位になったサインツにも笑みがなかった
周回遅れの処理に手間取ったサインツ。ペレスに先を行かれてしまった
フェラーリは今、その指揮官がいない。それぞれの部門には立派なリーダーがいる。だからこそF1-75と言う傑作が産まれたのは確かだ。しかしこと戦略や咄嗟の判断力を要求される事象が起きた場合に、フェラーリ・チームにはその判断をする指揮官が欠けている。もちろんビノットのことだけを語っているわけではなく、彼をも含めての強権指揮官が必要そうだ。
フェラーリに必要なのは、チームを構成する風通しの良い骨格造りなのではないだろうか。F1-75が上出来過ぎたことで、フェラーリは勝利への準備が整ったと思ったかもしれない。しかし現実には勝利は遠のき、上出来のマシンだけが行き場を失い空中を漂っている。昨シーズンを捨ててまで、F1-75の開発に打ち込んだことで、F1-75は上質なF1マシンとして生まれたが、それを使うチームが力不足だ。
マシンが速くてもチーム力なくしてF1チャンピオンにはなれない
フェラーリ黄金時代の終りに、その時代を造り上げてきた管理システムは結局消滅してしまい、それ以前の渾沌のフェラーリに舞い戻ってしまった。
今のフェラーリの誤算は、F1-75が上出来過ぎたことで、“チーム力なくして勝利を得る事は出来ない”と言う簡単な理屈を忘れたことかもしれない。もしそうならこれは勝利を失う大誤算になってしまうかも…。
津川哲夫
1949年生まれ、東京都出身。1976年に日本初開催となった富士スピードウェイでのF1を観戦。そして、F1メカニックを志し、単身渡英。
1978年にはサーティスのメカニックとなり、以後数々のチームを渡り歩いた。ベネトン在籍時代の1990年をもってF1メカニックを引退。日本人F1メカニックのパイオニアとして道を切り開いた。
F1メカニック引退後は、F1ジャーナリストに転身。各種メディアを通じてF1の魅力を発信している。ブログ「哲じいの車輪くらぶ」、 YouTubeチャンネル「津川哲夫のF1グランプリボーイズ」などがある。
・ブログ「哲じいの車輪くらぶ」はこちら
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