評価の低さは不当か
30年以上前、ジャガーはXJ220という画期的なクルマを発表した。官能的なルックスに加え、ツインターボによる圧倒的なパフォーマンスを持つスーパーカーである。
【画像】時代に見放された不運の名車【ジャガーXJ220を写真でじっくり見る】 全41枚
しかし、登場するタイミングと運が悪かったことから、決して良い印象を持たれていないのもまた事実。だが、それは公正な評価と言えるのだろうか? AUTOCAR英国編集部のアンドリュー・フランケル記者が検証する。
ひりひり伝わる危なっかしさ
ジャガーXJ220を見るだけで、他のスポーツカーでは味わえないようなスリルを感じることができる。マクラーレンF1は控えめで目に入らないし、反対にフェラーリF40はスズメバチのような存在だ。ランボルギーニ・アヴェンタドールの方が視覚的には狂気を帯びているが、心に引っかかるフックの強さはジャガーが勝る。
その魅力は、衝撃的なまでに大きいボディに、キース・ヘルフェット氏のデザインが筆舌に尽くしがたい美しさを加えていることにある。
XJ220は、巨大なパワー、過去半世紀のアストン マーティンに劣らぬル・マンでの成功、そして驚異的な希少性を兼ね備えている。製造されたのはわずか283台で、絶滅危惧種であるフェラーリ288GTO(272台)よりもわずかに多い程度。
しかし、GTOと同じようにグループCカーのエンジンを積んでいるにもかかわらず、XJ220はこれまで数十年の間、世間から愛されず、作り手にとっては恥ずべき存在だった。
喧騒の中で生まれた不運な猫
今さら古傷をえぐるようなことはしたくないが、簡単に言うと、ジャガーは1988年のバーミンガム・モーターショーでXJ220のコンセプトを発表した(写真)。4カムV12エンジンと四輪駆動システムを搭載するため、必然的に巨大なものとなった。マーガレット・サッチャーが率いる強気経済の最後の狂騒の中で、世界中がこのクルマに熱狂した。
ジャガーは、トム・ウォーキンショー氏(1946-2010)に製作を依頼し、市販仕様を完成させた。構造用接着剤とリベットで接合されたアルミニウム製チューブに、TWRが開発し、IMSAとグループCレースでジャガーXJR-10を優勝に導いたエンジンを搭載する後輪駆動車だ。
350台の生産が決定し、予約金として5万ポンドを集めるのも難しいことではなかった。しかし、開発が進んで納車の準備が整う頃には、世界経済が大きく冷え込んでいた。予約した350人の中には、契約を破ろうとする投機家もいれば、新車の代金を支払う意思も手段もない人もいた。
売買契約に関する騒動は、最終的には法廷に持ち込まれるほど大きくなった。ジャガーは有利な判決を勝ち取ったが、泥沼の状況を脱することは出来なかった。
その頃、1台のクルマにこれだけの金額を費やす余裕のある人々の関心は、英サリー州のウォーキングという町に引き寄せられていた。そこではマクラーレンの小さなプロジェクトが具体化しつつあったのだ。
エンジン始動 蘇る栄光
今となっては、そのような紆余曲折を気にしなくてもいい。英スタッフォードシャーのドン・ロー・レーシング社のガレージを開けると、2台のレースカー仕様と最高出力680psのXJ220 Sを含む14台のXJ220の姿に、文字通り息を呑むことだろう。代表のドン・ロー氏は「ミスターXJ220」として、世界中の誰よりも多くのXJ220を世話しているのだ。
今回は、彼が所有する9台のプリプロダクション・プロトタイプのうちの4台目を貸してくれることになった。この車両は、アンディ・ウォレス氏が343km/hで走らせるなど、タイヤ開発の原点となった1台で、その後数シーズンをレースカーとして過ごした後、標準のロードカー仕様に戻された。最高出力550ps、最大トルク65.8kg-mを発揮する。
湿っぽい朝日の下に引き出すと、公道で使うにはあまりにも突飛な存在に思えてくる。599GTBの全幅は2.0m弱だが、ジャガーはそれ以上だ。全長は11cm長く、全高は20cmも低い。まったくもって威圧的だ。
そして、運転席に座ってみる。フロントガラスはほとんど水平で、その先端はミニバン1台分くらい遠くにあるように見える。ドライビングポジションは非常に快適で、シートも素晴らしいものだが、どう見ても他のクルマの半分も走れそうにない。後方視界は狭いというより、ほとんどないに等しい。
しかし、今さら引き返すことはできない。キーを回し、ボタンを押し、V6の音を聞く。チェーンドライブのカムシャフト、ターボエンジン、怒りに満ちた醜い栄光。20年前の光景や音の記憶が、まるで先週のことのようによみがえる。
ピュアな走り 意外な日常性
小雨で湿った路面に、筆者はノーズを慎重に突き出す。XJ220はウェット路面に強いという評判があるが、ABSさえもない。完全にアナログなクルマなんだ。ドン氏の息子でレースドライバーであるジャスティン氏は、直線で270km/hで4速から5速へシフトチェンジしたとき、クルマが一回転したという。嬉しいことに、XJ220はAピラーまで破壊されてもフロントガラスが割れないほど丈夫なクルマでもある。
最初は幅が広く、動作が重く、面倒な感じがする。ステアリングからブレーキ、クラッチ、ギアシフトに至るまで、すべてが重い。乗り心地は硬いが、恐れていたようなひどいものではなかった。エンジンと巨大なタイヤのせいで車内の騒音レベルはかなり高いが、非文明的というわけではない。今日でも、欧州の風変わりな人たちは大陸を移動するツールとしてXJ220を使っているが、その理由がよくわかる。
1年おきに7000ドル(約110万円)の点検が必要だが、しっかり手入れをすれば非常に信頼性が高いそうだ。
今度は速く走らせなければならない。タイミングを見計らい、ホイールスピンを最小限に抑えるために3速を選択し、走り出す。2500rpmではまったく面白みがないが、3000rpmを超えると、飛ぶように回っていく。ビッグターボと燃料噴射は、現代のシステムに比べれば、加圧された給水缶のような大雑把なものだ。
そして、7200rpmまで絶え間なく上昇する。20年前、XJ220は0-97km/h加速3.6秒を達成したが、四輪駆動やトラクションコントロール、ローンチコントロール、パドル、ハイグリップタイヤなどは装備されていなかった。そのため、実際には3秒を切るポテンシャルを持っていることは間違いないだろう。
高速で輝く にわかドライバーには乗れない
そのまま加速していくと、突然、別世界にいるような感覚になる。自動車ジャーナリストという仕事を始めてしばらく経つが、速度によってこれほど性格が変わるロードカーを他に思い出すことはできない。サスペンションに負荷がかかり始めると、かつては鈍重で不器用だったこのクルマが、手の中で生き生きと動き出す。ステアリングは奇跡的で、巨大なボディを正確に操ることができる、想像をはるかに超えるものだ。
高速コーナーでのグリップは、普通のタイヤでは不可能に思える。陳腐な表現だが、XJ220はダウンフォースもしっかりしている。実際よりもサイズが小さく感じられるのだ。
一度だけ、冷や汗をかく場面があった。タイトなコーナーから急加速で立ち上がるとき、筆者は3速にシフトチェンジしてアクセルを踏み直した。ターボが吹け上がり、幅345mmの巨大なブリヂストンタイヤ(リア)のグリップが濡れた路面から引き剥がされ、車体が横滑りする。乗員の1人が眉をひそめ、もう1人が手首をひねって走行を再開するのに十分すぎるほどの時間だ。
現代のスーパーカーでは、このような事態が起こったとしても、電子制御の救世主か何かが気づかないうちに修正していることだろう。
運命に踊らされた名車
数時間、何百マイルも走った後、ドン・ロー・レーシングに戻ると、XJ220の運命について考えずにはいられなくなった。
20年前、ジャガーと顧客との間で起きたいさかいの善し悪しがどうであれ、その真ん中に立っていた罪のない当事者はXJ220であったように筆者には思える。適切な条件下では最高のドライビングツールであり、実質的にこれを上回るには、10倍も20倍も高価なマクラーレンF1やフェラーリF40を持ってこないといけない。
少なくとも1つはっきりしているのは、20年という歳月が傷を癒すのに十分であるということだ。XJ220はこの時代、いや、どの時代においても偉大なスーパーカーとして記憶されるべき存在である。今こそ、その時だ。
技術仕様
2023年の価格:英国で42万5000ポンド(約6840万円)。
1992年の新車価格:40万3000ポンド
製造年:1992~1994年
0-100km/h加速:3.6秒
最高速度:343km/h
車両重量:1470kg
エンジン:V6、3498cc、ツインターボ、ガソリン
レイアウト:ミドシップ、縦置き、後輪駆動
最高出力:550ps/7000rpm
最大トルク:65.8kg-m/4500rpm
出力重量比:372ps/1000kg
トランスミッション:5速マニュアル
全長:4860mm
全幅:2007mm
全高:1150mm
ホイールベース:2640mm
燃料タンク:90リットル
フロントサスペンション:ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、アンチロールバー
リアサスペンション:ダブルウィッシュボーン、コイルスプリング、アンチロールバー
ブレーキ 330mmベンチレーテッドディスク(前)、304mmベンチレーテッドディスク(後)
ホイール:9J x 17in(前)、14J x 18in(後)
タイヤ:245/40 ZR17(前)、345/35 ZR18(後)
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キャンセルが相次いだ。
顧客はレーシングV12 に惹かれていた
パワーや速さだけじゃないんだよ