■記録的な豪雨を考慮し、太くした堤防に埋まる予定
1936年、東京都と神奈川県の境、川崎市の多摩川河川敷に日本初の常設サーキット『多摩川スピードウェイ』が開業しました。3万人を収容したコンクリート製の観客席が、現在も約350メートルにわたって残っています。このモータースポーツ“遺産”が、堤防強化工事によって消えようとしています。
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堤防の傾斜を利用したコンクリート製の観客席は、階段状に10段ほどあります。1周1.2kmのオーバルコースはすでに跡形もなく、野球場やサッカーコートに変わり、階段に等間隔にあけられた穴が、席を仕切る柵を立てるためだったということを説明されて、ようやく当時の姿に思いを馳せることができる、という状況です。もう長く、観客席は草野球や多摩川をのんびり眺める人たちの特等席を提供しています
しかし、そこは戦後の自動車産業で主導的な役割を果たした人々や企業が「全日本自動車競走大會」をはじめとした記念すべき自動車レースを繰り広げた場所でした。4輪車レースだけでなく、戦後も2輪車レースが開催され、見る人に楽しさを提供しながら、車両性能を磨く場所でした。
堤防の強化工事の必要性が実感されたのは、2019年10月12日の台風19号の影響による豪雨でした。多摩川周辺でも当時の最多雨量を記録し、川崎市でも浸水被害が多発しました。
そのため、多摩川流域を管理する国土交通省京浜河川事務所は強化工事に着手。多摩川スピードウェイの跡地がある丸子橋付近(川崎市上丸子天神地区)でも、2021年10月の強化工事着手が示されました。
「堤防のかさ上げは数10cm程度ですが、幅を4mから5mほど太くする計画です。堤防の外側は住民の生活道路が走っているため、川側に工事をする必要が出てきます。強化工事を行うと、階段堤防は土の中に埋まることになります」(京浜河川事務所)
河川事務所にとって、ここは観客席ではなく“階段堤防”なのです。
■記念プレートは保存が決定
この動きに対し、日本のモータースポーツの黎明期を知る有志の任意団体「多摩川スピードウェイの会」(片山光夫会長)は反発します。
「壊すことが前提となって話をしているので考え方が合わない。堤防強化に反対しているわけではありませんが、すべてを残すことができないという理由を河川事務所は説明していない」(同会・小林大樹副会長)
堤防強化工事の着手は2021年秋。現場準備作業を同年10月に開始し、11月には重機を使った工事が始まる予定です。今年の台風シーズン対策には間に合わないのに、予定ありきで進めようとする姿勢に不信感を募らせています。
多摩川スピードウェイの会は、以前からこの産業遺産を残そうと努力してきました。2016年にはサーキット開場80周年の記念プレートを川崎市に寄贈。福田紀彦市長や堺正章さんらが参加して、現地でにぎやかな除幕式を開催しました。
記念プレートはコンクリートに埋め込まれ、日本初のサーキットの歴史を伝えています。川崎市は多摩川の利用を考える「新多摩川プラン」に跡地の保存を盛り込み、歴史の足跡を残そうとしています。
「60cm四方の記念プレートは移設し、保存することが決まっています。観客席も遺産として残してほしいということを会が申し入れ、河川事務所が検討していると聞いています。そのため川崎市が動く段階ではないと考えています」(産業振興部観光プロモーション推進課)
一級河川である多摩川は、国土交通省の管理。川崎市は寄贈された記念プレートの所有者でしかありません。京浜河川事務所は、多摩川スピードウェイの会の申し入れに応えることができるのでしょうか。
「そのままの形で残すことはできません。違った形で残せるのか。例えばモニュメント的に移設することができるのか。階段堤防が健全かどうかも含めて考えていきます」
多摩川スピードウェイの会・小林副会長は、取り壊しに直面するサーキットについて次のように訴えます。
「この先のアクションとしては難しいものがあります。ただ、着手を先に延ばして考えてることを支持していただき、精神的な面も含めて多くの人に活動を助けていただきたい。我々は今、伝統的な建造物の保存の専門家を探しています。治水という安全と文化は相容れない側面もありますが、国土交通省は残すことを考えていただきたい」
※ ※ ※
堤防は、盛土や連接ブロックで強化されます。再び人々に“多摩川の特等席”を提供することはできるでしょうか。
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