「VWへの愛」を取り戻すための戦略とは?
「Love Brand」とは、2023年からVW(フォルクスワーゲン)が展開しているブランドキャンペーンのこと。かつてのように年齢、性別、職業、居住地、収入等々を問わず、まさにあらゆる層から愛されるブランドへの回帰という意味を込めたメッセージです。
【画像】「えっ!…」これが“VWへの愛”を取り戻す期待のニューモデルたちです(41枚)
このキャンペーンを提案し、実行に移したのが、フォルクスワーゲンAG フォルクスワーゲン ブランドのトーマス・シェーファーCEO(最高経営責任者)です。
今回、オンラインで筆者(島下泰久)のさまざまな質問に率直に答えていただきました。
「VWは皆さまに本当に愛されるブランドだったと思います。一般の方から大学教授、会社のCEOまで、誰にでも、ですね。長い歴史もあり、どこへ行っても“VW”というと、皆さま笑顔で自分の体験を語ってくれるのです。
ですが、私がVWに来たときには、そうした温かみがやや欠けていました。テクノロジーに焦点を当て過ぎたのかもしれません。なので、もう一度皆さまからの“Love”を取り戻そうと志したのが『Love Brand』戦略の発端です」
シェーファーCEOが今のポジションに就いたのは、2022年7月1日のこと。正直、「ゴルフ」などの既存モデルに取って代わる存在として投入された「ID」シリーズが、質実剛健な、それでいて愛らしい雰囲気をかつてほどは感じさせず、我々ユーザーも同じような思いを抱いていたところでした。
では、VWへの愛を取り戻すための戦略、具体的には一体どんなことを念頭に置いたのでしょうか?
「まず、エモーショナルなデザインです。100m離れたところから見ても、すぐにVWだと分かること。そして、それぞれのキャラクターは明快なこと。
続いては、ユーザーエクスペリエンスです。実は、『(室内の)タッチパネルではなく物理スイッチを復活させて欲しい』という声が多かったのです。
あとは広告や宣伝。実在しなそうな人ではなく、リアリティのある人を登場させようとしています。
こうした戦略の再構築は完了したと思っています。大事なのはここから、それをしっかり実行していくことです」
デザインという観点でいえば、2023年3月に発表されたBEV(電気自動車)「ID.2 all」が大きな転換点といえるでしょう。
「ID」シリーズの他のモデルとは異なり、あえて前輪モーター駆動レイアウトを採用し、フォルムは典型的な2ボックスハッチバックに。フロントマスクは柔和な表情とされたそのデザインは、まさに誰もがすぐにVWだと認識できるものになっています。
さて、ではBEV時代に強いブランド性を構築していくために、シェーファーCEOは他に一体何をすべきだと考えているのでしょうか? 他社との差別化のポイントは?
「テクノロジーをお客さまにいかに結びつけるか、ではないでしょうか。カスタマーエクスペリエンスに尽きると思います。
お客さまが望むものをしっかり提供していく。例えばBEVなら、充電時間、航続距離、インフォテインメントシステムの表示、安全性……トータルのパッケージングとして生活をよりよいものにしてくれる存在となることが、差別化につながると考えています」
これまでVWは、積極的にBEVシフトを推進してきました。現在の市場動向をどのようにとらえているのでしょうか?
「変化の速度は市場によって異なります。おそらくPHEV(プラグインハイブリッド)について半年から8か月前に聞かれていたら『将来性にとぼしい』と話していたと思いますが、中国では今、PHEVが伸びてきています。アメリカも新しいトレンドが起きていますし、日本はずっとHEV(ハイブリッド)が人気です。
新しい『ティグアン』、『パサート』、『ゴルフ』にはPHEVを用意していて、これらは電気だけで100kmの走行が可能です」
シェーファーCEOによれば、これらのPHEVモデルは2024年のうちに日本導入が図られるといいます。さまざまなところで報じられているように、現在、世界的にBEV市場は減速基調。つまり、PHEVが主力となる時代がしばらく続くのでしょうか?
「Future is electric……未来はBEVです。2027年までに、全世界で11の新しいモデルを投入する予定です。
カーボンフリーを考えたら、未来はBEVか燃料電池しかないと思います。特に量販車はBEV化が進むと思いますが、しばらくはこれらが混在するはず。お客さまがどれを望んでも応えられるよう、ラインナップをそろえておかなければなりません。判断は難しいですが、10年くらいは過渡期と見て電動化と両立させていきます。
BEVに乗るのは、今までは主にアーリーアダプターの方でした。この先、より多くの方に選んでもらうには、充電器などインフラの整備、そして手の届く価格が重要です。
BEVに一度乗ったら、もうICE(エンジン)車には戻れないでしょう? 時間はかかるかもしれませんが、未来はやはりBEVしかないと思います」
VWの偉大なるアイコン「ゴルフ」の次世代型はBEVになる!?
クルマ好き、VW好きとして気になるのは、未来の「ゴルフ」がどうなるか? ということではないでしょうか?
次世代型「ゴルフ9」はBEVになるといわれていますが、BEVを取り巻く状況が現状のまま続く場合、ハイブリッドも考慮されるのでしょうか?
「『ゴルフ9』は今のところ、SSP(次世代BEV用プラットフォーム)を使ったBEVとなる予定です。でも安心してください。プロポーションも、パフォーマンスも、本物の『ゴルフ』に仕上がるはずですよ。『ゴルフ』ではないものに、その名をつけてもしょうがないですからね。
ですがその前に、まさに2024年に投入する『ゴルフ8.5』が過去最高の『ゴルフ』だということも忘れないでください! PHEVが用意されますし、インテリアも最高のクオリティとなっています。
『ゴルフ8.5』のライフはこの先2~3年くらいを想定していますので、次の『ゴルフ9』の登場は、その先、2020年代の後半ごろとなるでしょう。もちろん、状況に変化があれば、柔軟に対応する用意はあります。戦略の再検討も否定はしませんよ」
「ID」シリーズの第1弾である「ID.3」が登場したとき、これは「ゴルフ」に置き換わるモデルだとアピールされていました。ですが、「ゴルフ9」の存在、つまり今後も「ゴルフ」は残ると解釈していいのでしょうか?
「『ゴルフ』はVWブランドの中核をなすモデルです。ヨーロッパや日本では最重要モデルだといえます。実はグローバルで見ると、最も売れているのは『ティグアン』なのですが、VWブランドを体現しているのは、やはり『ゴルフ』です。
その一方、『ビートル』から『ゴルフ』への移行には29年もかかりました。時代の大きな変化の中、次に踏み出さなければならない大きなステップを考えると、『ゴルフ』の時代が終わりつつあるのかな、とも思っています」
シェーファーCEOの発言を踏まえると、取りあえずはまだまだ「ゴルフ」の時代が続きそうです。けれども、世界がますますスピードを増して変化していく中では、大きな変革のときが来るかもしれない……ということでしょうか。
では、最後にもう1問。「ゴルフ」を含めて車名は今後どうなるのでしょうか?
「VWのラインナップは今、その意味でも過渡期にあります。『ゴルフ』、『パサート』、『ティグアン』などがある一方、『ID』シリーズは1、2、3といった数字によるネーミングとなっています。今後はそれらを整理していくつもりです。数字ではなく、名前をつける方に、ですね」
このシェーファーCEOの回答に、きっと安堵した人も多いのではないでしょうか? 愛したくなるブランド、愛したくなるクルマには、やはり数字よりも親しく呼びたくなる名前がつけられていた方がいいに決まっています。
* * *
半ばユーザーを置いてきぼりにしていた急激な変化ではなく、守るべきところをしっかり押さえながら、変わるべきは大胆に変化していく。興味深いVWの「Love Brand」への変革の行方は、おそらく近日中に上陸するはずの「ゴルフ8.5」を見れば、より明確に伝わってくるに違いありません。期待して待ちましょう。
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