日本国内において最も人気が高い大戦機は、なんといっても「零戦」だ。しかし一方で、ドイツ空軍機に対する人気にも非常に根強いものがある。その代表ともいえるのが、BMW製エンジンを搭載した「フォッケウルフFw190」だ。今回は、今も飛行可能なフォッケウルフFw190と、この機体が搭載した「BMW 801」エンジンなどをご紹介したい。
文/鈴木喜生 写真/藤森篤、V.A.、米国立航空宇宙博物館
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液冷大国ドイツが産んだ空冷式の大戦機
BMW製の空冷星型複列14気筒エンジン「BMW 801」 写真/藤森篤
これまでに筆者は、米国内に残存する5機のフォッケウルフFw190を取材してきた。うち2機は、米国立航空宇宙博物館、いわゆるスミソニアン博物館などが静態保存しているものだが、その他3機はすべて飛行可能な機体である。ヴァージニアにある「ミリタリー・アヴィエーション・ミュージアム」では、同館が保有する「Fw190A-8」の空撮をする機会にも恵まれた。
フォッケウルフFw190を機首正面から眺めると、大きめなスピンナーの根元に強制冷却用のフィンが12枚見える。カウル開口部がギリギリまで絞り込まれているためエンジン自体はあまり見えない。機首が少々強調された印象を受けるが、それは胴体がシュッとしているためだろう。翼幅は零戦五二型の11mよりも短くて10.5mほど。ドイツ機らしい、タイトな造りの機体である。
当時、世界に先駆けて液冷式エンジンの実用化を成功させたドイツは、「メッサーシュミットBf109」などにダイムラー・ベンツ社製の液冷V型12気筒エンジンを搭載した。しかし、構造が複雑な液冷式エンジンは製造数が限られ、機体の生産数もなかなか伸びないという状況に陥っていた。
そこでドイツ空軍はフォッケウルフ社に対して、生産性が高くて堅牢な空冷式エンジンを搭載した戦闘機の開発を打診。これを受けた設計責任者のクルト・タンク氏が、その搭載エンジンとして白羽の矢を立てたのが、大型機用の「BMW 139」だった。
しかし、このエンジンを試作機に載せてみたところ、オーバーヒートを起こしてしまう。機首には強制冷却フィンが搭載されてはいたが、カウルが絞り込まれているため空冷効果が十分でなかったのだ。
そのため機体とエンジンともども設計が見直されることになった。こうした奮闘の結果完成したのが、空冷星型複列14気筒のBMW 801であり、名機フォッケウルフFw190である。
クルマに例えればカリカリのスポーツカーのようなメッサーシュミットBf109に対し、フォッケウルフは空戦性能が高く、頑丈で、大量生産が可能で、おまけに修理もしやすいという万能実用車タイプだ。
当時、スピットファイアを持つ英国は欧州において優位性を保っていたが、それと互角以上の戦績を納めたフォッケウルフFw190は、ドーバー海峡の制空権奪取に貢献した。こうしてFw190は、ドイツの主力戦闘機と認められるまでに至ったのだ。
新造されたFw190が今も飛ぶ
フルグレック社製のキットとして新造されたFw190 写真/藤森篤
筆者は飛行可能なFw190を3機取材したと先述したが、実はこれらはすべて、キットから作られた新造機である。残存するFw190の部材と残された図面を頼りに、ドイツのフルグレック社が20機分のキットを製造して販売。大戦機コレクターや博物館がこの精巧なキットを購入して組み上げた新造Fw190が、今も世界の空を飛んでいるのだ。
日本と同様に、敗戦国であるドイツの兵器は連合国によって破壊、破棄された。そのため現存機は極端に少ない。だからこそ、フォッケウルフ、メッサーシュミットなど、当時世界を席巻した機体は希少なこともあって人気が高い。これらの機種においては新造機であっても、大戦機コレクターの間で、高値で取引されているのだ。
ただし、現存する運転可能なBMW 801は入手が困難。そのためこのFw190のキットでは正規の「BMW 801」ではなく、ソ連製「シュベツォフAsh-82T」の搭載が指定されている。
世界に一機だけ現存する、幻のBMW 801搭載機
世界に唯一現存する、オリジナルのBMW 801を搭載したフォッケウルフFw190 A-5 写真/藤森篤
だが、「BMW 801」を搭載したオリジナルのフォッケウルフFw190が、世界に一機だけ残存している。その機体「フォッケウルフFw190 A-5」は、つい最近まで「フライング・ヘリテージ&コンバット・アーマー・ミュージアム」(ワシントン州)が所有していた。
ロシアの湿地帯から回収し、飛行可能な状態にまで復元されたこの機体は、かつて故ポール・アレン氏がそのオーナーだった。マイクロソフト社の共同出資者でもある氏は、この兵器博物館を私費で設立した生粋の兵器コレクターであり、フィリピン沖に沈んだ「戦艦武蔵」を海底に発見したことでも知られている。
しかし、2018年に氏が他界し、その後に見舞われた新型コロナの影響を受け、同博物館は2020年6月に閉館。筆者はついにこの機体を見ることができなかった。
その後、この希少なフォッケウルフFw190 A-5は、同州内にある航空機設計会社に保管されているという情報もあるが、現オーナーなどは判然としていない。
機械式アナログ・コンピュータ「コマンドゲレーテ」
スロットル操作だけであらゆるエンジン制御を可能とした全機械式のアナログ・コンピュータ「コマンドゲレーテ」 写真/V.A.
大戦機に詳しい方にフォッケウルフFw190の特徴を聞けば、「コマンドゲレーテ」と答えるに違いない。
コマンドゲレーテとは、完全機械式のアナログ・コンピュータである。かつての大戦機では、離着陸、戦闘時、速度、高度などの飛行状況の変化によって、スロットル操作だけでなく、燃料流量、プロペラピッチ、過給機の調整、点火時期など、実にさまざまな手動調整が必要だった。
しかし、それらをすべて自動調節してくれるのがコマンドゲレーテであり、これを搭載していれば、パイロットはスロットル操作をするだけで万事うまくいく。
今のジェット機で言えばファデック(FADEC)、クルマではECUなどの電子機器システムが行ってくれるエンジン制御を、歯車だらけの精巧なアナログ・ボックスが処理するのだ。
カリフォルニア州にある大戦機専門のレストア工房を訪れた時、このコマンドゲレーテを仔細に拝見することができた。当時の取り扱い説明書もあり、そこには構造図なども記載されていたが、その調整を担当されていたスタッフの方が、「まだ怖くて開けない」と言っていたのが印象的だった。それほどこのアナログ・コンピュータは複雑、精密であり、構造を理解するにはかなりの検証が必要だったのだと思われる。
BMWが分社化したメッサーシュミット社
BMWが開発した最初の航空機エンジン「タイプIIIa」。設計はマックス・フリッツ氏。この写真はスミソニアン博物館に展示されている実物 写真/米国立航空宇宙博物館
そもそも航空機用エンジン・メーカーとして1916年に設立されたBMW社は、その翌年、BMWとしての最初の航空機エンジン「タイプIIIa」を開発した。そして同年、プロペラと雲と空からなる、あのBMWのロゴマークを特許事務所に登録している。
第一次大戦後、航空機の製造を禁止されたBMW社は、二輪車「ヘリオス」を生産していたバイエルン航空機製造会社(BFW)と合併して二輪車メーカーとなったが、再び航空機メーカーに返り咲いた1926年、その航空機製造部門を「BFW」として分社した。このBFWが後に社名を「メッサーシュミット」と改称している。
1932年からは自動車の開発製造も展開しつつ、1940年にはフォッケウルフFw190のエンジン「BMW801」の生産を開始。敗戦後は二輪車と自動車の開発製造に徹している。
そして1998年には、かつてドーバー海峡を挟んで戦った宿敵、スピットファイアが搭載した「マーリン」エンジンを製造したロールス・ロイス社を、BMW社はその傘下に収めている。
フォッケウルフは現在のエアバス・グループへ
1923年に設立されたフォッケウルフ社は、1938年にフォッケウルフFw190の設計を開始した。その3年後には同機の量産にとりかかっている。
日本と同様に、敗戦によって航空機の開発製造が禁止され後、1951年からはグライダー、1955年からは発動機や練習機を製造し、1963年には社名を「VFW社」に変え、旅客機の開発製造を開始している。
そして1965年、名高いドイツの航空機メーカー「ハインケル社」を吸収したが、1980年には当時のMBB社(メッサーシュミット・ベルコウ・ブローム社)に吸収されている。つまり、BMW社から派生したメッサーシュミット社を源とする企業に吸収されたのだ。
その後1998年、MBB社は独米の複合企業「ダイムラー・クライスラーグループ」に買収され、その航空機部門は「DASA」(ダイムラークライスラー・エアロスペース)と呼称された。
2000年にDASAは、ヨーロッパの防衛連携のためにフランスの「アエロシパル・マトラ」、スペインの「CASA」と合併され、「EADS」(European Aeronautic Defence and Space Company N.V.)となる。この巨大企業EADSは2013年、その社名を「エアバス・グループ」に変更している。つまり、フォッケウルフ社もメッサーシュミット社も、そのDNAは現在のエアバス・グループに受け継がれているのだ。
フォッケウルフ社は1980年、メッサーシュミット社の系譜のなかに吸収合併され、両社は現在、エアバス・グループとしてそのDNAを残す。写真はメッサーシュミットBf109 E-4 写真/藤森篤
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