常に時代の最先端に立つ技術で競われるモータースポーツの世界。その世界において高い評価を得たレーシングカーデザイナーは、ロードカーの開発においても有能なのか? 高名なレーシングカーデザイナーが手掛けた市販車を紹介していく本シリーズの第2回は、F1界に数々のイノベーションを起こしたエイドリアン・ニューエイが開発に加わったアストンマーチンのハイパーカー「ヴァルキリー」を紹介!
文/長谷川 敦、写真/Newspress UK
登場から一年 超激戦区でライバルが続々刷新 苦戦!! 日産キックスに打開策はあるのか
【画像ギャラリー】約3億3000万円超、世界限定150台! 空力の鬼才エイドリアン・ニューエイが作り上げた、「アストンマーチン・ヴァルキリー」【レースカーデザイナーが手掛けたスーパーカー】
レース参戦も見据えたエアロフォルムのロードゴーイングモデル
F1に興味のある人なら、エイドリアン・ニューエイという名前に聞き覚えがあるだろう。1988年、日本の企業がオーナーだったレイトンハウス マーチ881のデザイナーとして脚光を浴び、その後はウィリアムズ、マクラーレンで数多くのタイトル獲得マシンの開発に貢献。2004年にレッドブルレーシングに移籍すると、設立間もないチームをたった数年でトップクラスへと引き上げる原動力となった。今でもレッドブルF1チームでは重要なポストに就いており、30年以上もF1デザインのトップに君臨している。F1のデザイン作業が細分化された現在、最後のチーフデザイナーと呼べる人物だ。
そのエイドリアン・ニューエイが、レッドブルF1チームと提携関係にあったアストンマーチンのニューモデル開発プロジェクトに加わることになり、2016年にその全貌が公開された。
当初は「AM-RB 001」というコードネームで呼ばれていたニューモデルだったが、やがて北欧神話の女神にちなんだ「ヴァルキリー」の名称が与えられた。公道用車両として販売されるだけでなく、ル・マン24時間レースに代表される世界耐久選手権(WEC)のハイパーカークラスへの参戦も発表されたが、2021年のアストンマーチンF1チームの誕生に伴い、WECへの参戦は延期となっている。
そして2021年後半に、ついにヴァルキリーの納車が開始される。空力デザインに長けたニューエイが関与した、公道を走れるレースカーともいうべきアストンマーチン・ヴァルキリーとはどのようなマシンなのだろうか?
現在はF1の設計から一歩退き、レッドブル・アドバンスト・テクノロジーのチーフテクニカルオフィサー(CTO)を務めるエイドリアン・ニューエイ
ポイントは床下のエアロ。ヴァルキリーの空力性能に迫る
ヴァルキリーを前方から目にした際に、最初に注意が行くのがノーズの下に大きな空間が設けられていること。近年では規定により禁止されたが、90~10年代のF1では、ノーズを大きく持ち上げてその下に大量の空気を流し込み、後方のディフューザーから引き抜くことによって、床下に負圧を作り出して車体を路面に押し付けていた。これがいわゆるハイノーズデザインだが、ヴァルキリーでもこのハイノーズ思想がとり入れられている。
一般的な公道車両ではラジエターが装着される位置には何もなく、ノーズ下部から入った空気はスムーズに後方に導かれる。そしてノーズからウイングが吊り下げられるのもF1流だ。
ノーズ下から流れる空気は、フロントタイヤ後方側面と車体後部の大型ディフューザーから引き抜かれる。この造形もロードカーというよりレーシングカーそのものであり、並外れたダウンフォースが生成されることが容易に想像できる。
実際にアストンマーチンでは、ヴァルキリーが発生するダウンフォースを「公道で走行可能なクルマとしては前例のないレベル」と発表している。
フロントタイヤの後方に大きな空間が設けられ、エアを効率的に排出する。テールエンドのディフューザーも、ロードカーとしては例外的に大きい
ヴァルキリーのコクピット。ノーズ下を持ち上げている関係により、ドライバーは足を若干上げた姿勢で座ることになるが、無理な体勢にはならないという
エンジン単体でも1000ps超え! モーターのアシストでさらなるハイパワーに
ヴァルキリーの心臓部となるV12エンジンは、イギリスの名門レーシングエンジンコンストラクターのコスワース社と共同で開発された。6.5リッター自然吸気式V12エンジンはミドシップマウントされ、リアサスペンションやギヤボックスがエンジンによって保持されるストレストマウントスタイルを採用。これはレーシングカーとまったく同じ方式で、そのためにエンジンブロックの剛性は通常の市販車用エンジンよりも高くなっているにもかかわらず、単体重量は206kgと軽い。
6.5リッターのマルチシリンダーエンジンが叩き出す最高出力は実に1014ps。回転数はロードカーとしては異例の1万1000rpmに達し、最大トルクも740Nm(75.46kg・m)という途方もないもの。これだけでも十分にヴァルキリーの高性能が想像できるが、さらに電動モーターによるハイブリッドシステムも搭載され、162ps、280N/m(28.6kg・m)のモーターが、ヴァルキリーのスピードをより高いレベルへと引き上げる。
コスワース社と共同開発されたV12エンジン。このエンジンに使用される超軽量スチール製クランクシャフトの製造には、なんと6カ月の時間が必要とのこと
高い空力性能と優美さを併せ持った最先端のフォルム
美しいボディラインにはニューエイの持つノウハウがふんだんに盛り込まれている。実際のデザインはアストンマーチンのスタッフが担当しているものの、ニューエイとの綿密な協力によって完成したスタイルなのは、ヴァルキリーを見ればすぐに理解できる。
水滴型に造形されたコクピットは、もちろん空気の流れを考慮してのもの。しかし、ドライバーとパッセンジャーの空間は十分に確保され、快適なドライブを楽しめる。マシンを安定させるダウンフォースの多くを床下で得ていることもあり、他のスーパーカーに見られがちなスポイラーや大型ウイングはなく、エレガントなラインを損なうことはない。ボディの素材はカーボンファイバー製で、車体の軽量化に大きく貢献している。
F1チーム・レーシングポイントのオーナーであるローレンス・ストロールがアストンマーチンの株式を取得し、レーシングポイントは2021年からアストンマーチンF1チームとなった。これによりレッドブルF1チームとアストンマーチンの提携は終わりを迎えたものの、レッドブル・アドバンスト・テクノロジーとの協力関係は継続されるという。
ボディ上面のデザインも空力をスムーズに流すことに主眼が置かれているが、同時にクルマとしての美しさに配慮され、女神の名にふさわしいマシンが完成した
実売価格はいくら? そしてチューンド仕様も登場
アストンマーチン ヴァルキリーの正式な販売価格は公表されていない。210万英ポンド(約3億3000万円)を超えるともいわれるヴァルキリーは、限定150台の生産となる。さらにサーキット走行向けにチューンナップされた「ヴァルキリーAMR Pro」も42台が作られ、こちらは通常モデルよりも高額になることが予想される。たとえ購入可能な資産があっても、200名弱の限られた人だけしかオーナーになれないヴァルキリーは、やはりはるかな高みにいる女神であることは間違いない。
チューンナップバージョンのヴァルキリーAMR Pro。軽量化のためにバッテリーを含むハイブリッドシステムは取り外され、エアロパーツが追加されている
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