モータースポーツや自動車のテクノロジー分野に精通するジャーナリスト、世良耕太がフォルクスワーゲン初のフル電動SUV『ID.4(アイディ・フォー)』に試乗する。舞台はGKNドライブラインジャパンのプルービンググラウンド(栃木市)。素直な走りと効率的な設計でドライバーを虜にする『ID.4』の魅力を深掘りする。
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フォルクスワーゲンが“ワールドカー”と位置付けるフル電動SUV、新型『ID.4』が日本上陸
■BEV専用に設計したプラットフォームを採用したVWの最新SUV
いかにもSUV然としたスタイルをしているので、このクルマがミッドシップの後輪駆動だと言っても信じてもらえないかもしれない。5名の乗員に充分な居住スペースとラゲッジスペースを備えているとあってはなおさらだ。いまとなっては特殊とは言えないかもしれないが、このクルマはエンジンではなく、バッテリーとモーターで走るクルマである。つまり、電気自動車(BEV)だ。
『ID.4(アイディーフォー)』は、フォルクスワーゲン(VW)初のフル電動SUVである。同じSUVでもティグアンはVWを代表するプラットフォームのMQBを用いて設計されている(ゴルフもそうだ)のに対し、『ID.4』はBEV専用に開発したMEBを用いて仕立てられている。エンジンの搭載は前提にしていない。MEBの最大の特徴は、モーターをリヤに搭載することだ。
よく考えられているのは、モーター本体を後車軸よりも前方にレイアウトしていることである。つまり、ミッドシップ・リヤ駆動。エンジンなら後席スペースを侵食するところだが、最高出力150kW(204ps)、最大トルク310Nmを発生するモーターはスポーツバッグに収まる程度の大きさしかないので、居住スペースを一切犠牲にしない。ラゲッジスペースも同様である。
ホイールベースを長くとる(2770mm)ことにより、前後の車軸間にバッテリーを敷き詰めることができる。エンジンの搭載を前提としないので、排気管の通り道を確保する必要はなく、広い床を効率良くバッテリーの搭載スペースに充てることができる。
エンジン車ならエンジンやトランスミッションを搭載するフロントのコンパートメントには、エアコンや12Vバッテリーなどの補機類が搭載されている。フロントだけでなくリヤも同様だが、車軸の前や後ろに重たいコンポーネントを搭載しない設計で、マスの集中が徹底されている。
走行用バッテリーを搭載するので重量の絶対値は大きいが、重量物はできるだけ重心点近くの低い位置に搭載するという、レーシングカーの設計にも共通するアプローチでID.4は設計されている。だから、走りは素直で気持ちがいいはず。その点を確かめてほしいという主旨で、「Volkswagen Tech Day 2023」は開催された。舞台はGKNドライブラインジャパンのプルービンググラウンド(栃木市)だ。
『ID.4』には、バッテリー容量(正味)が52kWhの仕様と77kWhの仕様がある。試乗車は後者だった。車重は2140kg。前軸重は1010kg、後軸重は1130kgなので、前後重量配分は47:53だ。タイヤはフロントが235/50R20、リヤは255/45R20でリヤのほうが太く、前後重量配分を考えれば理に適った選択である。
■様々なシチュエーションで見せる無駄のない素直な動き
ドライのハンドリング路では走行姿勢の安定っぷりを確認することができた。アクセルを全開にすると、短いストレートで90km/hを超える車速に達する。そこから曲率の小さなコーナーに進入し、再び短いストレート、急旋回といった具合である。
急減速に迫られるシーンでは、「運動エネルギーは質量に比例する」法則を思い出しておっとっとなるが、2140kgの車重を考えれば、身のこなしは軽い。重心が低いためもあり、まくれ上がるようにロールをすることがないし、ヨーモーメントが急激に立ち上がってスピンモードに陥る素振りも見せない。
意のままに動くし、無駄な動きがない。転舵はフロント、駆動はリヤと前後輪が受け持つ役割がはっきりわかれているのが、「曲がる」ことと「走る」ことに対していい方向に現れている。コーナーの立ち上がりで意図して強めにアクセルペダルを踏み込むと、グッと腰を落とし、いかにも後輪駆動車らしい姿勢で力強く立ち上がっていく。
BEVの場合、回生ブレーキの制御にいくつかのバリエーションがある。ID.4は最もシンプルな部類で、回生ブレーキの強弱を調節できるパドルは備えていない。Dレンジでは回生ブレーキは働かず、コースティング(空走)する。Bレンジを選択すると最大-0.15Gの減速度が発生する回生ブレーキが機能する。
好みはあるだろうが、ハンドリング路を走るようなシチュエーションでは、Bレンジのほうが走りやすい。センターのタッチ式ディスプレイを操作して、ドライブモードをデフォルトの“コンフォート”から“スポーツ”に切り換えることでも回生ブレーキは機能するようになる。
ウエット旋回路のμ(ミュー:路面抵抗)は0.3程度とのことで、圧雪路相当だ。こうした滑りやすい路面では、クルマの素性が現れやすい。タイヤは標準で装着されているサマータイヤのまま(Hankook Ventus S1 evo3 ev)だったが、走り出しに気を使うことはなかった。
意図せぬBEVの恩恵とでも言おうか、駆動輪にしっかり荷重がかかっているからだろう、難なく発進する。前輪にも同様に相応の荷重が掛かっているので、しっかり舵が利く。
旋回しながらアクセルペダルの踏み込みを強くしていくと、ズルズルとお尻が外に流れ始める。前輪駆動車なら外にふくらんでいくところだ。急激にお尻が出てスピンモードに陥るような素振りは見せない(最後はESC=横滑り抑制制御が介入するので、スピンすることはない)。
挙動を乱す動きがゆっくりなので、余裕をもって修正動作に入ることができる。ときに外気温度計が36.0℃を示す酷暑ではあったが、雪道を思い浮かべてみると、発進に苦労しそうにないことも、圧雪路を安心して走っていけそうなことも想像ができた。
ウエット登坂路では登坂発進を体験した。両サイドのブロックはμ=0.3で圧雪路相当、中央はμ=0.1で氷結路相当である。全輪をμ=0.3のブロックに載せた状態での発進は難なくクリアする。後輪駆動車は低μ路が苦手と思われがちだが、制御に助けられている部分があるとはいえ、ドライバーとしてはさほど苦労を感じない。
左側輪をμ=0.1のブロック、右側輪をμ=0.3のブロックに載せたスプリットμの路面では、μの低い側に引きずられる格好にはなるものの、走り出しはする。冬の過酷な環境でも、立ち往生してどうにもならないという事態は避けられそうだ。
最後に、ウエットでのスラロームとブレーキングを体験した。ドライのハンドリング路で感じたとおり、ここでもID.4のキビキビした意のままの動きが印象に残った。ブレーキングでは、リヤモーターで回生できる利点を生かし、ノーズダイブを意図して抑えているのが確認できた。おかげで上体のブレが小さくて済み、体に余計な力が入らなくて楽だし、視線のブレも少なく、運転のしやすさにもつながる。同乗者の安心感にもつながるだろう。
高出力/大トルクのモーターを搭載すれば刺激的なBEVが出来上がるとは限らない。150kW/310Nmと、2tオーバーの車重を考えれば決してパワフル(トルクフル)とはいえないモーターを積みながら、意のままに操れる楽しさを演出できるのは、重心が低く、前後重量配分が適正で、マスが重心点まわりに集中しているから。クルマの動きづくりの基本に忠実なID.4は素直に動き、ドライバーを虜にするBEVに仕上がっている。
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