デモで自己主張をしたり、時にはバリケードを積み上げて体制をひっくり返したり。てなことが幾度となく実践され繰り返されてきたパリでは、「通りに出る」という行為は、公に自己の存在を認めさせることと同義だ。
去る6月14日から16日にかけて、ということはちょうどル・マンで24時間レースが行われていた週末に、「シトロエン・ボーンinパリXV 1919-2019」という、同社の100周年を祝う一環となるイベントが催された。XVとはローマ数字の15のことで、シトロエンの工場があったパリ15区を指す。エッフェル塔からほど近くセーヌ河沿いやや下流にあるジャヴェル河岸一帯に、シトロエンは戦前から工場を構え、1970年代初頭までここで主要モデルを生産していた。
シンプルな朝定食のような1台──プジョー308アリュールBlue HDi
今や、パリでは珍しい高層マンションやホテルが立ち並ぶボーグルネル界隈から、地下鉄のシャルル・ミシェル駅にかけては、数年前に建てられたばかりのショッピングセンターも加わって、随分と小洒落た雰囲気になった。だが、これらの再開発計画がふた回りぐらいする以前、この辺り一帯はシトロエンのジャヴェル工場の一角だったのだ。そんな生粋のパリ生まれである自らのルーツに、今一度たち還るため、15区のリノワ通りの両側を、100周年にかけてシトロエンの歴代モデル100台が、通りをオープン・ミュージアムに見立てて埋め尽くしたというわけだ。
まずセーヌ河寄りの左右先頭を飾るのは、プロトタイプの数台。先頃、デヴィッド・ボウイをイメージしたプロトタイプを発表した山本卓身氏が、シトロエン在籍中に描いた「GT byシトロエン」や、ジュネーブ・ショーで発表された「AmiONE」、さらには今回のストリート・イベントが発表の場となった「19_19 コンセプト」だ。とくに19_19 コンセプトは、カプセルのようなボディを4輪とも30インチホイールで支え、総計462psに800Nmを発揮する電気モーターを備えたEVで、ラウンジのような車内には音声認識によるAIのパーソナルアシスタンスと自動運転機能を搭載するという。
こうした「アヴァンギャルド車」が展示の先頭を引っ張りながら、徐々に最近の市販モデル、モータースポーツ車両、そして過去のモデルと、必ずしも年代順ではないながら進化の方向を示しつつ、通りの左右2列に連なっていく。今ではユニクロの店舗まで居並ぶモダンなガラス張りのファサードと、新緑まぶしい並木に挟まれたリノワ通りは、いわゆるメゾン系のハイブランド・ストリートではない。パリの人々には、それよりずっと身近で日常的なブランドで構成されたショッピング街なので、道を歩いているのも4区とか8区で見かけるような、いわゆるキメキメの人々ではない。そもそも15区は左岸とはいえ、5区や6区よりずっとカジュアルな生活感の漂うところなので、歴代シトロエンが通りに停まっている光景には、まったく違和感がないというか、パリという背景に溶け込んでさえいる。
ちなみにフランスではワークスのラリー車両ですらリエゾン区間を走る都合上、ナンバープレートが付けられているので、WRC仕様でもストリートに出ることは大前提だ。歴史的モデルをふり返っても、ミシュランのサービスカー仕様のHトラックや、SMの憲兵隊仕様といった、けっこう特殊な仕様でさえも、パリの街並をバックにしたら何らそこにあっておかしくない1台なのだ。
セキュリティ用にブロックは置かれているとはいえ、こうした歴代シトロエンの車列にスマホを向けるパリジャンたちの集中っぷりや、破顔一笑のスマイルといったらない。お独り様でも楽しさがこみ上げてくると、笑いを隠さないのもパリの人々の特徴だ。だから知らない人同士でも、「あれ、いいよね。僕は乗ったことないけど」とか、「あなたもこれ好きなんですか? うちの実家で使ってたんですよ」的な会話の花が、そこかしこで咲いている。ちなみにクラブの連中の車両前では、パフォーマンスをする人もいて、ヴィザの前では、思い切り80sなレオタード姿でエアロビを披露するお姐さん2人組もいれば、BXの前ではラジカセを抱えたレトロ・ラッパーのお兄さんもいた。アウトフィットは昨今の流行りだし、メゾン系ブランドすらストリート・ブランドとコラボしまくりだが、ふた回りぐらいしてシトロエンは再びインなコアブランドになったのだ。
1台だけ、ブロックの外にいるフルゴネットのシトロエンがいたので、「ん?」と思ったが、何のことはない、駐め場所がなくて痺れを切らしたか、四つ角に駐車していた配達車だった。101台目は現在進行形の働くクルマだった訳だ。
「そこにいるだけで」、何かしらのストーリーを生んでしまう、シトロエンとパリの関係。「お洒落」だけでは説明できない、心地よくザワつくというか、くすぐり合うような間柄だった。
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