幻のアメリカ製スーパーカー
text:Kazuhide Ueno(上野和秀)
photo:RM Sotheby’s
ヴェクターというクルマをご存知だろうか。1971年にデトロイトのビッグ3で経験を持つ自動車産業界のベテランであり、大きな夢を抱くジェラルド・ワイゲルトによりデザインを手掛ける会社として設立された。
ワイゲルトはフェラーリやランボルギーニ、ポルシェを打ち負かすことを目指し、1979年に初のプロダクションカーとしてヴェクターW2をデビューさせる。しかし資金繰りに窮しW2は市販されることはなかった。
しかしワイゲルトの夢は途絶えることはなく、資金の目途が立った1988年にW2での経験をもとに、より進化させたW8を送り出し自動車メーカーの仲間入りを果たす。
正式な社名をヴェクター・エアロモーティブと称するだけに、航空機グレードのコンポーネントで構成されていたのが特徴だった。
余談だがヴェクター社は1992年にインドネシアのメガテック社に買収され、創始者ワイゲルトは経営から身を引くことになり、実質的な活動にピリオドが打たれた。
なおメガテック社は、1993年には当時経営に行き詰まっていたランボルギーニ社も買収している。
ヴェクターW8ツインターボとは
1988年に発表されたヴェクターW8は、ワイゲルト氏を始めとする自社開発陣による設計で、シャシーはフォーミュラ・マシンで採用されていたアルミハニカム製モノコック。
ボディパネルはケブラーとカーボンを用いるなど航空機譲りの最先端テクノロジーで構築されていた。
スタイリングはウェッジを基調としたスーパーカーにふさわしい尖ったデザインで、フェラーリやランボルギーニを引き離す強烈なインパクトと存在感を放っていた。
しかしパワートレインの開発まではできず、ミドに横置きで搭載されるのはシボレーの5.7L V型8気筒OHVユニットを5973ccまで拡大。
ヴェクターの手によりチューニングが施されるとともに、ギャレット製ツイン・ターボチャージャーを組み合わせ最高出力は625hpを発揮した。
組み合わせられるギアボックスは大パワーに耐え入手が容易なGM製ターボ・ハイドラマティック425型3速トルコン式オートマテック。
もともと前輪駆動のオールズモビル・トロネード用に開発されたものを転用。スタイリングやシャシーは先進的だったが、パワートレインははっきり言ってローテクなアメリカ車そのものだった。
内装は? まるで飛行機
インストゥルメント・パネルは未来的なデサインで仕立てられていた。
ちょうどデジタル表示時代の始まりの時期だったこともあり、数多くのゲージに加えデジタル表示のエアコン温度調節、航空機用コンパスおよびホッブス・アワーメーター 、強調されたデジタル・ディスプレイにより飛行機のコックピットを思わせるものに。
このほかシートはレカロ・クラシックが組み込まれ、オーディオはソニー製のヘッドユニットでカセットと10連装CDを装備とする。スピーカーはアメリカのこだわりのメーカーだったエーディーエス(a/d/s)で構築され、最高のサウンドが提供された。
こうして誕生したヴェクターW8は最高速度242mph(389kmh)、0-400m加速12.0秒、0-96km/h加速は4.2秒と、トップクラスのパフォーマンスを発揮した。
最終的な生産台数はプロトタイプと17台のカスタマカーのみとなる(19台の説もある)。
アメリカ製のスーパーカーとして登場したヴェクターW8だったが、発売に際しての手直しなどが続きすべて手作業で製作されたこともあり、デリバリーが始まるのは1990年になってからだった。
ワンオーナー、走行3651km
RMサザビーズ・アリゾナ・オークションに出品されたシリアルナンバー:009のヴェクターW8は、1989年に17万8000ドルで注文された個体である。
当初は次の年に完成する予定だったことから、VINナンバーはMSOに従って1990年製として割り当てられた。しかし生産が遅れてしまい、1991年モデルとしてVINナンバーが改めて与えられる。
ちなみに変更されたのはVINナンバーの10桁目の製造年を示す数字だった。
こうして1年遅れで誕生したヴェクターW8ツインターボは、デリバリー以来ファースト・オーナーの元で暮らし、出品時の走行は僅か2268マイル(3651km)に過ぎなかった。
書類・備品も存在
車両は取り外し可能なムーンルーフを備え、トップ収納用の希少なケースも備わる。
ツールキットが付属するのはもちろん、購入時の契約書類からカタログなどのドキュメントがすべて残されおり、その中にはヴェクター・エアロモーティブ社を紹介するVHSテープまで含まれているから驚きだ。
アメリカのクルマ好きにとって自国が誇るスーパーカーであり、今やおいそれと手にすることのできない幻の存在といえる。
出品されたヴェクターW8は完璧なコンディションで、この機会を逃すと次はいつ出てくるか分からないこともあり、最終的に7956万円で落札された。
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