三代目となる新型インサイトは1.5ℓ i-MMDを搭載。クラス上の静粛性と走りを備えて登場した。ホンダハイブリッドの代名詞とも言えるインサイト。しかしハイブリッドが珍しいものではなくなった今日、三代目はハイブリッドであることのその先、つまりクルマとしての本質的価値を磨き上げて登場した。TEXT●石井昌道(ISHII Masamichi)PHOTO●平野 陽(HIRANO Akio)
システムもコンセプトも先代からガラリと変貌
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インサイトはトヨタ・プリウスとともに日本が誇るハイブリッドカーのヒストリーを紡ぎ上げてきた。初代は、プリウスが1997年、インサイトが99年に発売され、それぞれが本格普及前夜の実験的な雰囲気があった。特にインサイトはアルミボディを採用した超軽量な2シーターで、燃費コンシャスのために利便性も採算も度外視したぶっ飛んだモデルだった。
ハイブリッドカーが一般的になり始めたのは二代目プリウスがマイナーチェンジされた2005年頃からで、注文から納車まで数ヵ月掛かるほどの人気車種へとなっていった。その波が盛り上がっていったところで09年の2月には二代目インサイト、5月には三代目プリウスが相次いで登場。両車は月間販売台数首位を争うなど大いに盛り上がりをみせ、いよいよハイブリッドカーが乗用車のメインストリームに躍り出たことを印象付けたのだった。
プリウスのハイブリッドシステムは、基本的には初代から連綿と続き、改善・改良を積み重ねたもの。エクステリアデザインも富士山のシルエットのようなサイドビューが二代目から現行モデルまで続いていて、コンセプトに不変性がある。
その一方でインサイトは初代と二代目、二代目と三代目の間に空白の期間があり、コンセプトやハイブリッドシステムも関連性は薄く、スクラップ&ビルドを繰り返す結果となった。二代目インサイトはモーターもバッテリーも最小限に抑えたシンプルで低コストなハイブリッドとして、より多くの人に低燃費な乗用車を提供しようという高い志があり、発売当初こそ大人気となったが、徐々に下降線を辿った経緯がある。その原因はいくつか考えられるが、シンプルなハイブリッドシステムはリーズナブルでそこそこの燃費性能を持っていたものの、乗ってみるとハイブリッドカーらしい電気駆動感が薄く、エンジン車から乗り換えた時の驚きや感動が少ないこと、ハイブリッドカーの大衆化を目指すあまり、システム以外のところも低コスト化が目立ったことなどが、人気にも影響したのではないだろうか。
スクラップ&ビルドは、自動車メーカーにとって負担が大きいかもしれないが、次に出てくるモデルは一体どんな生まれ変わりを見せるのだろうかという楽しみもある。三代目インサイトはまさにそういったモデルで、ハイブリッドシステムは以前とまったく別モノになり、デザインも大衆車然としていた先代と一転して堂々たる体躯とエレガントな雰囲気を漂わせるようになった。
ホンダは「すべての人に生活の可能性が拡がる喜びを提供する」ことを目指しており、二代目インサイトも当時はまだ珍しかったハイブリッドカーを身近な存在にした意義は大きかったが、現在の成熟した日本の自動車ユーザーにとって環境負荷の低減を実現しつつ、質の高いカーライフが送れることは重要項目。三代目インサイトは見た目だけでもそれを期待させる。
ハイブリッドシステムはすでにオデッセイやステップワゴン、クラリティPHEVなどに採用されているSPORT HYBRID i-MMDを採用するが、二代目インサイトではIMAという1モーター式を採用していた。現在ホンダは、DCTを用いる1モーター式のSPORT HYBRID i-DCD(フィットやフリード)、3モーター式のSPORT HYBRID SH-AWD(NSXとレジェンド)を含め3つものシステムを持っている。
2モーターとなるi-MMDは中核的な存在であるとともに、エンジンは基本的には発電に徹し、電気モーター駆動がメインなのが特徴。ただし駆動用バッテリーの容量は一般的なハイブリッドカー並なので、エンジンが生み出す電力で電気モーターを回して走るハイブリッドドライブモードが大半となるが、エンジンを止めたEVドライブモードと、高速クルージング用にエンジンが直接タイヤを駆動するエンジンドライブモードがある。
極めてEVに近い動き出し エンジンの存在感は薄い
インサイトの走りの雰囲気はEVに近い。走り出しから電気モーター特有の力強いトルクで押し出され、スムーズに速度が伸びていく。ゼロ発進時のほとんどはEVドライブモード。街中の普通の加速では15~20km/h程度でエンジンが掛かるが、音や振動は極めて低く抑えられていて、ほとんどわからないほどだ。加速を強くしていくと、それ相応にエンジン回転数が上がってくるので存在に気付くようになっていくが、街中でちょっと速く加速するぐらいではそこまでいかない。
スピードメーターと対をなすパワー/チャージメーターは、左側の水平状態がパワーもチャージも発していないゼロを指し、反時計回りに下がっていくとチャージ、時計回りに上がっていくとパワーで、上限のフルパワーは右側の水平状態。つまりパワーは上半分の180度の範囲にあり、目盛りが8つ区切られている。街中では発進時に2目盛りぐらいまであがり、それを少し超えれば一般的な走行では十分に速い加速になる。
高速道路でも80~100km/hの巡航ではパワーは1目盛り程度で事足りるので至って静か。この領域ではエンジンドライブモードが頻繁に入ってくることになる。一般的にモーターは低・中速域に優れ、高速域はエンジンの方が得意になっていくが、i-MMDはそれを見越して最高効率を目指したのだ。切り替えはクラッチによって行なわれているが、ドライバーにはまったくそれと気付かせない。メーターをパワーフロー表示にしておいて確認して初めてわかるぐらいだ。
エンジンドライブモードは高速クルージングの低負荷域を主としている。少し負荷が強くなるとモーターのアシストも加わってくるが、ある程度以上になると、クラッチを再び操作してエンジン回転数を高めてモーター駆動になる。
高速域での追い越し加速などになってくるとパワーメーターの振れ幅は大きくなっていく。エンジンの存在に気付くようになるのは3目盛りを超えたあたり。4目盛り以上になるとエンジンは徐々にスポーティな咆哮を響かせるようになり、アクセル全開ではさすがはホンダと思わせるようなサウンドとなる。
アクセルペダルは奥の方まで踏みこんでいくとキックダウンスイッチのように反力があり、クリック感が生じてくる。この手前の範囲ではEV的な静かで頼もしい快適な走りとなるが、そこを超えるとダイナミックになっていく。ただしそれはECONモードやノーマルモードでの話で、SPORTモードにすると変わる。アクセルを半分ぐらい踏みこんだだけでパワーメーターはほぼ上限にまで達して全力ダッシュをみせるようになるのだ。
基本的にはモーターらしいレスポンスの良さを見せるが、ハイスピード域や高負荷域でもそれを味わいたいとなるとSPORTモードが必要となってくる。というのも、モーターの最高出力は96kWであり、それをフルに発揮させようとすればエンジンを最高出力発生回転の6000rpmに持っていく必要がある。SPORTモードはそれが機敏に行なわれるので、素早くモーターをフルに回せるからだ。エンジンの最高出力は80kWだから、それだけでは足りずにバッテリーからも電力を持ち出すことになるが、SPORTモードはエンジンが掛かりやすいから電力量も高めになって、いざという時に足りないなんて心配もほとんどない。
エンジンルームからキャビンへの音・振動の侵入は極めて低く抑えられているのが実感できるが、全体的な静粛性もハイレベルだ。一般的にはエンジン音が下がるとロードノイズや風切り音が気になってくるものだが、絶対的な音量が低い上に各ノイズのバランスも上手に取れていて耳障りなところがまるでない。また、エンジン音が入ってくるとしても加速感と釣り合いが取れているから常に快適に感じられる。効率を最重要視するよりも、ドライバーに自然な感覚をもたらすよう賢い制御を行なっているからだ。
どっしりと安定しつつも一体感を感じるハンドリング
パワートレーンは頼もしいだけではなく静かでドライバビリティにも優れた質の高いものだが、シャシー性能も相応にレベルが高い。ボディは剛性感が高く、リヤのサスペンションとタイヤがしっかりと大地を捉えているのが実感できる。そのため高速道路を走っていると、どっしりと落ち着いていてこの上ない安心感があり、どこまでも遠くへ走っていきたくなるほどだ。乗り心地に硬さはまったくないが、ソフト過ぎてフンワリしたようなやわな感覚はなく、安心感が高い。
ステアリングフィールも優秀な欧州プレミアムカー並に絶品。直進時はニュートラルがわかりやすく、進路修正のための微舵に対する反応も確か。コーナーでステアリングを切り込んでいくとスムーズでありながら確実に曲がり始め、舵に対してリニアな感覚でノーズが動いていく。
だからワインディングでの走りも望外なほど楽しめる。かなりのハイスピードになってもステアリング操作に対する正確性の高さが失われず、まさに思った通りの走行ラインへ車両をのせていける。その一体感の高さがとてつもなく楽しいのだ。そんなに飛ばさずに適度な速度でコーナーの連続を走っているぐらいの方が、良く出来たハンドリングをじっくりと堪能できたりもする。以前のホンダ車は快適性とスポーティさはトレードオフされることが多かったが、新世代プラットフォームは基本性能を大幅に高めているので、ハイレベルでの両立が実現したのだ。その上でアジャイルハンドリングアシストも効果を発揮。ステアリングを切る角度や速度からドライバーの意思を読み取って、コーナー進入時は内側のブレーキを掛けたり、脱出時は逆に外側にブレーキを掛けたりして、ライントレース性を高めている。制御感はほとんどないが、コーナリングの動きが滑らかなのは黒子的にアシストが入っているからだろう。
もうひとつ走りで関心したのがブレーキだ。ハイブリッドカーやEVは回生協調制御をするからフィーリングに違和感が生じやすく、どこの自動車メーカーも苦労しているが、インサイトの電動サーボはかなり良い仕事をしている。街中や高速道路でも自然な感覚だったが、ワインディングをいいペースで走り始め、ブレーキを強く踏みこんでいったり、微細なコントロールを試みたりしても違和感はない。踏力に対して常に期待した減速感が得られ、ペダルストロークが変化するようなこともない。もしかしたら二代目インサイトと同じように回生と油圧の協調制御をしていないのかと疑うほどだが、もちろんそんなことはなく、回生も最大限に活かしている。
モーター駆動がメインのi-MMDは低回転・大トルクの頼もしさ、静粛性の高さ、低燃費などで、乗用車にとってひとつの理想を叶えるパワートレーンと言えるだろう。EVやPHEVなどプラグイン・タイプINSIGHTではなくても、高い環境性能と先進的な走りが実現できるからだ。インサイトはそれに相応しいシャシー性能やデザイン、高い質感が見事に融合したモデルとなった。三代目となってどう変わるのかに興味があったインサイトだが、プレミアムカーと呼んでも差し支えないほどの上質さで、多くの自動車ユーザーを魅了することになるだろう。これぞまさに「すべての人に生活の可能性が拡がる喜びを提供する」というホンダらしいモデルなのだ。
最新のシートフレームにより心地良く、かつ疲れにくいシート。フロントは先代よりも座面、シートバック高さを拡大して安心感を高めた。リヤは座面下にIPUを搭載しながらも十分なクッション厚を確保。足元の広さにも余裕がある。また、写真の「EX・BLACK STYLE」はセンターにウルトラスエードを、サイド部に本革を配したコンビシートを採用しており、インサイトの上質さをさらに高めている。
主要諸元表
グレード:EX/EX・BLACK STYLE
寸法・重量
全長(mm):4675
全幅(mm):1820
全高(mm):1410
室内長(mm):1925
室内幅(mm):1535
室内高(mm):1160
ホイールベース(mm):2700
トレッド(mm):前 1545/後 1565
車両重量(kg):1390
定員(名) :5
エンジン
型式 :LEB
種類:直列4気筒DOHC:
ボア×ストローク(mm):73.0×89.4
総排気量(cc):1496
圧縮比:13.5
最高出力(kW[㎰]/rpm):80[109]/6000
最大トルク(Nm[kgm]/rpm):134[13.7]/5000
燃料供給装置:電子制御燃料噴射式(ホンダPGM-FI)
燃料タンク容量(ℓ):40(レギュラー)
モーター
型式:H4
種類:交流同期電動機
最高出力(kW[㎰]/rpm):96[131]/4000-8000
最大トルク(Nm[kgm]/rpm):267[27.2]/0-3000
駆動用主電池 種類:リチウムイオン電池
トランスミッション
形式:―
第一減速比
電動機駆動:2.454
内燃機関駆動:0.805
第二減速比:3.421
駆動方式:FF
パワーステアリング:電動式
サスペンション:前 ストラット/後 マルチリンク
ブレーキ:前 ベンチレーテッドディスク/後 ディスク
タイヤ・サイズ: 215/50R17
最小回転半径(m):5.3
JC08モード燃費(km/ℓ):31.4
車両本体価格 :349万9200円/362万8800円
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