第二次大戦機において最も美しい戦闘機と称される大英帝国の「スピットファイア」。この機体が大きな戦果をあげたのは、その優れた機体設計と、ロールス・ロイス製エンジンによるものだ。同機は今、30機程度が飛行可能な状態で現存しており、私たち取材チームは、かつてイギリスとアメリカでこの機体を取材してきた。今回は、大英帝国の守護神スピットファイアの取材記をご紹介したい。
文/鈴木喜生、写真/藤森篤
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最大の特徴は薄い楕円翼
米国の大戦機保存組織「テキサス・フライング・レジェンド」が保有していたスピットファイアMk.IXb
2016年7月、筆者たちは米ノース・ダコタの航空関連施設で、F4Uコルセア、P-51マスタング、P-40ウォーフォークなど、計5機の空撮を行ったが、そのうちの一機がスピットファイアだった。
スピットファイアの最大の特徴は楕円型の主翼だ。主翼を真上から見た際の形状を平面形というが、その面積が広いと揚力(機体を浮かせる力)が増して、同時に、戦闘機に強く求められる旋回性能も向上する。
そして楕円型の主翼は空気抵抗も減らした。通常、翼の翼端では渦が起こり、そこでは機体を後ろに引っ張る力(誘導抵抗)が発生する。すると機速が伸びず、または燃費が悪くなるのだが、スピットファイアは主翼平面形を楕円型にすることで、その抗力を低減している。旅客機の翼端はピョンと跳ね上がっているが、それも同じく翼端のドラッグ(抵抗)を減らすための策だ。
また、スピットファイアの主翼はとても薄い。層流翼という厚い翼型(翼の断面形)を採用しているP-51マスタングと比べるとそれは特に顕著であり、従来設計の大戦機と比べてもその薄さは際立っている。
主翼が薄くなれば空気抵抗が減り、機速が伸びるというメリットがある。ただし、戦闘機は主翼に重い機銃を搭載し、大きなGがかかる空戦を前提として運用されるため、過度に主翼を薄くすると強度が保てない。しかし、スピットファイアの広くて楕円型の主翼はその強度を補う効果もあった。前後長(翼弦)が長い楕円翼は、機銃を搭載するにも好都合だったという。
ラジコンで感じるスピットファイアの飛行特性
グリフォン・エンジンを搭載したP.R.Mk.X IVe。P.R.とは、写真偵察機を意味する
スピットファイアを設計したのは、若き天才レジナルド・ジョセフ・ミッチェル(1895年生)。彼は1917年にスーパーマリン社へ入社し、その3年後、若干25歳の時に主任設計士に選ばれ、スピットファイアの原型となる水上機「Sシリーズ」を設計している。
この機体はかの有名な水上機レース「シュナイダー・トロフィー・レース」に出場するためのものであり、同機もやはり流麗な機体フォルムと薄翼が特徴だった。結果、1927、29、31年と三度出場し、三度の優勝を成し遂げている。この高速水上機のDNAを受けて誕生したのが、希代の名機スピットファイアなのだ。
筆者はかつてラジコン飛行機雑誌の編集長を務めた時期がある。侮ることなかれ、ラジコンといえど飛行理論は実機同様であり、それを飛ばすことによって機体フォルムからくる操舵の「味」や「クセ」などを大まかに感じることができるのだ。そのため限られた機種にしか搭乗できない実機パイロットにもラジコンマニアは多い。
マスタングは主翼面積が狭く、スロットルを落とすと即座に高度が落ちる。そのため初心者には少々難しい。しかしスピットファイアは零戦同様、主翼面積が広いためスロットルを下げてもフワッと浮き続け、なかなか落ちてこない。プロペラの回転数を上げればシャキシャキ飛び、低速時にもコントロールしやすいので着陸も比較的容易だ。実機パイロットに対するインタビューによると、この操作フィーリングは実機も同様とのことだった。
ただし、スピットファイアの実機においては、主脚の間隔が狭すぎた。1943年からは艦上戦闘機(シーファイア)としても運用されているが、着艦時の失敗で失われた機体は、戦闘による喪失よりもはるかに多かったという。
ロールス・ロイス製の名機「マーリン」
「マーリン224」を搭載した取材機、スピットファイアMk.IXb。この型式は本来マーリン60系を搭載していた
スピットファイアの制式採用は1936年で、零戦よりも4年早い。大戦後は朝鮮戦争(1950-53年)にも投入され、アイルランド空軍では1961年まで運用されている。
四半世紀に渡って使用されたのはひとえに、基礎設計が優れていたことと 、ロールス・ロイス 製 エンジン による。そして、長きに渡って運用されたため、その型式は非常に多い。
仕様が変更される際の一番のポイントは、搭載エンジンの換装だ。初期のスピットファイアでは、ロールス・ロイス製の「マーリン」が搭載された。液冷正立V型12気筒、総排気量27リットルの高回転型エンジンである。
最も初期型のスピットファイアMk.Iは、「マーリンII」を搭載。同エンジンには1段1速過給器を搭載していたが、その出力は1060hp前後だった。
しかし、1941年から生産されたMk.Vには「マーリン40系」や「50系」に換装され、出力が1185~1230hpへ向上。さらにMk.VIの「マーリン47」では1415hpまでパワーアップしている。
続いて、1942年から部隊配備されたMk.IXには「マーリン61」が搭載され、過給器を二段二速に変更したことで最大出力は1700hpオーバーに。ここでやっとドイツの最新鋭戦闘機フォッケウルフFw190と同等以上に戦える状態になった。結果、スピットファイアMk.IXはシリーズのなかで最多機数が製造され、同機における主力型式となっている。
「グリフォン」搭載で出力が2倍へ
ロールス・ロイス製「グリフォン」。マーリンの総排気量27リッターを27リッターまで拡大したが、ケース寸法は大きく変わっていない
こうしたマーリン・エンジンのスペック・アップと並行して、ロールス・ロイス社ではその後継機「グリフォン」の開発も進められていた。マーリンの総排気量が27リッターだったのに対し、グリフォンは36.7リッターにボワアップしている。同じく液冷正立V型12気筒のハイパワーエンジンだ。
同エンジンは1942年10月から部隊配備されたスピットファイアMk.XIIにはじめて搭載され、最大出力1735hpを記録。Mk.X IVには、その一段過給機を二段二速にしたグリフォン60系が搭載され、離昇出力が2035hpまで向上している。
つまり、もっとも初期型の「マーリンII」(1060hp前後)と比較すれば、スピットファイアはロールス・ロイス製エンジンによって、たった6年間で2倍ものパワーを得たことになる。
カリフォルニア州には大戦機のエンジン専用のレストア工房があり、筆者が2012年にそこを訪れた際には、全バラ状態のマーリンを仔細に観察させていただいた。同エンジンを搭載するマスタングがゴロゴロあるアメリカでは、マーリンの需要はいまだ多く、そうした工房はフル回転している。
また、英空軍には第二次大戦を保管・運用するための専門部署がある。それはロンドンから北に60kmほどの「ダックス•フォード飛行場」にあり、コロナ禍でなければ毎年7月に航空ショー「フライング•レジェンド」が開催される。
この航空ショーでは、スピットファイア、シーフューリー、P-51マスタング、アブロ•ランカスターのほか、F4Uコルセア、P-38ライトニング、F8Fベアキャットなどの米国機も実際にフライトする。ここを訪れれば、マーリンとグリフォンの生サウンドを聞き比べることもできるという、夢のようなイベントである。
スーパーマリン社とロールス・ロイス社
スピットファイアを生んだスーパーマリン社の起源となる会社は1913年に設立。第一次世界大戦下では単座戦闘機を試作していたが、軍からの受注には至らなかった。
同社は1916年にヒューバート・スコット・ペインに譲渡され、社名を「スーパーマリン・アヴィエーション・ワークス」社に変更。同年に開発した飛行艇が27機製造され、イギリス海軍に採用されている。
1917年には、先述したレジナルド・ジョセフ・ミッチェルが入社し、高速水上艇「Sシリーズ」などを開発した。
1928年には軍需企業ヴィッカーズ・アームストロング社の傘下に入り、社名を「スーパーマリン・アヴィエーション・ワークス(ヴィッカース)」社に変更。
1934年、イギリス空軍からの要請を受け、レジナルドを中心とした開発チームによって、単葉全金属製の引込脚機「タイプ300」を試作。これが後にスピットファイアと命名される。しかし、ミッチェルはこの開発途中からガンを患い、量産第1号機の完成を見ることなく1937年に42歳で死去している。
同社は、大戦後はジェット機なども製造していたが、1960年にブリストル社など、他の航空機メーカーとともにBACに統合され、スーパーマリンのブランド名は消滅した。BACとは、ブリティッシュ・エアロスペース社であり、超音速旅客機コンコルドの英国側の担当企業として知られる。現在は他社との統合し、BAEシステムズと社名が変更されている。
一方、ロールス・ロイス社は1906年、自動車メーカーとしてイギリスで設立された。1914年から航空機用エンジンの開発に着手している。
第二次大戦下でマーリン、グリフォンなどで成果を上げた同社は、航空機用エンジンメーカーとして不動の地位を確立した。しかし、1960年には経営難に陥り、1971年には国有化されている。
1973年には、「ロールス・ロイス・ホールディングス」社と社名を変えて再生を図り、今日に至るまで航空機エンジンや船舶などを開発している。旅客機が搭載するジェットエンジンにおいては世界第3位を誇り、全シェアの2割を獲得している。
1973年に国有化から脱する際、同社は自動車製造部門を「ロールス・ロイス・モータース」として分社化していて、それを重工業メーカーであるヴィッカース社に売却している。
このヴィッカース社とは、1920年代にスーパーマリン社もその傘下に入った、かつての軍需企業である。その後、ロールス・ロイス・モータース社はBMW社に売却され、自動車の製造販売を行う「ロールス・ロイス・モーター・カーズ」社へと移行している。
ロールス・ロイス社による傑作エンジン「マーリン」の構造図面
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