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手のかかる最高の高級車 ロールス・ロイス・ファントムIII 9年を費やしレストア 前編

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手のかかる最高の高級車 ロールス・ロイス・ファントムIII 9年を費やしレストア 前編

戦前のロールス・ロイスの技術的な頂点

歴史を振り返ると、今回ご紹介するファントムIIIは、第二次大戦前のロールス・ロイスにおける技術的な頂点にあったことがわかる。高級車をリードするというブランドの立場は揺らいでいたが、新しい基準を打ち立てたモデルといえた。

【画像】手のかかる最高の高級車 ロールス・ロイス・ファントムIII 同時期のモデルと写真で比較 全136枚

ただし、その実現には小さくない犠牲も伴った。卓越した内容を追求した結果、コストは増大し、過剰なほどメカニズムは複雑になっていた。特に初期型では信頼性が充分とはいえず、頻繁なメンテナンスも求められた。

1936年から39年に生産されたのは715台で、多く売れたとはいえなかった。スタイリングは、クラシカルでシャープなファントムIIに並ぶほど、優雅な印象を残すともいえなかった。

このファントムIIIで苦い経験をしたロールス・ロイスは、複雑なクルマ作りから距離をおくことになった。約30年後の1965年に発売される、シルバーシャドーまで。

4年間で、ファントムIIIはシリーズAからシリーズDへ進化を続けた。シリーズDの場合、4ポート・シリンダーヘッドがエンジンに組まれ、シングル・バルブスプルリングを採用し、最高出力は初期の167psから182psへ上昇していた。

一方でカムシャフトは摩耗が早く、オーバーヒートしがちで、オイルクーラーからのオイル漏れも珍しくなかった。もっとも、設計上の問題より、望ましくないメンテナンスが主な原因だったといえるが。

価格は一軒家が6棟建てられた1900ポンド

7.3L V型12気筒エンジンはツインスパークで、2基のコイルとディストリビュータを搭載。どちらにも、不調の原因を探るためのテストモードが準備されていた。

オイルの潤滑システムには3か所へフィルターが設けられ、各部の圧力が計測された。クランク側は25psi、バルブギアは10psi、タイミングギアは1.75psiが適正値だった。

シャシーは新設計で、サイドメンバーは肉厚。強固な十字形のボックスセクションを備え、高い剛性を誇った。

足回りの潤滑油の補充は、ワンポイントでまかなえた。リアアクスルにはアンチロールバーが組まれ、リアダンパーは速度に応じで減衰力が変化した。任意で、ドライバー側で調整も可能だった。

ファントムIIIは、商業的な成果を得るには合理的なモデル開発が必要だと、ロールス・ロイスへ理解させることにも繋がった。シャシー単体の価格は、1935年なら一軒家が6棟建てられた1900ポンド。ボディには、更に1000ポンド近く必要だった。

高コスト化を招いていた要因の1つは、ひと回り小さいロールス・ロイス25/30HPと部品を殆ど共有していなかったため。ショックアブソーバーや電気系統など、主要な部品が自社開発・製造だったことも、価格へ反映していた。

ブランドの創業者、ヘンリー・ロイス卿の指示で生み出された最後の量産車でもあった。少なくとも、1906年のシルバーゴーストが確立した伝統を塗り替える新モデルとして、ファントムIIIの反響は小さくなかった。

ファントムIIより軽く速く洗練されたクルマ

その頃、アメリカの自動車産業は急速に発展し、8気筒や12気筒、16気筒エンジンを搭載した高級モデルが英国へ輸入され始めていた。6気筒エンジンのファントムIIと比べて遥かに高速で、安価で、静かでもあった。

欧州でも、ベントレーが8リッターを発表。イスパノ・スイザもV型12気筒のJ12を提供するなど、ロールス・ロイスの技術者を強く動揺させる変化が起きていた。

ファントムIIIの開発目標は、先代のファントムIIより軽く速く、洗練され扱いやすい操縦性を得ること。ホイールベースは短縮され、11フィート10インチ、約3607mmに設定された。

かくして、1935年に発表されたファントムIIIは目標を達成。車重は8%減らされ、V型12気筒エンジンは、それまでの6気筒より12%強力だった。このシリンダー配置は、コンパクトに仕上がるというメリットもあった。

その頃のロールス・ロイスは、飛行艇レースのシュナイダー・トロフィー用エンジン開発を通じて、多気筒ユニットに対する経験を積んでいた。クランクケースとヘッド、メインブロックはアルミ製で軽量。フロントアクスル側へ寄せた搭載が可能だった。

エンジンの外装は、ブラックのエナメル塗装。絶妙に調整されたシリンダーの燃焼タイミングと、バルブクリアランスをゼロに保つタペット構造を採用し、当時の自動車用ユニットとして最高水準の静寂性も実現していた。

英国製サルーンの平均を上回る動力性能

サスペンションは、ゼネラル・モーターズ(GM)のモデルに影響を受けた、セミトレーリング・ダブルウィッシュボーン。スプリングとダンパーは、それぞれ潤滑油で満たされたケースに収まった。

ライバルを凌駕する動力性能を、ロールス・ロイスは狙っていなかった。それでも、2770kgの車重でありながら、当時の英国製ファミリーサルーンの平均を上回る能力は秘めていた。

最高速度はボディによって異なるが、速い例で160km/h。重たいリムジンボディを架装しても、145km/h程度は出たようだ。トルクが太く粘り強く、5km/hも出ていれば3速で走行可能だった。

そのかわり、燃費は2.8km/L。ガソリンタンクの容量は150Lもあったが、さほど遠くまでは走れなかった。

高級サルーンとして、ショーファードリブンが前提だったが、オーナー自ら運転を嗜むことも想定されていた。ステアリングホイールを握れば、約14.6mという、ボディサイズとしては悪くない小回りで市街地を縫えた。

ロールス・ロイスは、ファントムIIIに標準のボディを設定しなかった。コーチビルダーのパークウォード社やマリナー社、バーカー社、フーパー社といったメーカーが、少量生産かオーダーに応じたワンオフで、上等なボディを製作した。

スタイルとしては、スポーツサルーンやカブリオレ、リムジン、ツーリング、プルマンなど多様。いずれも、ホイールベースは変わらなかった。

この続きは後編にて。

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