今から35年ほど前の1980年代中盤は、スクーターが一大ブームだった。その当時は大型二輪免許が教習所で取得できない時代で、試験場での一発試験に合格して限定解除をする以外に道はなかった。
だから当時高校生だった世代は、たいてい中免(普通自動二輪車中型限定免許)に甘んじていたのである。だが、中免を取れるならまだマシ。多くの高校生は原付免許止まりで、50ccのバイクに乗るので精一杯というのが実情だった。
さらには語り草にもなっている「HY戦争」の余波もあった。HY戦争とはホンダがロードパルを発売、次いでヤマハがパッソルを発売したことで起こった、50cc市場での熾烈なシェア争いだ。
ロードパルが発売された1979年から1983年までの間、熾烈な開発・販売合戦が繰り広げられ、新車価格はあってないようなもの。利益度外視で値引きが続く泥沼化に、スズキは早々に戦線を離脱。最後は巨額赤字を生み出したヤマハが敗北宣言をするという異常事態にまで発展したのであった。
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だから当時の高校生にとっては、格安で原付の中古車が買える状況にあり、これまたスクーターブームを押し広げる要因のひとつとなった。
当時のスクーターを振り返ると、今でも魅力的なモデルが数多く存在する。今回は1980年代から90年代にかけて発売された国産スクーターを振り返ってみたい。
きっと「あ、俺も乗ってた」や「あれ、欲しかったんだよな」というモデルが見つかるはずだ。
ホンダ・ロードパルから始まるソフトバイクブーム
まず、HY戦争の引き金になったのが1976年に発売されたホンダ・ロードパル。
その翌年にはヤマハからパッソルが発売され、この2台は「ソフトバイク」と呼ばれて女性でも乗れる原付が大ブームになった。
80年代に入るとロードパルやパッソルの中古が2万円くらいから買えたから、この2台は財布の軽い高校生にも大人気だった。
そんな時代にホンダは、さらに立派なスクーターとしてタクトを発売したのだ。
前述の2台と違い、タクトは立派なレッグシールドとステップフロアを備え、シートも分厚く「ソフトバイク」ではない、「ちゃんとした」スクーターだった。
確かに新車価格はキックが10万8000円、セル付きが11万8000円とソフトバイクの2倍近かった。だが、タクトは前述の値引き合戦の影響もあり、ソフトバイクに代わる庶民のアシとして大ヒットした。
大ヒットのホンダ・タクトと追随するヤマハ&スズキ
タクトの大ヒットを他メーカーが黙認するわけもない。ヤマハは1981年にベルーガを発売する。
またスズキも1981年にジェンマを発売して追随。
車名は俳優のジュリアーノ・ジェンマに由来するもので、宣伝キャラクターにも抜擢された力の入れよう。誰もがベスパの国内対抗車とわかるスタイルだった。
ジェンマの登場で国内スクーターブームの土壌が完成したとも言えた。
続く1982年2月にはホンダからリードが、ヤマハからはベルーガにカギ付きトランクを追加装備したベルーガDが、それぞれ発売された。さらにヤマハはベルーガの女性向けモデルとも呼べるサリアンを発売している。
サリアン以外はどちらも高級バージョンであり、新車価格はリードが13万9000円から14万9000円、ベルーガDは15万4000円。にも関わらず好調な売れ行きを示した。
ホンダはさらに静粛性や耐久性まで重視した4サイクルエンジンのスクーター、スペイシーの発売に踏み切る。あえて2ストよりパワー的に不利な4サイクルエンジンに3速ATを組み合わせて滑らかな走行性能を実現するとともに、各種メーターを充実させた大人のスクーターだった。
タクトvsジョグで加速する 50ccスクーター覇権争い
さらにホンダは1982年9月にタクトを一新する。すでに初代の累計販売台数は72万台に達しており、さらなる差別化を狙いシャープなデザインと4psへ出力向上したエンジンを採用。ボトムリンクカバーを装備するフルマークもラインアップされた。
これに続きヤマハは1983年3月にジョグ、翌月にアクティブを発売する。ホンダの独走許すべからずといった気迫が感じられるモデルラッシュだ。
特にジョグはタクトを上回る4.5psというハイパワーエンジン、フロントフェンダー一体型ボディを採用してルックスも実力もスポーツモデルという位置付け。
リミッターのない時代だから、ジョグは一般道の法定速度を優に超えるほど速かった。また4月発売のアクティブは大きめのボディと、5.5psエンジンを採用してリードに対抗した。
一方のスズキはキャンディーズの伊藤蘭を宣伝キャラに起用した蘭、女性向けに重量41kgを実現した薔薇や高級路線に向いたチャンスを発売。この時点でホンダ・ヤマハとは一線を引いていたことが感じられるラインアップだった。
新型車大量投入で加速するホンダ
ホンダの勢いは止まらない。1983年6月、4サイクルながら4psを発生するエンジンとVマチック変速を採用した軽量モデルのボーカルを発売。
また前年に重量41kgで発売したスズキ・薔薇に対抗して34kgという軽量さを実現したイブを同年9月に、そして12月には47kgの軽量ボディと5psの2ストエンジンを採用したフラッシュを矢継ぎ早に発売。恐るべき新車ラッシュだった。
翌年の1984年になっても怒濤のホンダ・ニューモデルラッシュは続く。
まず2月14日に大型リヤキャリアやデザインを変更した新型スペイシーを発売。しかも同月の28日には昨年最軽量を実現したイブをさらに軽い33kgとしたイブスマイルを発売したのだ。
新型車・チャンプの投入で巻き返すヤマハ
これに負けじとヤマハは1984年4月、リヤ・ガスショックやチューブレスタイヤを装備したアクティブスポーツを発売するとともに、スポーツスクーターの真打とも呼べる新型車のチャンプを発売する。
小型軽量ボディに5.2psを発生する7ポート・トルクインダクションエンジンを採用して、原付スクーターの常識を覆す加速性能を実現した。
また前後3段階に足を置くスペースを確保した3ステップポジションを採用。翌月には時計付きデジタルメーターやレッグシールド内側にインナーラックを装備するモデルも用意された。
チャンプの登場で、もはやこの年の主役は決まったかに思えた。
だが、ホンダは5月にスタイルを一新したタクト/タクトフルマークを発売する。スタイルは全体にマイルド方向へ振られたが、レッグシールド内にキー付きのインナボックスを採用するなど差別化が図られていた。
まだまだ続く50ccスクーター大戦争
ソフトバイクと呼ばれた女性向けモデルに端を発し、ラビットやシルバーピジョン以来のスクーターであるタクト発売以降は、まさに仁義なき戦いの様相を呈した1980年代前半。次回はHY戦争こそ終結したが、まだまだ勢いが続く80年代後半を振り返ってみたい。
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