「突然、男に突き飛ばされ…全治3カ月のケガも 『ぶつかり男』に泣き寝入りする女性続出『思うツボだから声を上げなくては』」と4月11日、まいどなニュースが報じた。4月12日には週刊女性が「《全国で多発》JR新宿駅・飯田橋駅にも現れた!女性を狙う“ぶつかり男”改め“体当たり暴走男”、被害者が犯行手口と負傷した指と似顔絵を公開!」と報じた。
オービス裁判に熱中したのが始まりで私は傍聴マニアになり、主に刑事裁判を1万事件以上傍聴してきた。だいたいどの犯罪報道を見ても「ああ、その種の裁判を傍聴したことあるよ」となる。駅のぶつかり男の裁判も何件か傍聴した。裁判には、報道では知り得ないディープな話が出てくる。特に印象的だった事件をちらっとレポートしよう。
無免許、飲酒、速度違反…速度違反だけが厳罰化されない。なぜ?
東京地裁で「傷害」の刑事裁判を傍聴した。被告人は30代の男性だ。手錠と腰縄を付けられ、2人の刑務官に伴われて入廷した。拘置所に勾留中の身なのだ。被告人席に、姿勢良くまっすぐに座った。あごを引いて正面を向き、微動だにしない。見事な座りっぷりだった。
検察官(若い女性)が起訴状を朗読した。ある日の午後、東京都内の某駅前で年配女性を突き飛ばして転倒させ、加療6カ月を超える骨折等の傷害を負わせた…。
検察官の冒頭陳述で、被告人の身上(しんじょう)等が明かされた。大学を卒業して公務員になり、それから専門学校へ通い、犯行時はアルバイトをしながら、なんというか芸能活動をやっていたという。3年ほど前から、邪魔だと思う通行人に対し意図的にぶつかったり、突き飛ばしたり、「傷害」で罰金20万円、「暴行」で罰金20万円に処された前科あり。
甲6号証は監視カメラの録画映像より。本件で突き飛ばされた女性は一瞬宙に浮いたそうだ。甲18号証は、被告人の父親の調書。検察官が要旨を読み上げた。
甲18号 「家賃は私が払い、仕送りは月に4、5万円…2回の罰金は私が支払った…過去に息子とエスカレータに乗ったとき、息子は右側に立ち、後ろからきた男性とトラブルになったことがある…」
東京では、2人が横に並べる幅のエスカレータでは左側は立つ人、右側は歩く人、という慣習がある。被告人は右側に立ち、後ろから人が来ても動かなかったんだね。
罰金前科となった2件のほかにも何件か、同様の事件を被告人はやっているという。なぜそんなにも? 乙2、3号証は被告人の調書。検察官がこう要旨を述べた。
乙2号 「過去に、自転車から警笛を鳴らされ…そのとき以来、自転車には絶対に道を譲らない…歩行者に対しても絶対に譲らないようになった…ぶつかりそうになったとき、相手が気づかず自分がよけるのは不公平だと思った…」
なるほど。ながらスマホとかで前を見ずに歩くようなバカがそのまま歩き続け、まともな自分がよける、バカが得してまともが損する、不公平、そういうことか。自転車の警笛のこともあわせ、感受性が強く、負けず嫌いで頑固、というものを私は感じた。
乙3号 「長い距離を一定の速度で歩くのは、訓練の一種…突き飛ばし…数え切れないくらいやった…何度もやっていたので’(本件の詳細は)憶えていない…」
情状証人は被告人の父親。ちょっとラフな感じの年配男性だった。「息子は財力がありませんので、たてかえまして」被害者に対し被害弁償の一部として100万円をすでに支払ったという。
弁護人 「被告人はどうしてこんなことを?」
父親 「いま検事さんから聞いて…知らないこともありました。とにかく訓練している…長い距離を歩く、(芸能活動のある部分の)訓練と…その訓練…寝食を忘れて…ちょっと熱中しすぎたのかなと…」
親馬鹿? いや、それが普通の善良な父親なんじゃないですかね。
父親 「(今後は)親元へ帰らせ、実家から通える仕事を…(芸能活動は)こういうことになりましたんで、あきらめるよう言っております」
被告人の外見、雰囲気からして、また感受性が強く、負けず嫌いで頑固なところからして、努力が実って人気が出るかもしれない。だがそのとき、本件は大スキャンダルになり得る。被告人は取り返しのつかないことをしてしまったのだ。そして被告人質問が始まった。
弁護人 「どうして突き飛ばしたのか、そのときの考えは?」
被告人 「私にとって、歩くということは訓練と同じ…もちろん周囲に注意していたのですが、よけきれず、肩がぶつかり…自分が邪魔者扱いされることに不公平だという思いが…そういうふうに生き続けよう…」
弁護人 「今はどう思いますか」
被告人 「自分の目的のために行動する…それを正当化する理屈だったと思います」
弁護人 「そう思ったのは」
被告人 「逮捕、勾留され、自分の行為を見つめ直して…」
弁護人 「被害者に対し…」
被告人 「本当に申し訳ないことをしたと…」
そのへんで私はそっと出た。9分後に別の法廷で、どうしても絶対に見逃せない事件があったので。1週間後、ぶつかり男の判決言い渡しがあった。
裁判官 「主文。被告人を懲役2年に処する。この裁判が確定した日から4年間、その刑の執行を猶予する。その猶予の期間中、被告人を保護観察に付する」
執行猶予とは、その間を要するにおとなしくしていればいい、判決は効力を失って刑務所行きはもうなくなる、という意味だ。猶予は普通は3年だ。4年は重い。しかも保護観察付き、だいぶ重い。同種罰金前科が2犯あることが大きく影響したのだろう。
ながらスマホで歩いても、多くの人は「迷惑な奴だ」と舌打ちしつつよけてくれる。しかし、よけずにまっすぐに突進してくる人もいる。駅の雑踏には、いろんな人がいる。
ちなみ私の場合、頭の中が煮詰まって、一触即発、何かやらかしかねない者はいないか、キョロキョロ見回しながら歩く。今のところ、電車内で1人、明らかにヤバそうな人を発見しただけだ。そのときは何も起こらず、でもドキドキしたよ。
文=今井亮一
肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から交通事件以外の裁判傍聴にも熱中。交通違反マニア、開示請求マニア、裁判傍聴マニアを自称。
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