その細やかな観察眼では業界一、二を争うモータージャーナリストの島崎七生人さんが、話題のニューモデルの気になるポイントについて、深く、細かくインタビューする連載企画。第35回は登場から7年経過した「スズキアルトラパン」に新たに加わった「LC」のコンセプトについてです。スズキ株式会社 四輪商品第一部 ラパン チーフエンジニアの竹中秀昭(たけなか・ひであき)さんに話を伺いました。
フルモデルチェンジではなく「リフレッシュ」とした理由
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ラパン チーフエンジニアの竹中さん
島崎:日本一カジュアルなインタビューを心がけておりますので、どうぞお気兼ねなく、何なりとお話をお聞かせください。
竹中さん:はい、よろしくお願いします。
島崎:今回はアルトラパンLCが追加になったことについて、お話を伺いたいと思います。まず、LC登場の背景を教えてください。
竹中さん:ラパン自体3代目になり、現在のモデルは2015年6月に出まして、そこから7年が経過して本来ならばフルモデルチェンジのタイミングではあります。が、ラパンは普遍的な価値を持ちながら若い方を中心に継続的にお乗りいただいていることや、デザインで選ばれているというなかで、今回はリフレッシュとしました。
島崎:初代も2代目も7年くらいのライフがありましたね。
竹中さん:はい。
島崎:3代目も先ほどお話いただきましたけれど「そうか、もう7年か」と再認識したのですが、それでもフルモデルチェンジではなくリフレッシュにした、と。
竹中さん:にもかかわらず、こうしてお話できる機会をいただけたということは、注目していただけたと非常に嬉しいのですが、変化感を持たせられた、インパクトのあるリフレッシュができたのかなとは思います。
島崎:標準車にLCを追加したリフレッシュというお話ですね。
竹中さん:そうですね。LCを派生車として追加して、ラパン全体として“ラパンワールド”を広げるというところで、いいリフレッシュができているんじゃないかと思っています。
ラパン全体をガラッと変えるのか、実は悩んだ
島崎:そもそもLCの追加は、どんなところから持ち上がった話だったのですか?
竹中さん:リフレッシュという話の中で、最後の最後まで検討したことだったのですが、ラパン全体をガラッと変えるのか、もともとの標準車を残しながら派生車追加をするのか、実は悩んだところではありました。
島崎:ほうほう。
竹中さん:LCのデザインが決まる前に何案もあった中からLCを選択するにあたり、やはりカワイイとご評価いただいているラパンに対して、より振れ幅が大きく世界が広がるんじゃないかということで、派生車の設定を社内に通した経緯があり、思い切った“アナザー・ワールド”ということで承認が得られました。
島崎:派生車の検討段階で、LC以外にどんな案があったのですか?
竹中さん:LCはトラッドな方向ですが、ほかによりラパンのキャラクターを強めるようなカワイイ方向、エレガントな方向、それからスポーティーな男性向けなど、いろいろなアイディアがありました。
島崎:いっそ、古いファイアーバード・トランザムのようにボンネットにウサギのデカールを大きくあしらってかわいらしさを強調してみたりとか……突飛な事例で恐縮です。
竹中さん:(少し詰まって)そ、そこまでは、あの、なかったです。
島崎:失礼しました。
普遍的な価値を持っている旧車的なデザイン
ラパンLCのモチーフとなった1967年スズキフロンテLC10(左)
竹中さん:実際のところデザイナーには、バンパー、グリルまわりの変更でどれだけ変わったところになるかのお題を出し、デザイナーからも、こういうコンセプトはどうか?と提案を貰うなど、一緒にやってきました。
島崎:そのような中で1967年のLC10型がモチーフというのは、なかなか渋いですね。1967年というと僕はもう生まれてだいぶ経った頃ですが、今や生まれる前という開発メンバーの方も多いのでは?
竹中さん:ええ、実は私も生まれていないのですが(笑)、デザイナーに若い女性も含まれていますが、さまざまあった中でLCを描いた絵が出てきたんです。決して最初からLCをと進めていた訳ではありませんでした。
島崎:LC10となれば、感涙を流した上層部の方もおられたんじゃないですか?
竹中さん:パッと見てLCだねという人もいましたし、知らない世代にとっては、普遍的な価値を持っている旧車的なデザインで新鮮だ、そんな受け止め方をしていました。
島崎:量産車のデザインは、元のスケッチからは大きな変更なく進んだのですか?
竹中さん:スケッチから始まって、標準のラパンの顔と比べて大きく見た目が変わるので、性能面で開口がどうだとか、内蔵物の配置との兼ねあいでそこを成り立たせるための微調整をしながら、デザインコンセプトが失われないようにデザイナーと設計と、自分も間に入りながらやっていました。
島崎:ライセンスプレート横の小さな2つのダクトとか、グリルの上の細いスリットがありますが。
竹中さん:小さいダクトの裏はホーンで、標準車はロワーグリルの中に穴を開けてありますが、LCでは大きなアッパーグリルに対してロワーグリルはあまり目立たせないようにしようと。そこでホーンの音量、性能要件を確保するために、穴の位置やデザインを苦労して微調整しました。
島崎:グリルの上の薄いスリットは?
竹中さん:吸気口が近くにあり、開けた部分の一部ではありますが、空気を採り入れるようにし、性能を成り立たせています。
島崎:ヘッドランプは標準車と共通ですね?
竹中さん:ランプ自体は一緒で、まわりにメッキのベゼルをつけて、より丸々と可愛く見せるようになっています。
島崎:あ、そうか、ベゼルでひとまわり大きく見えるんですね。アクセサリーカタログにこのベゼルをブラックにして精悍なイメージにした仕様が、バリエーションとして用意されていたりも。
精悍な印象になる「ブラックスタイル」はディーラーオプションで設定
竹中さん:初期のスケッチの中で男性寄りに黒基調の外観があり、社内的にも評判がよかったものだったので、用品で違ったパターンを見せるということで設定させてもらいました。
島崎:標準のカタログモデルにしてもいいくらいですよね。
竹中さん:LCは男女問わず幅広いところも意識しております。ただ新しさを求める方はおられるとして、真っ黒というと、さすがにやり過ぎじゃないか、お客様を絞ってしまうんじゃないかと。とはいえ求められる方もおられるので用品とさせていただきました。実際に初期受注で、この“ブラックスタイル”は結構多いと聞いています。
島崎:では、いずれカタログモデルに昇格ですね?
竹中さん:あの、動向を見て(笑)。エンブレムやドアハンドル、ミラーを黒で引き締めて、男性でも乗れるような仕様になっています。
ちょうど昭和レトロがブーム
島崎:ヘッドランプもベゼルが黒だと引き締まって、随分表情が変わりますね。ところでホンダN-ONEがN360をモチーフにしたデザインですが、ラパンLCはあのクルマを意識されたのですか?
竹中さん:N-ONEを意識したということはとくにないです。
島崎:懐古趣味というと、いろいろに聞こえるかもしれませんが、ヘリテージを大事にする流れはやはりあるのかなと思いまして。
竹中さん:同じ方向を向いていたのかもしれませんが、キーワードとしてトラッドといったことはありますけれど、昔を知っている方には懐かしく、今の若い方には新鮮と、重なるところがある。ちょうど昭和レトロがブームですが、それと一緒なのかなあ、と。新鮮でかわいくもあり、お客様自身が歴史を語れるクルマにもなっているのかなあと思います。
島崎:昭和レトロの現役世代だったオヤジはすぐに「昔はこうだった」と言い出してしまいますが、今どきのセンスの若い人にも受け入れてもらえる、懐の深い魅力を持ち合わせている、ということですね。そうそう、そういう僕のような昭和なオヤジ世代でも、上質で落ち着いた色調のインテリアは居心地がいいなと感じます。
竹中さん:LCでは上質な革調のコンビのシートであったり、インパネの木目調のテーブルであったり、インテリアデザイナーがこだわって作りました。シックで上質で新しさもしっかりと見せられる、LCは男性にも乗っていただけるような配色、雰囲気で、これも新しいラパンの世界を広げました。ステアリングもブラウンのコンビにしてあったりとか。ステアリングのセンターの赤いラパンのエンブレムはバックドアのエンブレムと色を合わせてあります。
島崎:リヤのエンブレムは、最近人が集まるところの壁に天使の羽が描いてあって、そこの真ん中に立つと“映える”写真が撮れて楽しめたりしますが、あのことを意識したデザインなのですか?
竹中さん:意識しているという訳ではないです。
ラパンはスズキの中で特別扱いされている
島崎:話が戻りますが、犬の保育園の送迎で片道25kmを1日に2往復するなどしながら試乗をし、インテリアの風合いは本当にいいなあと昭和のオヤジの僕は思いました。犬も快適な移動が楽しめたようでした。
竹中さん:ありがとうございます。ワンチャンにもよろしくお伝えください(笑)。ラパンというクルマは実はスズキの中で特別扱いされているクルマでもありまして、「他車と共通化できないのか」という話があってもしっかりと分けてやっていきたいと、色違いのシートなども認められた……というところがあります。なので、そのあたりを感じていただけたのはありがたいです。
島崎:キーフォブも相変わらず専用ですし、“ラパン印”がいろいろなところにちりばめられていますね。ほかにもこだわりがありますか?
竹中さん:インパネの下のほうに充電用のソケットを付けていますが、今回はまるっとロワガーニッシュを替えて、下のポケットとの位置関係が成り立つパネル面にしながら、ソケットの取り付け順序とか、ラパンだからと使いやすく仕上げています。
島崎:USB電源ソケットがType-AとType-Cの2つというのは親切ですね。どちらかしか持っていなくて試乗中にコンビニに買いに駆け込む……といったことをする必要がなくて助かります。
竹中さん:今回、新たに“A/A”じゃなくて“A/C”の設定にしました。
島崎:そういえばシート表皮は1種類の設定なのですね。
竹中さん:選定段階ではブラウンのなかでいろいろな色調がありました。
島崎:カラーデザインは女性ですか?
竹中さん:女性も男性もいますが、女性のウエイトは高いですね。偉い人たち(笑)からも「あなたたちの意見で決めなさい」とかなり自由にやらせてもらっています。
島崎:かなり自由に……いいですね。だとしたら次はフロンテ・クーペをモチーフにした、昭和のオヤジを和ませ、若い人には新鮮なクルマの企画もぜひ通してください。
竹中さん:そうですね、クルマ離れや、電動化でクルマもどんどん高くなる中で、いろいろ出していかないといけないとは思っています。ひとつの方向性としてはアリだと思いますので、アイディアをいただきながら、ぜひ進めていきたいと思います。
島崎:ぜひお願いします! ありがとうございました。
(写真:島崎七生人、スズキ)
※記事の内容は2022年7月時点の情報で制作しています。
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みんなのコメント
諸事情で1年先送りをカバーするためのアイデアは素晴らしいと思います。