BMWの本質を示す2002と3.0 CSL
text:Martin Buckley(マーティン・バックリー)
【画像】美しい2台のクーペ BMW 3.0 CSLとBMW 2002 全43枚
photo:Luc Lacey(リュク・レーシー)
translation:Kenji Nakajima(中嶋健治)
50年以上の長きに渡って、自動車ファンの心を掴み続けるBMW。その本質を理解するなら、源流といえる2002と3.0 CSLという2台のクーペほど適正なモデルはないだろう。
2002と3.0 CSLは、1970年代のBMWのラインナップのなかで両極端な存在だった。今でもこの2台は、BMWのクラシックとして描くイメージが異なるはず。
1台は、熱狂的な支持を獲得した手頃でコンパクトなスポーツクーペ。もう1台は、レアで豪奢なグランドツアラー。しかし、レース出場に作られたホモロゲーション仕様でもあり、今では裕福な人のみが楽しめるスター級モデルになっている。
どちらも、モデルとしての起源は1960年代にまでさかのぼる。1970年代に入りポテンシャルが最大限に引き出され、BMWというブランド・アイデンティティの形成を担った。
ドイツ・バイエルン地方から生まれた、夢のドライバーズカー。実用的で合理的で、シャシー設計には高い余裕が持たせてあり、安全面でも優れていた。
理想的なボディサイズとエンジンパワーのバランスを備え、組み立て品質やメカニズムの洗練度も高い。ドライバーに対しての訴求力が、不足するはずがない。
当時でもBMWは安いわけではなかったが、金額を支払う価値はあると認められていた。1970年代、指を加えて憧れるだけのエキゾチック・モデルではなかった。
人気を高めた2002と伝説を生んだ3.0 CSL
クラス最高の4気筒と6気筒ユニットを、当時最先端の技術が落とし込まれたシャシーへドッキング。BMWの方程式を完成させ、以降、ブランドの強みとして受け継がれることになる。
戦後の復興が進んだ1962年。ノイエ・クラッセとBMWが呼んだコンパクトサルーンの1500は、バブルカーと呼ばれたイセッタからの画期的な一歩だった。続いて、北米で本格的に存在感を示したのが、1968年に登場した2002だ。
1977年までに33万9084台を販売し、最も人気のある輸入車というイメージを北米で築いた。自動車メディアもこぞってBMW 2002を取り上げ、その秀逸さを讃えた。
カー&ドライバーの1968年4月号では、ビッグ・ヒーレーやポンティアックGTOなどを凌駕し、「文明的なクルマとして、最も運転したいと思える」。と評価している。それと呼応するように、2002は好調に売れた。
一方、1971年から1975年に誕生したBMW 3.0 CSLは、眩しい伝説を生み出した。軽量なホモロゲーション・スペシャルとして製造されたのは、1208台のみ。2002の3倍以上の値段が付いていた。
3.0 CSLの能力と影響力は、巨大だった。実際に作られた台数以上に。
ランチアが生んだストラトスのように、BMWはCSLを生み出した。欧州ツーリングカー選手権では、ワークスチームに加え、アルピナとシュニッツァーという2つのチューナー・チームも参戦。フォード・カプリとの直接対決で圧倒する。
1970年代のハコ車レースの花形、ビッグクーペによる戦いで伝説的な地位を築いた。その後、3.0 CSLを超えるヒーロー級モデルを、BMWは創造しただろうか。
同時期のスポーツサルーンをナンセンスに
近年では、3.0 CSLの評価は上昇の一途。現役時代に生まれていなかったBMWファンによって、さらにその人気は高められている。実際、最も美しいクーペの1台だ。
BMW 2002は、4ドアサルーン用の2.0Lエンジンを、ひと回り小さく軽量な2ドアボディに搭載している。生み出された理由は、ツインキャブの1600tiにかわる高性能モデルを、北米市場へ提供するため。新しく施行された、環境規制に対応する必要があった。
北米でBMWの輸入業を営んでいたマックス・ホフマンは、ビッグ・ボアのエンジンを小さなボディに搭載するというアイデアを思いついた。同時に、BMWも同様の考えを持っていた。
若干の価格上昇と車重増は避けられなかったが、最高速度172km/hの4シーターとして2002が誕生。燃費は10.6km/Lへ向上させつつ、3速で引っ張れば144km/hに届いた。遂に、「マルニ」が道を走り出した。
英国での2002の価格は、当初1600ポンドから。ローバー2000TCに並ぶ価格で、ロータス・コルティナなど、同時期のスポーツサルーンをナンセンスな乗り物にする衝撃があった。
1971年に登場した2002tiiは、今も注目を集めるグレードではある。この時期の機械式インジェクションは珍しい。だが当時は、シングル・キャブレターを多くのドライバーは選んだ。パワーウエイトレシオは100ps/t以上あり、充分な活力があった。
5シーターのファミリーサルーンとして、ほどなく2002はBMWの主力モデルへ成長。エントリーモデルの1600が敷居を下げ、入り口を広げた。
飾らない、実用的で高品質という印象
ヘアピン・カンパニー社が所有するタンジェリン・ボディの2002は、英国でも随一のコンディション。1972年式で完璧にレストアされており、3万5000ポンド(490万円)という今の売値も手頃に思えてしまう。
近づいて観察しても、細部まで見事に、正しく仕上げてある。ここまできちんとした2002を目にするのは、かなり久しぶりだ。
1980年代まで、英国の道端にはありふれた存在だった。ボクシーで窓ガラスが大きいキャビンを備え、かなり保守的なサルーンに見えた。当時のイタリア製サルーンと比べると、特に。
明るいオレンジ色のボディが、リアガラスの大きい後ろ姿を活気づけている。奇抜さを求めたわけではなく、視認性などを理由にBMWが設定した、クラシカルな色だ。
ルーフラインは高く、ボディをぐるりと囲むベルトラインが入り、見る角度ではNSUプリンツにも似ている。コンパクトでありながら、堂々としている。細部まで機能美があり、惹き込まれるような雰囲気は、1970年代の量産車としては珍しい。
結婚し家族が増えたり、地位やファッションを気にするようになったトライアンフTR6やMGBのオーナーにとって、BMW 2002は天からのお告げのような、理想的なクルマに見えたに違いない。
大きなフレームレス・ドアを開いて目に入るインテリアは、質実的。華やかな部分はないが、見た目に美しくない部分もない。
ヘッドライトのスイッチは滑るように動き、クラッチペダルもスムーズ。飾らない、実用的で高品質な素材に包まれているという印象は、2002を象徴するようでもある。
この続きは後編にて。
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技術も性能も50年間で遥かに進歩したけど、チャリでスーパーカー見に行ったあの頃の気持ちは、現行車には持てないのが、ちょっと寂しい